第221話 修学旅行二日目はお好きですか? 2
「汚れちゃったんだけど、こんな時にさぁ!」
「ぁ……」
平田が黒野に詰め寄る。
黒野は何も言えないまま、後退する。
「何黙ってんの、喋れよ」
「早く喋れよ」
「最低」
「…………」
平田たちからの口撃に黒野は俯き、黙る。
「なになに?」
「何かあったの?」
「うわ」
周囲の修学旅行生が反応する。
「平田と黒野じゃん……」
「修学旅行まで来て争ってんのかよ」
「怪獣大合戦じゃん」
「どっちも嫌いなんだよな」
平田と黒野の騒ぎを聞きつけた同級生たちが二人を悪罵する。
「ちっ」
平田は舌打ちをすると、黒野の腕を引っ張り、人気のない路地裏へと連れて行った。
「おい」
「なんとか言えよ!」
「ひっ……」
壁を背にした黒野の顔面近くに、蹴りが繰り出される。
「自分さぁ、謝ることとかできないの? 私の服が汚れちゃったんですけど~。どうやって責任取ってくれるんですか~?」
「ぁの……」
黒野はごそごそとぽっけをあさり、中から一万円札を出そうとする。
「金で解決する問題じゃねぇだろうがよ!」
平田が黒野の手をはたき、黒野の手から札が落ちる。
「謝れって言ってんだよ!」
平田たちに囲まれ、黒野は体をこわばらせる。
「助け……」
平田たちの隙間から助けを求めるため外を見た黒野は、一人の男子学生と目が合った。
「……」
「ぁ」
櫻井だった。
路地裏で囲まれている黒野と櫻井は数舜、目を合わせ、
「……」
櫻井はそのまま黒野を顧みることなく、歩いた。
黒野も平田も、どちらも櫻井との接触がほぼなかった。平田はその横暴さから、黒野はその陰湿で暗鬱な性格から、馬鹿にされたこともあった。
水城や八谷、新井や葉月と自分との立ち位置を見比べては自己嫌悪することも少なくなかった。
「ふ…………」
黒野は自嘲気に嗤った。こんな自分が相手にされるわけがなかった。今までもそうだった。結局これからもそうなんだろうと、自嘲気に嗤った。
「何笑ってんだよクソが!」
櫻井は視界から完全にいなくなった。
「本当キモいわ、こいつ」
平田は右手を振り上げる。
そして一発、
パァン、と大きな音がした。
だが、叩かれたのは、一人の男子学生だった。
「痛ぇ~……」
「え?」
黒野をかばうようにして、そこには一人の大男がいた。
「誰だか知らないけど喧嘩はよせよ」
大男、須田は平田に向き直り、言った。
「は、え、何一体。あんた関係ないでしょ」
「同じ学校だろ?」
「朋美、こいつ須田……」
「須田……」
須田は黒野の肩を持ち、立ち上がらせた。
「なんでこんな人目のつかないところでいじめてんだよ」
「別にいじめてるわけじゃないから。あんたこれ見えないわけ?」
平田は自分の服を引っ張り、ソフトクリームの汚れを見せた。
「これは?」
須田が黒野を見る。
「あ、わた、私が……」
黒野はたどたどしく、平田の服を指さした。
「そいつ私の服にそんなものつけて謝りもしないわけ。そりゃこんなことされたって何の文句も言えないよねぇ~」
あははははは、と平田たちが笑う。
「本当か?」
「……」
黒野は首肯した。
「じゃあちゃんと謝った方が良い」
「……」
黒野は視線を逸らし、平田を見た。
「ごめ、ご、ごめんな……さい……」
「……」
黒野は深く頭を下げ、平田に謝った。
「謝っただけじゃ無理なんですけど。ちゃんとクリーニング代出してくれます?」
「きゃはははは」
黒野は頭を下げる。
「修学旅行の最中にこんなことされたんだから迷惑代もいるよね。服とか汚れてるんだし」
「本当それ」
「あんたのせいで修学旅行台無しだから」
「ごめ……んなさい……」
