第218話 花波裕奈はお好きですか? 9
「じゃ、じゃあ次は俺が入るぞ?」
「は……はい」
花波が浴室から出た後、櫻井が浴室へと入る。
「は~……」
櫻井は大きなため息をつき、浴槽に浸かった。
「…………」
櫻井は鹿爪らしく、考えに耽溺していた。
「裕奈……」
ぼそ、と呟く。
「どうすればいいんだ、俺は~~!」
そして来る就寝の時間を考える。
暫くの後、櫻井は体を洗うため、浴槽から出た。
ガラガラガラ。
「うわぁっ!?」
「そ、そんなに驚かないでくださいまし」
浴室に花波が闖入する。タオル一枚を巻いた花波は、櫻井と対峙する。
「ど、どうしたんだよお前!? さっき風呂入ったんじゃなかったのか?」
「こ、こっちを向かないでくださいまし!」
タオル一枚で体を隠している花波は赤い顔でしゃがむ。
「ご、ごめん!」
櫻井は咄嗟に花波に背を向けた。
「でも裕奈がどうして……」
「私だって恥ずかしいんです!」
「じゃ、じゃあなんで」
「さ、さっき聡助様が私のことを助けてくださいましたのに、私は聡助様に何のお返しもしないで、少し申し訳なく思ったのです……」
「裕奈」
「……」
静寂が二人を包む。
「ですから聡助様のお背中を私が流させてもらえばな……と」
「そういうことか」
櫻井は首肯した。
「俺も男だ! 裕奈、じゃあ俺の背中を流してくれるか?」
「もちろんですわ!」
花波は櫻井の背中を流し始めた。
「痒い所、ございませんか?」
「おう」
「聡助様……」
花波は櫻井の背中に熱い視線を向ける。
「お流しいたします」
そして櫻井の背中に体を密着させた。
「ゆ、裕奈さん、む、胸が……」
花波の胸が櫻井の背中に当てられる。
「その、当たってるんですが……」
櫻井は背中の感触を感じ、顔を真っ赤にした。
「お、終わりですわ! 変なことを考えないでくださいまし!」
「ご、ごめん!」
そう言うと、花波はそそくさと浴室を出た。
「裕奈の胸……」
一人浴室に取り残された櫻井は先ほどまでの感覚を思い出すかのように、背中を触っていた。
「じゃあ寝るか、裕奈?」
「は、はい……」
そして櫻井と花波は同衾する。
「やっぱり俺が床で寝ればいいんじゃ……」
「いけませんわ!」
床で寝ようとする櫻井を、花波がたしなめる。
「じゃあ、俺はベッドの端っこの方で寝てるから、裕奈は広々と使えよ」
「す、すみません……」
そして櫻井と花波は布団をかぶった。
「……」
「……」
もぞもぞと布団の中を動く音がする。
お互いの吐息が聞こえるほどの距離で、少なくない緊張が二人に走る。
そして数十分が経った。
花波はすうすうと寝息を立て、就寝していた。
そして櫻井は未だ眠れずにいた。
「こんな緊張してるところで寝れるかよ……」
ぼそ、と呟く。
「聡助様~」
花波が寝言を発する。
「愛していますわ」
たまたま寝返りをした花波の顔が、櫻井の正面に来る。
「聡助様……」
「うぉっ!?」
花波の寝返りはとどまることを知らず、櫻井に抱き着いた。
意図せずして、花波と櫻井が抱き合う形となった。
櫻井はその体勢のまま、じっと動かずにいた。
夜。ホテルに着いた赤石たちは各々、各部屋へと到着していた。
赤石もまたホテルの一室へと到着していた。
「いやあ、男ばっかりでむさくるしいねえ、ここは」
「お前もだよ」
霧島、赤石、山本、三矢の四人はそれぞれくつろいでいた。
赤石はベッドで電子書籍を読み、霧島はスマホで何かを調べていた。三矢と山本は外を見ながらも、与太話を楽しんでいた。
「何をしているでござるか、赤石殿」
山本が赤石に話しかける。
「フォッカチオの美味しい作り方を調べてる」
「イタリアのパンでござるね。グルメでござるね」
「いや、冗談だよ」
「冗談が美味いでござるね」
「お、上手いやん」
三矢が手を叩く。
四人は既に湯浴みを終え、残すところは就寝のみとなっていた。
「でも確かに暇やな」
三矢が手遊びをしながら言う。
「まだちょっと就寝までは時間があるでござるからね」
「じゃあ僕は女の子の部屋に行ってくるよ!」
