第225話 銭湯はお好きですか? 2
男子陣の銭湯は静かになった。
「霧島……お前の努力だけは認めるよ……」
「そうだな……」
男たちは沈んだ顔で、静かに体を清める。
「やばくない、マジ?」
「いやいや、あかねの方がヤバいよ」
暫くして、仕切りの向こうから、女子生徒たちの声がかすかに漏れてくる。
「お前ら、静かに!」
霧島が口に人差し指を当て、静粛のジェスチャーを取る。
男たちは仕切りに耳をあてがった。
「三葉、服だぼだぼだから全然わかんないけど、やっぱり直接見たら大きいんだな~って」
「え~、止めてよ、ちょっと。そんなことないって。あかねの方が大きいよ」
「いやいや、私なんか背高いからそう見えるだけ」
鳥飼と暮石の会話だと、男たちが気付く。
「あかねなんて腹筋割れてるし格好いいよ」
「ちょっとだけだって。止めてよ。三葉も胸大きいんだから。ほらほら~」
「ちょっと揉まないでよ!」
暮石と鳥飼が互いの胸に触れているシーンが男たちに想起される。
「いい……」
「ああ、いい……」
「ここが天国か……」
霧島たちが声を漏らす。
「でも白波はやっぱり見かけ通り小さいなぁ」
「あかね変態!」
次に上麦の声が聞こえてくる。
「やっぱり上麦ちゃん小さかったんだ」
「俺はああ見えて大きい方がよかった……」
「何言ってんだ! 小さいほうが美徳があるだろ! これだから女の胸しか見てない奴は……」
「はぁ!? 黙れよ!」
「おいお前ら静かにしろ! またバレるだろ!」
全員が小声で話す。
「でも小さいのも私は好きだぞ~、白波」
「変態! 変態!」
きゃはははは、と鳥飼と上麦の声がする。
「あぁ……向こうに……向こうに一体どんな天国が広がってるんだ……」
「うらやましいぜクソ……」
「俺来世は女湯の石になりたい」
男たちが壁に耳をあてがっている様子を見て、段々と数を増やしていく。
「神奈先生はやっぱり思ってた通りですね」
「だよね~だってスーツ着てるだけでもぴっちぴちで弾けそうだもん」
「あぁ~? 当たり前だろ~大人だぞ?」
「ここにいる中でもしかしたら一番……」
「女の価値は胸なんかじゃはかれねぇよ。ここだよ、ここ」
トントン、と胸を叩いたかのような音がする。
「胸じゃん」
「心だよ!」
鳥飼と神奈の声がする。
「おいおいマジかよ、ここやべぇ……ベストスポットじゃねぇか!」
「いや、壁に耳をつけてなくても聞こえるぞ!」
「馬鹿! ちげぇよ! 臨場感が段違いだろうが!」
「最高だ……」
男たちは声を漏らす。
「黒野さんも実は案外……」
「…………」
誰かの声がした。
「おいおいマジかよ! 黒野もいるのかよ!」
「いや、黒野はねぇわ」
「なしだな」
「馬鹿! お前ら見る目ねぇなぁ! あれで大きかったらギャップ萌えだろうが!」
「萌えとか久しぶりに聞いたわ」
ぎゃあぎゃあと小声で騒ぐ。
「私は別に胸の大きさなんて気にしてないしどうでもいい。もっと大事なことあるし、そんなことバカげてると思う」
「も~、だから黒野さんに係わっちゃ駄目だって言ったのに」
「ごめんね~、黒野さん」
黒野が雰囲気を壊す。
「本当あいつ毎回空気読めねぇよな」
「ダメだなぁ、本当あいつ。可愛げねぇわ」
「もうちょっと愛嬌のある返事欲しいよなぁ」
外野のダメ出しが入る。
「はいはい、質問です! 先生はその大きな胸で一体何人の男性を落としてきたんですかぁ?」
「お、落としてないから! 誰も! まだ交際ゼロだから! 清い体なんだよ!」
「「「えええぇぇぇ~~~~~~!?」」」
女子生徒たちから大きな驚きの声がする。
「おいおいおいマジかよ、聞いたかお前ら」
「狙い目だな、これは」
