第230話 湯上りはお好きですか? 2
「おい赤石、開けろてめぇ!」
鳥飼の声が扉の向こうから聞こえてくる。
「困ったことになったな」
「何があったんか知らんけど、とりあえず開けぇや」
三矢が顎で扉をさす。
「背に腹は代えられないな」
赤石は扉へ歩いて行った。
「合言葉は」
「はぁ?」
赤石は部屋から訊く。
「悠人君助けておくれよ、僕だよ」
鳥飼に捕まったであろう霧島の声も、扉越しに聞こえてきた。
「合言葉は」
「そんなもん知らねぇよ!」
「VIPルームへようこそ」
赤石は扉を開けた。
「おい赤石、お前もグルだろ」
鳥飼は霧島の首根っこを掴み、赤石の眼前に立たせた。
「いやあ、悪いね悠人君、僕だけ捕まっちゃって」
「どちら様……?」
赤石は小首をかしげた。
「霧島が私らの写真撮ってたからもう全部削除させた。お前が撮ってた写真も消せ、クズ」
「「「そうだそうだ!」」」
鳥飼とその後ろの女子生徒が言う。
「霧島が単独でやったことだろ。俺は知らん」
「霧島がお前もグルだって言ってんだよ」
いやあ、と霧島は頭をかく。
「霧島が言ってるだけだろ。それは違う」
「違うかどうかは私が判断する。スマホ出せ」
鳥飼は手を出した。
「なんで俺がそこまでされなきゃいけないんだよ。違うって言ってるだろ」
「霧島がグルだって言ってんだよ」
鳥飼は霧島を睥睨する。
「霧島が、俺がグルだと言えば俺もやってることになるのか? お前にとって霧島の言葉は俺の言葉よりも重いのか? 霧島がお前らの中に仲間がいると言えばそれを信じるのか?」
「……」
鳥飼は後ろの振り向き、後方にいる女子生徒を見た。
「お前にとって言葉っていうのは当人の言葉より誰かから聞いた言葉の方が正しいのか? 信憑性も分からない誰かの言葉を鵜呑みにして、考えることを放棄するのか? そんなもの本人に聞かないと分からないだろ。とりわけ、俺と霧島は別に仲がいいわけでも昵懇ってわけでもないだろ」
「殺生だなあ、悠人君は」
「黙れ」
霧島は口をつぐんだ。
「お前は誰かが悪いと言ったものを悪いと即断して、誰かが良いと言ったものを良いと考えるんだな。残念ながら俺はきちんと自分の目で見て信用できる人間なのかどうかを考えるタチなんでな。実際に自分に不利益をもたらしている人間の言葉を鵜呑みにして、自分が信じたいものしか信じない生活は送ってないんだ」
「なんだその言い方」
鳥飼は額に青筋を浮かべる。
「大体そうだったとしてもお前のその言い方は問題あるだろうが!」
「……それは確かに」
鳥飼の言うことも一理あった。
「でもこんな大勢で、いたいけで貧弱な男子学生数人しかいない部屋に押し掛ける方がもっと非常識だと思うぞ」
「ヴ……」
鳥飼が声を詰まらせる。
「人と話がしたいならまずは条件を対等にしろよ。大勢で食って掛かって、俺を悪人にする気満々で来られたら、俺もはいそうです俺がやりました、と言うしかなくなるだろ。真実を知りたいならせめて交渉できるだけのテーブルを用意してくれよ」
「……譲歩する」
鳥飼は数人の女子生徒を残し、他を帰らせた。
「……話を聞いてやろう」
「加害者の態度か、それが」
「入れ」
赤石は鳥飼たちを部屋の中に入れた。
「どうしたんやアカ、また面倒なことなっとんなぁ」
「入れるけどいいか。変な奴が変なケチをつけてくる」
「ええで。しゃあないな」
「いいでござるよ」
鳥飼が赤石たちの部屋のテーブルに着いた。
「まずは赤石、お前が撮った写真を消せ」
「撮ってない」
「女の子の湯上りの写真を撮って売る気だろ!」
「だから撮ってない」
堂々巡り。
「じゃあなんでスマホ見せないんだよ」
「見も知らない奴に自分のスマホ見せたくないだろ」
「見も知らないわけじゃないだろ」
「ほとんど同じようなもんだろ。じゃあお前は俺にスマホ見せられるのか?」
「全然」
鳥飼は赤石にスマホを渡した。
「見ていいんだな?」
「どうぞどうぞ」
「本当に見るぞ」
「どうぞどうぞ」
赤石は鳥飼のカオフを開いた。
「…………」
無言で鳥飼のスマホを見る。
「何の時間や、これは」
三矢が頬杖をつきながら言う。
「ん…………」
「ん?」
赤石は途中で固まった。
「この検索履歴……」
「検索履歴?」
鳥飼が小首をかしげる。
「シークレットモードで見た検索履歴も自分のスマホからなら見れるって知らないのか?」
「は!?」
鳥飼はスマホを取り上げた。
「あのけんさ――」
「うわああああああああああああああああああああああああ!」
鳥飼は赤石を殴った。
「冗談だよ」
「ふっ……」
ぷるぷると体を震わせる。
「ふっざけんなああああああああああぁぁぁぁぁ!」