黒野は頭を下げたまま、謝る。
「まあまあ、そこまで言わなくてもいいじゃん。実際なんでそうなったのかは知らないけど、君らも暴力ふるってたんだから」
「先にやって来たのそっちだから」
「じゃあいいよ、俺が払うから」
はい、と須田は財布から三千円を平田に渡した。
「修学旅行がおじゃんになるのが嫌なら服もあげちゃう」
筋肉質の須田が上着を脱ぎ、平田に着せた。
平田には須田の服は大きすぎるため、ぶかぶかになる。
「それで汚れも目立たないんじゃない? クリーニングだってそれだけあったらおつりが帰って来ると思うから。修学旅行なんだから楽しく行こうぜ、な?」
「まあ……そこまで言うなら……」
平田はすごすごと引き下がる。
「お、統貴こんな所いたのかよ。突然走ってくなよな?」
「あれ、誰それ?」
須田の班員が路地裏にやって来る。
「あれサッカー部のキャプテンじゃね?」
「嘘じゃん、ヤバいって」
サッカー部のキャプテンと称される男は平田に気付く。
「いや、サッカー部のキャプテンは今でも十上先輩だから俺なんかじゃ全然。ってか何してた、統貴?」
「いや、ちょっといざこざがな」
須田は黒野の肩を持ち、出ていく。
「え、統貴服変わってんじゃん、何それ?」
「あげた」
「は、誰に?」
サッカー部のキャプテンと目される男の後ろから女が顔を出す。
「は、統貴の服着てんじゃん、なになになんで? どういうこと?」
「ちょっと、レモンマジでお前関わんなって、お前が関わるとろくなことにならない」
「は、全然そんなことないから」
平田たちは須田の集団に怯え、後退する。
「朋美、行こ」
「う、うん」
須田の班員に圧を感じた平田たちは路地裏から逃げ出した。
「ってか統貴マジで何してたんよ、どうせまた厄介な面倒ごと係わってたんだろ? なぁ?」
「いやいや、まさか。南の目はごまかせねぇよ」
「じゃあその子は?」
南は須田の近くにいる黒野を見た。
「ついに俺の力を託そうと思える人間と出会えた……」
「やばば」
南は黒野を見た。
「どこの班の人?」
「二組……赤石という男の班……」
黒野は細々と言う。
「え、マジ悠? じゃあ連れてく連れてく。じゃあ俺ちょっと抜けるわ」
「え、マジかよ。しゃあねぇなぁ」
「じゃ、また後で~」
須田は黒野とともに班を抜けた。
「悠の班の人なんだ、知らなかったなぁ~」
「……」
黒野を先頭に、須田は後ろを歩いた。
黒野は赤石たちが恋愛おみくじをしていた場所へと足を向ける。
「あ、あの……」
「ん~?」
「お金……お金……」
黒野は財布から一万円札を取り出した。
「いやいや、いいって。お金なんて天下の回り物だし」
「でも、私のせいで……」
黒野は負い目を感じる。
「大丈夫大丈夫、俺はお金を渡して黒野さんの力になれてハッピー、黒野さんはお金を払わなくてハッピー、これで最高よ」
「でも……」
そうこうしているうちに、赤石たちが見えてくる。
「おーい、悠~」
須田は赤石たちの下へと駆け寄った。
「え、須田君?」
「何してんだよ、お前」
暮石と赤石が須田に気付く。
「なんか黒野さん……? って人が悠の班員らしいから見かけて」
「いやいや、別にお前がいなくても一人で帰ってこれただろ」
「違くて」
黒野が否定しようとするところを、須田が制止した。
「じゃ、俺行くわ~」
「何しに来たんだよお前は」
「ばいばい、須田君」
須田はそのまま班へと戻った。
「黒野」
「……」
「黒野?」
黒野は須田の後姿を呆然と見送っていた。
「じゃあ行きましょうか、次の場所」
「そうだね」
赤石たちはそのまま、次の場所へと向かった。