アディオス、と言うと霧島は素早く部屋を出た。
「全くあいつは……ほんまに刹那的な生き方しとるなあ」
「あ、俺も外に出る」
赤石は何かに気付いたように、支度をした。
「なんや、お前も女の部屋行くんか? 高梨か?」
「いや、スーベニア―」
「なんやそれ!」
三矢が立ち上がる。
「お土産屋さんのことでござるよ」
「日本語で言わんかい!」
「三矢英語力向上委員会だ。じゃあ、行ってくる」
赤石は財布とスマホだけ持ち、外に出た。
赤石はホテルの一階にある土産物物販店へとついた。
特に何をするわけでもないが、親へのお土産か何かが必要か、と思いあさる。
「あ、かいし」
「……よお」
八谷がそこへ現れた。
「元気?」
「これ以上ないほど不元気だ」
「なんでよ」
「さあな」
赤石はキーホルダーを手に取った。
「何してるのよ」
「暇つぶし」
「そう。私もよ」
大方、水城たちと一緒にいるのがつらくなったんだろうな、とあたりをつける。
「元気?」
「何回同じ質問するんだよ」
重ねられた質問に、赤石は半眼を向ける。
「だって何話したらいいのか分からなかったのよ」
「じゃあ話さなくていいだろ」
「こんな普通じゃない状況で無関心でいろってほうが難しいわよ」
「そういえば今は修学旅行か」
すっかり忘れていた、と赤石は顔を上げる。
「なんで真っ最中に忘れるのよ」
「そういうもんなんだろ、人生ってのは」
「あ、そ」
八谷も赤石の隣に並んだ。
「何買うのよ」
「食べ物になるんじゃないか」
「キーホルダーとか良いわよ」
八谷は赤石にキーホルダーを見せる。
京都のゆるキャラキーホルダーを赤石に見せた。
「いらん」
「なんでよ、可愛いじゃない」
「可愛くないだろ、そのキャラ」
もう、と言いながら、八谷は渋々キーホルダーを戻した。
「赤石、私の今日の寝間着どう?」
八谷が小さく一回転した。
ふりふりのネグリジェが揺れる。
「小綺麗」
「何よ、小綺麗って」
八谷は眉根を寄せる。
「いかにも寝間着って感じだな。よくそんな格好で出てこれたな」
「可愛いでしょ?」
「そうなんじゃないか」
「何よ、心こもってないわね」
八谷のきらびやかな寝間着とは対照的に、赤石は質素なジャージを着ていた。
「あんたのそれは寝間着のつもりなの?」
「寝るときでも使えるし、外に出るときでも使える。実質お前の寝間着の二倍の価値があるな」
赤石は自分のジャージを引っ張った。
「服っていうのは用途だけで価値が図れるものじゃないのよ。こんなかわいい服、今日しか着れなくても価値があるわよ」
「そうか」
無関心に言う。
「あら、赤石君」
「赤石」
後ろから声がする。
高梨と黒野が、そこにいた。
「何をしてるのよ、そんなところで二人で。逢引きね?」
「誰がハンバーグだ」
「合挽じゃないわよ」
黒野は八谷をじっと見る。
「赤石、こいつ性格悪いって有名」
「え」
八谷は高校当初、常日頃櫻井に暴力をふるい、横暴の名を手にしていた。
「なんでも、誰にでも暴力をふるうだとか」
「今はふるってないわよ!」
即座に八谷が切り返す。そしてあんまり、と小さな声で付け加えた。
「狂犬八谷って言われてた気がする」
「知らないわよそんなこと!」
八谷と黒野は一年当時、同じクラスだった。
「怖い女だから気を付けた方が良い」
「べ、別に今は違うから!」
八谷は顔を赤くして言う。
「俺が初めて会った時もそんな感じだった気がする」
「なんで赤石までそっち側につくのよ!」
赤石は黒野の側に回った。
「まあ、人の好みはそれぞれよ……」
「フォローになってないわよ!」
高梨は頭を抱えながら言った。
「じゃあ俺は帰るよ」
赤石は踵を返した。
「ちょっと、待ちなさいよ、私も帰るんだから!」
八谷は赤石の後を追う。
「ついてくんなよ」
「わたしもこっちなのよ!」
「犬」
「狂犬じゃないから!」
赤石と八谷はエレベーターに乗った。
「なんだったのかしら、一体」
「私の知ってる八谷と違う」
黒野と高梨はお土産屋を回った。




