第226話 銭湯はお好きですか? 3
「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「ええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」
新井の悲鳴が、こだまする。
「なにしてんだ由紀! ここ男湯だぞ!?」
「待つのは聡助だし! ここ女湯だから!」
「そ、そんなわけないだろ! 確かに俺は暖簾見て…………あ」
櫻井は少しの間、硬直する。
「もう、聡助とにかく隠れてよ!」
「す、すまん!」
櫻井は岩の陰に隠れた。
新井は足から少しずつ、湯につかる。
「聡助なんだからそんなことするはずないって知ってるけど、これからどうするし!? 私だからよかったけど!」
「す、すまん由紀、俺のせいで……」
「分かったし! どうしよう……」
新井はおろおろとする。
「もしかしてここ、女湯なのか?」
「そうだし! 私はちょっと早めに入っちゃったから一番乗りだったけど、もうどんどん女の子入って来るし! 私がなんとかするから聡助はそこで隠れてて!」
「恩に着る……!」
新井はドアの方へと向かった。
「修学旅行楽しいよね~」
「ね~、明日の昼に帰らないといけないなんて信じられない」
「あ~帰りたくないな~」
数人の女子生徒の声が聞こえてくる。
「ちょちょちょちょっと待ったぁ!」
新井がドアを開け、走る。
「ど、どうしたの由紀ちゃん? 危ないよ?」
「こ、この銭湯は……えっと……私が占領したぁ!」
「……どういうこと?」
「ちょっと~、由紀ちゃん修学旅行でテンション高くなっちゃった?」
「違うくて! そうじゃなくて! とにかく入っちゃ駄目!」
櫻井の存在をにおわせないように、新井は女子生徒たちを食い止める。
「え、でももう入ってるよ?」
「え?」
女子生徒は服を脱ぎながら、指さした。
別のドアから、水城たちが入って来ていた。
「ちょちょちょちょちょっとおおおおおぉぉ!」
新井が走って水城を追いかける。
「わ、ビックリした。どうしたの、由紀ちゃん?」
「しおりっち! まだ入っちゃ駄目だから!」
「え、なんで?」
「なんでもはなんでも!」
「花波ちゃんとかもう浸かってるのに?」
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
花波は体を清め、銭湯に入っていた。
「裕奈ちゃん、まだ入っちゃ駄目!」
「何を言ってますの、あなた。私の行動をあなたが諫める権利はないでしょう? 私を縛ってもいいのは聡助様だけですわ」
「由紀ちゃんなんかちょっと変だよ?」
「変じゃないの!」
水城もまた、入ってくる。
「お風呂あったかいよぉ」
「……」
葉月、八谷も入ってくる。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
結局、新井は誰一人として食い止めることが出来ず、続々と女子生徒が銭湯へと入ってきた。
「どうしようどうしようどうしようどうしよう」
「由紀ちゃん、どうしたの?」
水城が不安そうに新井を見る。
「何かあるのかな?」
水城が疑問に思いながら岩陰を見た時、
「……あ」
「……水城」
「きゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
櫻井と、目が合った。
「な、なになに!?」
「虫!?」
「どうしたの水城さん?」
女子生徒が水城の下へとやって来る。
「な、なんでもないよ、あ、あはははは~。ちょっと影が虫に見えただけ~」
水城はそ知らぬふりをして女子生徒たちの尋問をやり過ごす。
「あなたたち、銭湯でくらい静かに出来ませんの? うるさい……」
花波が櫻井を発見する。
「そ、聡助様ぁ! どうしてこんなところに!? 私の、私の体を見てくださいまし!」
「や、止めろよ裕奈!」
花波はざばぁ、と湯から立ち上がり、その細くしなやかな体を櫻井に見せつける。
豊かな胸に、細すぎるとも言える体で、花波は櫻井に抱き着く。
「さ、櫻井くん…………!?」
「聡助!?」
岩場の陰から、葉月と八谷が声を上げる。
「な、なんでこんなところにいるのよ!」
「お、俺だって入りたくて入ったんじゃねぇよ!」
言いながら、八谷は湯から上がる。
「まずいよ、皆……」
櫻井は岩に向かい、水城たちに背中を向けている。
「こんなところが見つかったら櫻井君は退学……もしかしたら最悪捕まるかも……」
「な!?」
「嘘ですわ!」
「そ、そんなぁ……」
「ヤバいわよ」
櫻井の取り巻きが顔を見合わせる。
「聡助が女湯なんか入って来るからこんなことに!」
「す、すまん! すまん!」
「ちょっと、こっち見ないでって!」
「すまん!」
櫻井は再び岩場に顔を向ける。
「私は見て欲しいですわ」
「裕奈ちゃんは黙ってて!」
「聡助様との逢引き……」
花波は、はぁはぁと身悶えする。
「皆、ここは協力して櫻井君を逃がそう?」
「そ、そうするしかないし」
水城、新井、花波、葉月は櫻井を取り囲むように、輪になった。
櫻井は水城たちに背中を向け、岩を向いている。
「これでとりあえずここにいるのは櫻井君だって分からないはず」
「何をやってるんですの、あなた。あなたも早く聡助様をフォローするべきですわ」
「そ、そんなこと恥ずかしくて出来ないわよ!」
八谷は櫻井たちから距離を取った。
「そ、そう言われると私も急に恥ずかしく……」
水城は櫻井を見た。
ぷに、と水城の脚に何かが当たる。
「ひゃんっ!」
「「「え?」」」
女子生徒が一斉に水城を見る。
「な、なんでもないよ~……」
水城は不器用に笑いながら、手を振った。
「ちょ、ちょっと、さっき私の脚に何か当たったよ!」
「うるさいですわよ水城さん、聡助様がいることがばれたらどうしますの!」
「誰が何をしたの~?」
「す、すまん、俺だ……」
櫻井が手を挙げる。
「ちょっと櫻井君! 止めてよ本当に! 女の子の体勝手に触らないでよ!」
「す、すまん! すまん! でも水城の体ってすごいぷにぷにしてて……」
「勝手に感想言わないでよ!」
櫻井は平謝りする。
水城は顔を真っ赤にして、ぷんぷんと怒る。
「地獄だぁ…………」
櫻井は女湯からの脱出を、考えていた。




