第220話 修学旅行二日目はお好きですか? 1
「それにしてもここは風流やなぁ」
三矢は大通りを闊歩しながら、言う。
「風流な街並みを持つ場所は近代的なものをあまり作らない、とか言うな」
「なんやそれ」
赤石たちはまばらに歩く。少人数で固まり、それぞれが思い思いに歩いていた。
「わ~見てこれ赤石君!」
暮石は、小さく丸められたくじでいっぱいの箱に、てこてこと歩いて行くと、嬉しそうに手を振った。
赤石と三矢、高梨も近寄る。
「見て、恋愛おみくじだって~」
「ああ……」
そこには桃色のハートマークであしらわれた、小さな箱が置いてあった。
「女子ってほんまこういうの好きやんなぁ」
「だって楽しいじゃん」
暮石は財布を取り出した。
「ねぇ、皆やろ?」
「やるやる、やろう三葉!」
鳥飼は上っ調子で暮石に賛同する。
「私は……いい。違う場所行く」
そう言うと黒野はすぐさま退却した。
「なんやあいつ、ノリ悪いなぁ」
「いや、今に限ってはあいつは全然間違ってないだろ」
黒野はてこてこと赤石たちから離れた。
「黒野、あまり遠くに行くなよ」
「……」
黒野は親指を立てた。グッドラック、と呟く。
「なんか格好ええなあ」
「そうだな」
黒野のことを少し心配しながらも、赤石たちは暮石に向き直った。
「ね、赤石君も」
「あ~……」
赤石は気乗りしない声音で答える。
「黒野に賛同するわけでもないが、正直引いたところで何か変わるわけでもないからな」
「確かになぁ。なんもええことないもんなぁ」
赤石と三矢は否定的に言う。
「そんなことないわよ、赤石君、三矢君」
高梨は暮石の側に立った。
「珍しいな、お前がそっち側だとは」
「恋愛おみくじを引く理由は主に恋愛運を見たいだなんて、そんな簡単な理由だけじゃあないのよ」
「ほう」
赤石たちは高梨の話に傾聴する。
「恋愛おみくじを引くことで、その子が何を考えているのかわかるのよ。例えば――」
「うわあ」
高梨は上麦を抱き寄せた。
「あいつ、う、とわ、とあ、全部発音しよったで」
「個性が光るな」
上麦は高梨の腕にすっぽりと収まっていた。
「例えば、私が白波が好きだったとするわよ」
「はあ。いささか仮定の話にも思えないが」
「ここで私が引いた恋愛おみくじで、あなたの周りには良い人がいないかも、でも暫くしたら縁のある人と出会えるかも、と書いてあったとするわ」
高梨は演技がかった声で言う。
「演劇部入ったらどうや」
「黙りなさい。そしたら私はこういうのよ。えぇ~、私別にそうは思わないけどなぁ~、ってね」
「…………」
「…………?」
三矢と山本は閉口し、小首をかしげた。
「さて、その真髄とは何かしら、赤石君」
「自分は今自分の周りにいる人に好意があります、ってことを遠回しに言ってるんだろ」
「正解よ」
高梨は恋愛おみくじに三百円を入れ、恋愛おみくじを引いた。
「……」
末吉。あなたにふさわしいご縁はまだ先になるでしょう。
「え~、私はそうは思わないんだけどな~」
高梨は演技がかった声でしなを作る。
「白々しいわ」
「一周回って何らかの効果がありそうだ」
まあそういうことよ、と言うと高梨は恋愛おみくじをしまった。
「ちょっと止めてよ高梨さん、引きづらくなっちゃったじゃん」
暮石が何を発言しても、それは赤石、三矢、山本の三人への発言ということになる。
「悪人やな」
「大悪党だな」
「高梨、悪い」
上麦たちの隙間を縫い、赤石もまたお金を入れ、引いた。
大吉。あなたの良縁はすぐそばにあるでしょう。あなたに勇気があれば、きっとそう遠くないうちに恋愛が成就するはず。
赤石は恋愛おみくじを見せびらかした。
「え~、俺はそうは思わないんだけどなあ」
「もうそうなったら誰への何のアピールか分からんやろ」
鳥飼、上麦も続いて引いた。赤石が引くことで心理的なリアクタンスが低減する効果が生まれる。
「私は中吉かあ」
「私大吉!」
鳥飼と上麦は皆に見せびらかす。
「恋愛おみくじってこうやて楽しむもんやったっけか?」
「恋愛おみくじにこんな楽しみ方があっただなんて知らなかったでござるなあ」
三矢と山本も引いた。
小吉、凶。
「最初の方でええのんばっかり出たから微妙やわ」
「これもまた人生でござるな」
三矢と山本は満足していた。
「え~、私最後?」
「早く引けよ」
暮石が最後になっていた。
「仕方ないなあ……」
暮石も恋愛おみくじを引いた。
「おぉ……」
暮石もまた、見せる。大吉。数年もしないうちに、異性から猛烈にアプローチされるでしょう。
暮石は目を輝かせ、おみくじを見ていた。
「見てあかね、白波、すごい!」
「すごいなあ」
「三葉、モテる」
暮石たちは楽しそうに歓談していた。
「私、大きく飛躍する気がするよ……!」
「おみくじ一つで……」
赤石たちは苦笑した。
「あなたも大吉だったわよね、白波」
「私いつもモテる。さっきも知らない人から飴玉もらった」
「吐きなさい、白波!」
「うわあ」
高梨が白波の背中を叩く。
「もう舐め終わってる」
「今度から知らない人からもらったものは食べちゃ駄目よ、分かったわね」
「上麦にいたってはある意味安全かもしれないけどな……」
「赤石、ビンタ」
背の届かない上麦は赤石の背中を三度叩いた。赤石はそ知らぬふりを決め込む。
暮石たちは恋愛おみくじの話で盛り上がっていた。
「ふう……」
恋愛おみくじを引かされそうになった黒野は一人脱出し、ソフトクリームを購入していた。
恋愛から最も遠いところにいると自覚、あるいは自負さえしている黒野はその状況を回避した。
黒野はぺろぺろとソフトクリームを舐めながら歩く。
「やっぱ京都って風流だわ~」
「分かる~」
「それ~」
前方から、平田がやって来る。
「てか人多くね?」
「最悪かも」
平田に気付いた黒野は道の端に縮こまり、ゆっくりと歩く。背の高い男性の後ろに隠れ、平田をやり過ごそうとした。
「本当京都って日本人以外多くね?」
「やっぱ日本の観光地だからなんじゃね?」
「もうちょっと人少ない所通った方が良かったじゃん」
「いや、人少ない所とか人気ないじゃん」
あはは、と平田たちは笑う。
平田のほかにも多数の学徒が道を練り歩いていた。
ホテルからそう遠くない場所にある京都の観光地に修学旅行生が集まることは、ある種必然ともいえた。
「でも正直ホテルで――」
「あ」
事故。
突如として平田を避けるようにして男性が横に避け、ソフトクリームを持った黒野と平田が真正面からぶつかる。
「………………は?」
「……え?」
「嘘」
「――――――あ」
一瞬、平田たちの空間だけが静寂に包まれる。
「これ……」
平田はゆっくりと自分の服を見る。
黒野の持っていた食べかけのソフトクリームが、平田の服についていた。
「何しちゃってんの、自分」
平田たちと黒野が真正面から対峙する。
「ぁ…………」
黒野と平田は同じ教室。共に顔見知り。
黒野はまともに言葉を発せずにいた。




