第232話 朝焼けはお好きですか?
水城との会話を終え、赤石は一人手持ち無沙汰にしていた。
部屋に戻るには早すぎる。朝食もまだまだ先にある。
どうしたものか、と赤石は一人呆然と天井を見ていた。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな。ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「……?」
奇妙な歌声が、響いてくる。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「……」
首をめぐらせると、腕を大きく振りながら歩いている上麦が、赤石の視界に入った。
「……」
「……」
赤石に気付いた上麦は歌うことを止め、立ち止まる。
「何?」
「こっちのセリフだよ」
上麦は眉をひそめる。
「見ないで!」
「はあ」
赤石は上麦から視線を外した。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「……」
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「……」
上麦はその場から動かない。
「見て!」
「どっちだよ」
上麦は赤石に向かって歩いてくる。
「なんだよその歌」
「白波の出涸らし」
「出囃子な。紅茶かお前」
「赤石うるさい」
「お前だよ」
指をさす上麦を赤石は睥睨する。
「赤石、ご飯」
「はい」
赤石はポケットからクッキーを三枚取り出した。
「どこあった?」
「そこに生えてたぞ」
「嘘!? 何植えて出来る!?」
上麦は赤石の指さした場所へ小走りで行く。
「嘘に決まってるだろ」
「赤石、嘘つきすぎ」
「嘘をつかないと生きていけない環境だったんだよ……」
複雑な面持ちで、赤石は答えた。
「ごめんなさい……」
白波は眉を八の字にして謝った。
「嘘」
「意味わかんない!」
上麦は赤石を叩いた。
「どうしたんだ、こんな朝に」
「それは赤石も同じ」
「俺は……」
水城と会っていた。そんなことは、到底言うつもりもなかった。
「早起きしたからちょっと散歩を、な」
「白波、お腹空いたからご飯探しに来た」
「暴食の上麦だな」
「お腹空きすぎて起きた」
「そうか」
赤石は腕時計に視線を落とす。食事の時間はまだ先だった。
「外行く?」
「外?」
赤石は窓の外を見た。
「行ってやってもいいぞ」
「なんで赤石が権利持つ! 白波がやりたいこと、白波が決める! 外行く!」
「理不尽だな」
上麦は赤石を後方に引き連れ、外へ出た。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
上麦は先頭で陽気に歌を歌いながら歩く。
「赤石も一緒に!」
「はあ」
上麦は落ちていた木の棒を拾い、マーチングバンドさながらに腕を上下させ、歩く。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「ぷぷぷなぷなぷなぷなぷな」
「全然違う!」
上麦は後方の赤石に振り返る。
「どこがだよ」
「ちゃんと聞く!」
「そうか」
そして再び前を向き、赤石を連れて行進する。
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
「ぷぷ~な、ぷなぷなぷなぷなぷなぷな」
赤石は棒読みで歌いながら、上麦の後ろをついて行く。
「なんか野良猫について行ってるテレビってこんな感じなんだろうな、って思うよ」
「野良猫可愛い!」
ぷなぷなと歌う隙間に、上麦は答える。
「赤石、ジュース!」
「はあ」
上麦は自動販売機の前につくと、立ち止まった。
「ジュース!」
「買え、ってか」
赤石は渋々ながら財布から硬貨を取り出し、自動販売機に入れた。
「赤石どれお勧め?」
「これだな」
赤石はアロエが入ったジュースを指さした。
「これは俺の昔からの同級生の話だが――」
「うるさい!」
「ひどすぎる」
上麦はアロエの入ったジュースのボタンを押した。
「ぷぷ~な、ぷなぷな」
そしてジュースを取ると、そのまま一人で歩きだした。
「おい、待て! 俺が選んでないだろ! 勝手に行くなよ!」
「ぷぷ~な、ぷなぷな」
上麦はそのまま歩いて行く。
「しょうがないやつだな」
赤石は水を選び、おつりを受け取ると上麦を追いかけた。
「赤石、ご馳走様」
「お前が金出さなかっただけだけどな」
