第227話 銭湯はお好きですか? 4
「どうしよう皆」
水城が花波たちに目配せする。
「そもそもここって女湯だし?」
「当たり前だよ。私もちゃんと暖簾見て来たよ」
「おかしいな……」
櫻井は首をかしげる。
「俺が見た時は確かに男湯の暖簾が下げてあったはずだ……」
「今はこうなった理由はどうでもいいですわ。問題はいかにして聡助様をあちら側に戻すかですわ」
花波が仕切られた向こう側を指さす。
「……」
「……」
「……」
一同は黙り込む。
「やっぱり出口から出るしか……」
水城は扉を一瞥した。現在女子生徒の入浴は二班。この班が終わった後も、第三班が残っている。
「そうするしかないわよ」
「入れ替えの時がチャンスですわ」
一班と二班、二班と三班、一時間ごとの交代の際、誰もいない時間があった。
「でも私聡助と会ったし、次の班でもし誰かがちょっとでも早く来たら無理なんじゃ……」
「そうですわね、たしかに」
花波は暗い顔をする。
「皆何話してるの?」
「「「ひゃあああああぁぁぁぁぁっ!」」」
水城の後ろから、女子生徒が声をかける。
「あれ、そこの人誰?」
岩を向き、背中姿だけが見える櫻井を、指さす。
「あ、あははははははは、誰だろうね、あははははは」
水城は大声で騒ぐ。
「え~、クイズ? ちょっと~、こっち向いてよ~」
女子生徒が櫻井の背中に触れようとしたとき、
「あ! この子ちょっとのぼせちゃったんだって! 少し体洗ってくるね!」
「私も行きますわ」
「私も!」
「私も!」
「あ、そうなの? ごめんね、突然」
水城たちは櫻井を囲み、温泉から上がらせる。
「すまん、水城!」
「ちょっと! 喋ったらばれちゃうよ!」
水城たちはこそこそと櫻井を守る。
他の女子生徒から離れた、端の洗い場に水城たちが徒党を組み、小さくなって櫻井を隠していた。
「ちょっと! 押さないでくださいまし!」
「仕方ないし! 聡助が隠れないんだから!」
「櫻井君大丈夫……?」
「は、恥ずかしいよぉ……」
水城たちが櫻井を押し込める。
「ちょ、ちょっと水城、何か柔らかいものが俺の背中に……」
「ひゃあああぁぁっ!」
水城が咄嗟に飛びのく。出来た隙間を花波がサポートし、隠す。
「ちょっと何をしているのですの、水城さん! あなた聡助様を守るという意識が希薄ですわよ!」
「だ、だって……」
水城は先ほど櫻井の背中に押し当てていた胸を直視する。
「裕奈、お前も何か柔らかいものが……」
「じっくりご堪能してくださいませ」
「おいおい……」
櫻井は花波たちによって、隠されている。
「何なのよ、あの状況……」
八谷は温泉に浸かりながら、櫻井たちの状況を遠巻きに眺めていた。
「ちょっと水城さん、あなたそんなところでぼーっと突っ立ってるのなら、仕切りの隙間でも探してきてくださいまし! 聡助様が通れるような隙間がないか、探してきてください!」
「わ、分かった!」
水城はふんす、と意気軒高に、仕切りに向かった。
「恭子ちゃん」
「?」
水城が八谷を見ると、水城は八谷に手招きしていた。
八谷は湯から上がり、水城の下へと行く。
「恭子ちゃん、櫻井君を逃がしたいんだけど、大丈夫かな?」
「どういうこと?」
「櫻井君が逃げれるような隙間ないかな?」
水城は仕切りを触りながら確かめる。
「全然ないわね」
八谷も共になって探すが、見つからない。
「やっぱり隙間なんて……」
水城が湯につかる。床伝いにも、探す。
「……あ」
「あったの?」
水城は温泉が、男湯と女湯で仕切られていないことに気付く。
視界だけは仕切られているが、湯自体は男湯と女湯で共用となっていた。
「お湯の中なら、続いてる」
「嘘」
八谷も手を伸ばす。手の届く範囲でなら、八谷も仕切りには触れなかった。
「おでんみたいなこと?」
「なんでおでんで例えたのか分からないけど、たぶんそういうことなんだと思う」
水城は慌てて櫻井の下へと戻る。八谷は岩の陰に隠れた。
「皆、あったよ! 仕切りがないところ!」
