第229話 湯上りはお好きですか? 1
「じゃあ赤石君、私は寝るわ」
「ばいばい赤石」
「じゃあな」
赤石は外出から戻り、ホテルへと戻る。
高梨と上麦と別れの挨拶を軽くかわし、部屋へと足を向けた。
数分歩いたころ、目先に霧島を見つける。
「やあやあやあ悠人君、息災かい」
「そうだな」
「それは結構」
浴場の近く。霧島はうろうろと浴場の近くを歩いていた。
「そういえばここの主人が男湯と女湯の暖簾を間違えた、とか言っててね、九時ごろだったかな、まあ誰も間違えてないからいいだろう、って笑ってたよ」
「そうか」
信用問題にかかわるな、と赤石は思う。
「それで悠人君、聞いて驚くなかれ」
「ああ」
「なんとついさっき、聡助が男湯から出てきたんだよ」
「……?」
男子学生の最終入浴時間は九時だったはず、と赤石は頭をひねる。
時刻は九時四十分。あまりにも時差がある。
「いやあ、不思議だねえ」
「そうだな」
大方女湯にでも入っていたんだろうな、と察しが付いた。
「お前はここで何をやってるんだ」
「僕かい? いやあ、こういうことだよ」
霧島はスマホを取り出した。
「ちょっと!」
「写真撮るな!」
霧島は銭湯から上がってきた女子生徒を撮影していた。
「こうやって撮影した女の子の写真を男たちに売りさばいてるんだよ」
「阿漕な商売だな」
自分まで同類と思われる、と思った赤石は霧島から一歩遠のいた。
「何せお風呂から上がってきた女の子なんて、人生でもそう見られるものじゃあないからね。この機会にたくさん写真を撮って皆に売りつけるんだよ。いやあ、修学旅行後が楽しみだなあ!」
あっはっはっはっは、と霧島は高笑いする。
「お~い、霧島ぁ」
「はっはっは…………」
霧島はゆっくりと後ろを振り向く。
大量の女子生徒を連れた鳥飼が、そこにいた。
「やあ、あかねちゃん。どうしたんだい?」
「どうしたじゃねぇだろうがよ!」
鳥飼は霧島が現像した写真を何枚か取り出した。
「なんだい、これは?」
「とぼけるんじゃねぇぞ、てめぇ。お前が撮った写真、全部消せ」
「はははは、よく分からないなぁ。何の話だろう、ねぇ、悠人君」
赤石は既に姿を消していた。
「なんて危機回避能力の高さ……」
「赤石もグルか……皆、こいつをひっとらえろ」
「「了解!」」
「逃げるが勝ちさ!!」
「逃げんじゃねぇクソが!」
鳥飼たちは霧島を追いかけた。
「助けてくれーーーーーーーー!」
霧島は鳥飼から逃げ回っていた。
「ひどい目に遭った……」
櫻井は憂鬱な顔をして部屋に戻ってきた。
「あ」
「あ」
部屋には既に、葉月が戻っていた。
「そこ、由紀の場所じゃなかったか?」
葉月は新井の寝床である部屋の隅で、体を丸めていた。
「さ、櫻井君のエッチ!」
「えええぇぇぇ!?」
葉月は櫻井から隠れるように、角に寄った。
「だ、だって櫻井君女の子の温泉いたもん! えっち! 櫻井君今だって私の裸思い出してるに決まってるもん!」
「お、思い出してねぇよ! あれは理由があって……」
櫻井はごにょごにょと口ごもる。葉月は顔を赤くして、櫻井に口を尖らせた。
「そうですわよ!」
部屋の入り口から花波がやって来た。
「先ほどこのホテルのご主人に聞きましたわ! どうやら聡助様が入る前にご主人が暖簾を男湯と女湯で逆にしていたらしいですわ! 男湯の時間が終わりだから間違えたのかもしれない、と言っていましたわ。聡助様は被害者ですわ!」
「そ、そうだし! 聡助がそんなことするわけないし!」
新井、水城、八谷も帰ってくる。
「やっぱり理由があったし。で、でも聡助に体見られたのは本当だし!」
新井はびし、と櫻井を指さす。
「す、すまん。俺もよく暖簾を見てればこんなことには……」
「聡助様は謝る必要ありませんわ! 新井さん、あなた聡助様は被害者なのに、失礼ですわよ!」
「だ、だってぇ……」
新井はしりすぼみになっていく。
「いや裕奈、俺が悪いんだよ。すまん、皆!」
櫻井は深々と頭を下げた。
「まあまあ皆、櫻井君もやりたくてやったわけじゃないから、もうこの話は終わり。ね?」
水城は額に汗をし、なだめる。
「ううぅぅ……しおりっちがそういうなら……」
新井は渋々と引き下がった。
「もう就寝時間だし寝る準備しよっか?」
「そうですわね」
水城たちは就寝の準備を始めた。
「で、俺はどこで寝れば…………」
櫻井は一人、寝床を決めあぐねていた。
男女比は一対五。櫻井の隣に誰が寝るかが、重要となっていた。
「やっぱり俺が端で寝ればいいよな?」
「「「そ、それは駄目!」」」
取り巻きたちの声が揃う。
「ほ、ほら、やっぱり櫻井君だけ嫌な思いをするのは修学旅行だし、そういうの駄目かなぁ、って」
「修学旅行なのに嫌な思い出が残るのもあれだし……」
「わ、私もそう思うの……」
「皆、優しいな」
取り巻きたちは押し黙る。
櫻井を端にしてしまえば、櫻井の隣で寝ている取り巻きのみが櫻井との関係を深めることになる。誰かに先行されるのは、避けたかった。
「でも裕奈ちゃんは聡助の隣にいないほうがいいんじゃない?」
新井が提案する。
「ほら、裕奈ちゃん昨日も聡助とずっと一緒にいたんだから、そろそろ大変なんじゃないかなぁ、とか」
「おいおい、俺をお邪魔もの呼ばわりするなよ!」
「「あははははは」」
櫻井がびし、と突っ込む。
「私は聡助様の隣が良いですわ。愛してますわ、聡助様」
「またそんなこと言って……」
花波が櫻井に抱き着く。
「ちょっと裕奈ちゃん、あとから来たくせにずるいよ! 私だって聡助大好きなんだから!」
新井もまた、櫻井に抱き着く。
「ちょ、由紀、こんなところで止めろって!」
「私だって聡助様への愛は負けていませんわ!」
負けず、花波も櫻井に抱き着く。
「ほ、ほら皆、こんなことしてても決まらないから、皆公平にじゃんけんでもしない?」
新井と花波の取り合いを仲裁するように、水城が二人の間に入る。
「ま、まあ仕方ないですわね……。新井さんみたいな面倒な人がいるとこちらも迷惑しますわ」
「こ、こっちだって裕奈ちゃんのせいで聡助と会えなくて寂しかったんだから!」
新井と花波がにらみ合う。
「ほ、ほら、じゃんけんしよ、じゃんけん。じゃーんけーん」
櫻井の寝床をめぐり、取り巻きたちがじゃんけんをしていた。
そして赤石は。
「開けろ赤石てめぇこらぁ! 殺すぞおらぁ!」
「…………」
鳥飼と女子生徒の集団に、部屋を叩かれていた。
「昔のホラー映画とかこんなシーンあったな……」
「恐ろしいですな」
「何をやらかしたんや、またお前はほんまに」
部屋にいる赤石たちが冷静に分析する。
「さっさと開けろてめぇ! ぶっ殺すぞ!」
鳥飼の荒いノックが、赤石たちの部屋に響いていた。