「ぷぷ~な、ぷなぷな」
「都合が悪くなったら歌を歌うシステムか」
理解した赤石は水を口に含む。
そして昨日高梨と上麦のいた四阿へたどり着いた。
「あ」
「あ」
黒野が、そこにいた。
「へへへ、二人で何?」
黒野は不気味な笑い方をする。
黒野は上麦と赤石を交互に指さした。
「何、お前ら付き合ってんの?」
「赤石連れてきただけ!」
「そういうの付き合ってるっていうんじゃないの?」
黒野は赤石を睨む。
「たまたま会った」
赤石が黒野の疑問に答える。
「こんな朝に?」
「お前も朝だろ」
「人と一緒にいるのが嫌だから逃げてきただけ」
「俺は散歩。上麦は空腹による自動起床」
赤石と上麦は四阿のベンチに座った。
「こんな朝に男連れてご立派ですね」
黒野は皮肉めいた言葉を上麦に投げかける。
「ご立派? 何?」
上麦は小首をかしげる。
「こんな朝から男と散歩とは、あなた相当モテるんですね、ってことだ」
「何! 黒野!」
上麦は黒野を指さす。
「ジュースまで奢ってもらって、大層なご人気ですね」
「何?」
上麦は赤石を見る。
「お前が可愛いから男にジュースを恵んでもらって良かったですね。可愛い奴は得ですね、って意味だ」
「何!」
上麦は眉を寄せる。
「まあジュース恵んでもらったのは事実だけどな」
「赤石が自分で喜んでお金出してた」
「なんでだよ」
黒野が赤石と上麦のやり取りに苦虫を噛み潰したような顔をする。
「学校の小さなアイドルは良い人生送ってますねえ」
「白波、黒野嫌い!」
上麦が赤石に寄る。
「私もお前みたいな電波系嫌いだから」
「電波系?」
上麦は赤石を仰ぎ見る。
「変わった子ちゃん、って意味だ」
「黒野嫌い!」
再び赤石に近寄る。
「私こんなに変わってます、だからこんなことしちゃうんです、だなんて一身で表現してる感じが本当に気持ち悪い」
「黒野、性格悪い! そんなつもりない!」
上麦はジュースを黒野から離す。
「電波系の女はモテると思ってる?」
「うるさい! 何それ! 知らない!」
「今まで何人の男から貢いでもらったんだ?」
「白波が悪いみたい言うな!」
「まあまあ、二人とも」
赤石は黒野と上麦の間に割って入る。
「黒野も悪気があって言ってるわけじゃないんだろう、きっと」
「悪気がなかったらこんなこと言ってないけどね」
「追い焚きをするんじゃない」
がるるる、と黒野に対し敵愾心を抱く上麦と、上麦の性格に敵愾心を抱く黒野がにらみ合う。
「赤石、何か言う!」
「今日の朝食は何だろう」
「何か言いなよ、赤石」
「バスで酔わないといいなあ」
「「赤石!」」
「まあまあ、人それぞれ良い所と悪いところがあるよ」
「ごまかすな」
赤石は黒野と上麦の板挟みにあう。
「いやあ、いい天気だなあ」
赤石は空を仰ぎ見た。
「櫻井君」
「…………ん?」
部屋に戻った水城は櫻井が寝ている布団をゆさゆさと揺さぶった。
「あ、俺、いつの間に!?」
「しーーっ」
他の取り巻きは依然として寝ている。
水城は人差し指を唇にあてがい、小声で喋ることをジェスチャーした。
「櫻井君、ちょっと見せたいものがあるから来てくれない?」
「お、おう」
櫻井は水城に連れられ、部屋の外に出た。
赤石から言付かった、シチュエーションだった。
水城と櫻井はバルコニーに出ると、二人並んで手すりの近くまでやって来た。
「もうすぐかな」
水城はカウントダウンをする。
「五、四、三……」
「何が起こるんだ?」
「二、一……」
「……」
何も起こらない。
「ま、まあそんなに上手くいかないよね」
「え?」
ピカ、と光る。
「う」
「あ、来た!」
水城と櫻井は光の指した方へ顔を向ける。
「日の出だ!」
山から太陽が顔をのぞかせ、水城と櫻井の顔を照らした。
「あははは、すごい!」
「おぉ……」
櫻井は感嘆する。
「今日はね、私櫻井君にこの景色を見て欲しいなあ、って思って」
「綺麗だ……」
櫻井は日の出に心を奪われる。
「……」
「……」
櫻井と水城は数分、無言で日の出を見続ける。
「あのね」
「ん?」
水城はもじもじと体をよじらせる。
「私、櫻井君に言いたいことがあって」
「……なんだ?」
ベストスポット。
バルコニーには櫻井と水城の二人。朝焼けに照らされ、それは二人の祝福の光にすら見える。
赤石から聞いたベストスポット。
橙色に輝く日の出を背景に、水城は櫻井と対面する。
「あの!」
「……」
「好きです! 付き合ってください!」
「え……」
水城は櫻井へ告白を、した。