そして再び赤石を殴った。
「暴力反対」
「あかねちゃん、死んじゃう死んじゃう」
鳥飼は周りの女子生徒に抑えられた。
「あとカオフの、公式ベアーズチャンネルってなんだ?」
「もう私のスマホのことは何も喋るな! 死ね!」
赤石は両手を上げ、降参のポーズを取る。
「ということで学校の黒板にでも貼っておくか、この情報」
「殺すぞ!」
「スマホの中身は見られてもいいんじゃなかったのか?」
「それは私が間違ってた」
鳥飼は舌打ちをする。
息を整え、再び態勢を立て直した。
「お、お前が写真撮ってなくても霧島はお前らの班なんだからお前らにも問題はあるだろ!」
「…………」
一理あった。
「そんなこと言われてもなあ、どうせ誰かの班に入らなあかんかったやろうし、半分くらいお荷物お引き取りの善意で入れたんやで」
「ちょっとちょっと~、ひどいじゃないか~」
霧島はへらへらと笑う。
「銭湯だってそうだ。霧島が私ら女湯を覗こうとしてたんだろ! お前らも同じ班だろ! お前らが止めるべきだっただろ!」
「そんなことしてもこっちにメリットないだろ」
赤石は悪びれる様子もなく言う。
「よくもまあ抜け抜けと……メリットがなくても止めるだろ普通! お前らも同罪だろ!」
「お前だって俺が嫌がらせに遭ってる時見て見ぬフリしてただろ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
部屋の空気が凍り付く。
「お前は俺が他の奴らから疎ましく思われてる時に、嫌がらせを受けている時に積極的に俺を助けようとしたのか? 俺が寂しくならないように俺についてきたのか? 俺に気を使って自分から何か行動をしたのか? 俺が他人に嫌われてることに看過できずに何かアクションを起こしたのか? 違うだろ。お前は今までの人生で他人が不幸にあってる時に常に動いてきたのか? 常に他人の不幸を見過ごせず、常に他人の幸福を願い、自分の人生を棒に振ってでも見も知らない人間のために奉仕して来たのか? してないだろ。お前だって俺が他人から避けられてる時に避けてただろ。むしろお前も積極的に俺を貶めようとしてきただろ。自分が出来てないことを他人にさせようとするなよ」
「それはお前に非があったからだろ」
「八谷がいじめに遭ってる時も見て見ぬふりしてただろ」
「それは…………」
鳥飼たちは押し黙る。
「あれも八谷に非があるのか、お前らの言い分では。まあそうなのかもしれないな」
「……」
鳥飼は俯く。
「結局人間、自分に不幸が振りかかることを懸念して、他人を助けようなんてことはしないんだよ。ほとんどの人間はそうだろ。周りで悲しんでる人がいれば話のネタにでもするだろ。動画でも撮って笑いものにでもしてるだろ。自分がそうじゃないのに俺にそれを求めようとするなよ。結局俺らもお前らも、周りに苦しんでる人がいれば蹴って嗤い、手を差し伸べている人がいるのなら、その手を切り落とすんだろ。それが俺らの、お前らのやり口だもんなあ」
「そんな言い方ねぇだろ…………」
鳥飼は歯ぎしりをする。
「人間に善意を求めすぎなんだよ。それに言っておくと、俺にはちゃんとアリバイがある」
「はあ?」
ぐ、と鳥飼が拳に力を入れた。
「その時間、俺は高梨と上麦と外で海の音を聞いてた。気になるなら一人ずつ別々にして尋問してみろ。同じことを言うはずだ。上麦にはこれをやった」
赤石はポケットから携行保存食を取り出した。
「当たり前だが口合わせするような時間もあるわけがない。上麦に聞いてみろ。ちゃんと同じことを言ってくれるはずだ」
「…………」
赤石は姿勢を崩した。
「いやあ、さすが悠人君だ。こうなることも見越してちゃんとアリバイ工作までしてただなんて、たまげたなあ」
「本当はやってるみたいな言い方するな。そもそもお前のせいだろ」
「僕は悠人君が仲間だなんて一言も言ってないよ。悠人君を呼んだだけで勝手にあかねちゃんが勘違いしたんだよ」
「はぁ!?」
鳥飼が霧島を睨む。
「いやあ、写真も消したんだし、もう勘弁してよ。そろそろ寝る時間も近いから先生がやって来ると思うよ。こんな時間に女の子が複数人男の部屋にいたら一体何を言われるかなあ」
「ちっ……霧島、お前明日覚えとけよ」
そういうと鳥飼は立ち上がった。
「あと赤石」
「?」
鳥飼は頭を下げた。
「一応ごめんなさい」
「一応はいらない」
「ごめんなさい」
「二度と俺を疑うな」
「それは無理」
そうして鳥飼は部屋を出た。
「やれやれ、とんでもない目に遭ったね」
「「「お前のせいだよ!」」」
「あははははは」
赤石の部屋は静寂を取り返した。