「やりますわね、あなた」
行きますわよ、と花波は立ち上がり、新井、葉月も立ち上がった。
輪になって、櫻井を運ぶ。
「聡助様、足元にお気をつけください」
「サンキュー、花波」
櫻井は下を向いたまま、進む。
「それにしても裕奈、お前裸見られても平気なのか?」
「何を言ってますの? 聡助様に見られて私は嬉しい限りですわ」
「でも前俺と同じ部屋泊まった時、俺が風呂入ったらあんな恥ずかしが……」
「それは二人きりだったから私もつい……」
「……」
「……」
沈黙。
「え?」
「ふえ?」
素っ頓狂な顔をする新井と葉月。
「ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
悲鳴。
「どどどどど、どういうこと!? 裕奈ちゃんと聡助が一緒にお風呂!?」
「ふわぁ……」
葉月がその場にくずおれる。
「そ、そそそそそ聡助様、そそそそれは、だって! そういうこと……」
花波も慌てふためく。
「あ」
「うわ!」
そして足を滑らせ、櫻井を押してしまう。
押された櫻井はそのまま温泉の中に倒れこむ。
ざばん、と大きな音がした。
温泉に落ちていく音がした。
「ちょっと~、温泉にダイブしちゃ駄目じゃん~」
「もう~ハッスルしすぎてない?」
「大丈夫?」
女子学生の注目が櫻井に行くが、花波と葉月の体で櫻井は隠れている。
夜。
時計の短針も九の刻を過ぎたころ。絶好の快晴が日がな続いていたこの日、月夜は満点の光を放っていた。
外気に触れ、温泉の役割を十全に果たしているその女湯で、櫻井が新井に向かって倒れこむ。
あたたかな湯気が櫻井の頭を刺激する。白く曇った湯気が櫻井の視界をかすめていく。あまりの出来事に森閑としたその温泉で、櫻井は新井を押し倒していた。
美しい月夜に照らされ、煌々と銀色に輝く新井の髪。短髪ながらも水気を吸い、光に照らされ、きらきらときらめいている。
スポーツが得意で体の引き締まった新井の双丘に、櫻井の両手が添えられていた。凹凸が激しく、張りのあるその双丘に、光の加減も相まって、より一層その美しさを演出する。
ぽたぽたと、櫻井の髪から水が落ちる。落ちた水は新井の頬を撫で、そのまま落ちていく。
「あ……」
あまりの出来事に言葉を失った新井は、自身の胸を見た。
櫻井の手で撫でられた胸を見ているうちに、櫻井から水が降ってくる。ぽと、と振った水におどろき、びく、と体を跳ねさせる。
ちゃぷちゃぷと、水の流動的な音だけがその場にこだまする。
引き締まった、美しいプロポーションをした新井の体に見とれた櫻井の目は、自然、全身をくまなく見てしまう。一糸まとわぬ新井の全身を、目にしてしまう。
「や……!」
今まで見たことがなかった新井の表情。ずっと男勝りでボーイッシュ、櫻井に好意ばかりを伝えていた新井の、見たことのない表情。湯気のせいか。頬は赤く染まり、うっとりとした目に光が見える。新井の目に映る自分の姿すら、はっきりと見えてしまう。
子供のころとは似ても似つかない、異性としての新井の姿。今まで意識してこなかった新井の、見たことのない性の部分。湯気を通しても見えてしまう、新井の全貌。白く滑らかな素肌に吸い付くように、湯が新井の体を囲む。
橙の間接照明と月の光によって闇を切り裂かれたその場所だけが、櫻井と新井にとっての聖域となる。
新井を押し倒している、という自覚だけが、櫻井の自意識を刈り取って行く。
「由紀――」
咄嗟に言葉を発したとき、
「やああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
新井は大声を上げた。
「すまん由紀!」
「櫻井君こっち!」
水城は脱出口を指さした。
「恩に着る水城!」
櫻井は湯の中を潜水し、そのまま男湯へと向かった。
「そ、聡助の手が……私のおっぱいに……」
新井は高揚とも羞恥とも言えない表情で、恍惚と自身の体を撫でていた。
「聡助が私の裸を……」
新井は自身の体を改めて、見ていた。