「神奈先生、もうそろそろいなくなるから後腐れなく告白できんじゃねぇか?」
「その後女子から白い目で見られるだろうが!」
「先生、あの美貌で交際経験ゼロなのか?」
女子生徒からの反応は続く。
「先生、今何歳?」
「十三さいだよ、十三歳」
「嘘だ~、本当は三十路でしょ?」
「うるせぇなぁ、静かにしろ」
「先生も早く結婚しないと婚期逃すよ?」
「あ~あ~、聞こえねぇ」
「先生多分二十七くらいでしょ? その年で交際経験ないのって天然記念物ですよ」
「お前らはあるのかよ!?」
「「「え、普通にありますよ……」」」
女子生徒は皆肯定する。
「おい、ふざけんな! なんでだよ!? おい! 俺ら誰も交際経験ある奴いねぇだろ!」
「一人の男が色んな女と付き合ってんだよ……」
「ふざけんなよ! おい! 探し出せ! ただじゃおかねぇ!」
「止めろ! 皆争うな! エデンの園だぞ、ここは!」
霧島が音頭を取る。
「でも高梨さんもすごい体のプロポーションいいよね」
暮石の声がする。
「止めなさいよ、暮石さん」
「いやいや、何かスポーツとかやってたの? 上から下まで本当に綺麗」
「私はなんでも出来るのよ。あがるわ」
ざば、と高梨が湯から上がる音がする。
「おいおい、聞いたかよお前ら!」
「くっそぉ! やっぱり高梨さんは最高だぜ!」
「あの姉御肌、たまらねぇ!」
「それにしてもおかしくねぇか?」
一人の男が声を上げる。
「あっちの声が聞こえてるのに、こっちの声は聞こえねぇのか?」
「確かに……」
不安の声が上がる。
「ふっふっふ……」
霧島がニヒルに笑う。
「これこそが僕が轢いていたレール、罠だよ」
「何!?」
「あらかじめ僕が大声で叫び、女子陣にこちらを警戒させる。その上で喋ることを止め、静かにすることで女子陣は警戒を解く。ああ、普通に喋るならあっちには聞こえないんだ、と思うわけだ」
「マジかよ!?」
「おいおいおいおい天才かよ!?」
霧島は腰に手を当てる。
「のぞき見を捨て、盗み聞きを取る! 骨を切らせて肉を断つ! これこそ、僕の真の目的なのさ!」
「霧島神!」
男たちは霧島を褒め称える。
「あと暮石さん、こっちの声はあっちにも聞こえてるから気を付けた方が良いわよ。じゃあ」
「え……」
「「「え…………」」」
男たちの動きが、止まった。
「え……もしも~し……」
「「「…………」」」
男たちは息を殺す。
「も~、高梨さん本当嘘ひどいよね」
「あ、ちょっと、神奈先生、仕切りの上からあっち見ようとして――」
「「え?」」
男たちが上を向いた瞬間、大量の桶が降ってくる。
「「「痛えええええぇぇぇぇぇ!!」」」
「本当だあああああああぁぁぁぁぁ!」
きゃあああああ、と無数の悲鳴とともにありとあらゆるものが、男湯に投げ込まれる。
「違う! 違うんだ!」
「最低! 皆もう喋っちゃ駄目!」
「クソ! 高梨あの野郎!」
「俺たちの天国を邪魔しやがって!」
「皆こっちの会話はあっちに盗聴されてるから気を付けて!」
「何が盗聴だ! 勝手に大声で話してたのはそっちだろうが!」
「そうだそうだ! 俺たちは静かに銭湯をたしなんでただけだ! 俺たちに罪はない!」
そうして銭湯の時間は終わりを迎えようとしていた。
「いやぁ、かなり遅れちまったなぁ」
櫻井は一人、銭湯に入りに来ていた。
「やっぱ困ってる人は放っとけねぇよなぁ」
二十時五十七分。櫻井は銭湯に入る。
「まぁちょっと遅ぇけど大丈夫だよな?」
がらがら、と戸を開けるが、誰もいない。
「あぁ~、良い湯だなぁ」
櫻井は一人で銭湯を堪能する。
ガラガラガラ、と戸を開ける音がした。
「え?」
「え?」
湯につかる櫻井の視界には、一糸まとわぬ新井の姿が、あった。




