第224話 銭湯はお好きですか? 1
夕食を終え、各々部屋へと戻って行く。
「大丈夫か、これ……」
櫻井は自室で呻いていた。
一部屋に、男である櫻井が一人と、取り巻きたち。一夜を明かすには不安な状況に、櫻井は苦悶の声を漏らした。
時刻は二十時。風呂の時間が迫っていた。
「取り敢えず風呂に行くか……」
櫻井は銭湯へと向かった。
二日目の夜、櫻井たちが止まっているホテルでは、大浴場で入浴する形式となっていた。
一時間ごとに入浴するグループが交代となり、男子学生の最後の入浴グループは二十一時で締め切りとなる。
男子学生の入浴グループは十八時から十九時、十九時から二十時、二十時から二十一時の三グループ。
対して、女子学生の入浴グループは二十時から二十一時、二十一時から二十二時、二十二時から二十三時の三グループ。
「そう、今俺たちがいる今このグループこそが、男湯盛り上がり最高潮のグループなのである!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」
霧島が銭湯で熱く、語っていた。
霧島たちのいる第三グループ、二十時から二十一時のみが、女湯と隣同士で息遣いを感じるグループとなる。
「諸君! 耳を傾けてみろ! この薄い板で仕切られた向こうに! なんということか! 秘密の花園が広がっているのである! 今! 今この時間だけが、隣に女子を感じることが出来るのである!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」
第三グループとなった霧島は男たちの士気を上げる。
「お前たち! 女の体は見たくないか!」
「「「見たい!」」」
「秘密の花園を目にしたくはないか!」
「「「したい!」」」
「ならば教えよう、この俺が、今この時間のあちら側を!」
「「「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」」」
男たちは湧き立ち、霧島を神と崇める。
そしてそんな熱い戦闘の中に、赤石もいた。
「全く、無駄なことを……」
「全くやで、ほんまに」
三矢は霧島の方へとひょこひょこと歩く。
「おい」
「冗談や、冗談」
三矢が戻ってくる。
「もしかすると霧島殿がやり遂げるかもしれないですぞ?」
「こんな定番イベントが成功するわけないだろ」
赤石、三矢、山本の三人は横に並んで、顔を見合わせることなく話していた。
そして板で仕切られた仕切りの近くで、霧島が音頭を取っている。
「というか山本、お前結構鍛えてるんだな」
「左様でござるか? 特にそうは思わないでござるが……」
山本は綺麗に凹凸のある腹筋を見た。
「アカ、今あっち側誰がおると思う?」
「さあなあ。知らん」
「想像力働かせんかい。お前の知っとる女も三分の一の確率であっちにおるんやぞ」
「そうか」
どことなく赤石は想像する。
「高梨なんかええ体しとるやろ。水城さんなんか最高や。鳥飼も案外鍛えてそうでギャップがあってええなぁ。暮石なんかいかにも普通の女の子って感じで興味あるわ」
「あがったら伝えとくよ」
「止めんかい、おい!」
霧島の熱にあてられてか、男子銭湯は大いに盛り上がっていた。
「さて諸君、今あちらにいる女学生を教えてしんぜよう!」
「神よ!」
「ゴッド霧島!」
「「「きーりーしま! きーりーしま! きーりーしま!」」」
どこからともなく、霧島コールが巻き上がる。
霧島は仕切りの向こうにいる女子学生の名前を読み上げ始めた。
「お、霧島言うとるで」
「本当なのか、あれ」
「霧島殿の人脈は案外馬鹿にならないでござるからね。霧島殿に助力する人の言葉を信じればそういうことになるかもしれないでござる」
霧島が一人、また一人と女子学生を読み上げることで、男たちがガッツポーズをする。
「そしてなんと! あちらには現在俺たちのクラスの女子がいるのである!」
「「「おおおおおおおぉぉ!!」」」
霧島は大声で読み上げた。
「八宵ちゃん、三葉ちゃん、あかねちゃん、白波ちゃん、志保ちゃん――」
どんどんと読み上げていく。
「暮石らおるんやってな」
「らしいな」
「この声、あちらには届いてないでござるか?」
山本が不思議に思った時、
「ぶっ殺すぞてめぇら!」
仕切りの向こうから、黒い悪罵が飛んでくる。
「風呂あがったら覚えとけよ霧島ぁ! あと他の男ども!」
「「「…………」」」
一瞬にして、男子側が沈黙に陥る。
「何とかいぇやゴミクズどもが! この犯罪者ども!」
「「「………………」」」
先ほどまでの熱気はどこに行ったのか。誰もいないかのように静まり返る。
「にゃーん」
霧島が猫の真似をした。
「猫なわけねぇだろ! 覚えとけ霧島がぁ! 絶対殺す!」
女子側のざわざわも、聞こえ始めた。
「案ずるなお前たち!」
しかし、霧島は演説を止めない。
「男が死ぬときはなんだ!? いつだ!? 命の灯が消えた時か!? 違う! 自分にとって大切な指針を失った時か!? 違う! 女湯をのぞけなかったときだぁ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」
大合戦のごとく、再び息を取り戻した。
「あいつは政治家とか向いてるな」
「絶対向いてるでござる」
「猫の真似してごまかそうとする政治家嫌やわ」
「逆にリアリティがある」
霧島率いる男たちは、仕切りにくっついた。
「死ねええええええええぇぇぇぇぇ!」
鳥飼の悪罵も、霧島たちには届かない。
「今こうしている鳥飼さんも! なんと! 一糸まとわぬ体だということをゆめゆめ忘れるな戦士たちよ! 今こうして、怒っている雰囲気を出している鳥飼さんも! 完全な裸なのだから!」
「うっ……!」
霧島の言葉に気を取られたか、鳥飼の語勢が弱くなる。
「さらに! 霧島ネットワークによると、スペシャルな一人が、あちらには存在する!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」」」
「我がクラスが誇る最高の美少女教師! 神奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 美穂ぉぉぉぉぉ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」」」
「美穂ちゃああああああああああぁぁぁぁん!」
「結婚してくれえええええぇぇぇ!」
神奈がいることを知った一同は盛り上がる。
霧島たちはどうにかあちら側の世界を見ようと、仕切りの穴を探した。
その時だった。
「「「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」」」
「え……?」
仕切りに張り付いていた一塊が、吹き飛ばされる。
仕切りが、あちら側から叩かれた。
「さんざやらかしてくれたなぁ。覚えたぞ~、霧島ぁ」
「この声は……」
神奈。神奈美穂、二組が誇る最高の美少女教師、神奈美穂である。
「ほかに誰がいるんだぁ? あぁ? 佐藤、井上、秋田、楼上、佐上、野田、上野~?」
「「「ひ……ひいいいぃぃ!」」」
仕切りに張り付いていた男子生徒の名前が読み上げられる。
「あいつ、テレパシー使いか!?」
「佐久間、大地、山田、大杉、厳立、遊泳、赤石、黒田~」
「なんかさっき俺の名前呼ばれなかったか?」
赤石は遠い場所から小首をかしげる。
「お前ら、無事に進級できると思うなよ~!」
「み、皆の衆! 撤退! 撤退ぞ! あいつは今年で消える! もう何も失うものはない! 本当にやりかねないぞ!」
「「「う、うああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」」」
一斉に、蜘蛛の子を散らすように、三々五々離脱していった。
「この仕切りにそんな分かりやすい覗き穴があるわけないだろ~。無駄な努力は止めろ~」
「クソ……やられた……!」
霧島たちの女湯のぞき見作戦は、失敗に終わった。




