第216話 花波裕奈はお好きですか? 7
櫻井と花波は二人で、京都駅を通過していた。
「ま、まずいですわ聡助様……私……私っ!」
「まあまあ花波、大丈夫だって。まず今俺たちはどこにいるんだ……」
櫻井はスマホを取り出した。
「も、申し訳ございません聡助様……私がしっかりしてなかったから……」
「お前のせいなわけないだろ!」
聡助は花波を優しく見る。
「きっと弁当食っちまったから眠くなったんだな。まあ、今からでもなんとかなるだろ」
櫻井はアプリを使用し、現在地を導き出した。
「ここは……」
新幹線のアナウンスが流れる。
『次は終点、博多、博多』
花波と櫻井は唖然とし、口をぽかんと開けた。
「しゅ、終点ですの!?」
「そんなに寝てたのか、俺!?」
櫻井は自らの時計に視線を落とした。
時間は既に、十二時を過ぎていた。
「う、嘘だろ!? どんだけ過ぎてんだ!?」
「ま、まずいですわ聡助様、早く、早く下りないと……!」
花波は櫻井を揺さぶり、博多に着くや否や真っ先に下車した。
「は、早く、早く行きましょう聡助様!」
「行くってどこに!?」
「と、とにかく、とにかく一度駅を降りるしかないですわ! 博多から京都駅の行き方なんて私知りませんわ!」
「お、俺も知らねぇよ!」
「取り敢えず出ましょう、聡助様!」
花波と櫻井は早足で改札を出ようとした。
「うっ……」
「ゆ、裕奈!?」
花波が立ち止まる。
「…………」
「裕奈、裕奈どうした!?」
櫻井は花波を必死に揺さぶる。
「す、すみません聡助様……私、ちょっと……置いて行ってください……」
「そんなこと出来るか! どうしたんだよ、お前!」
「少し、持病が……出ただけ……ですわ」
花波は下を向いたまま言う。
「げほっ……げほげほっ……」
「裕奈!?」
花波は激しくせき込んだ。
そして――
「え?」
花波は喀血していた。
「裕奈!」
「あ……聡助様……私……」
涙目で櫻井を見る。
「早く病院行くぞ!」
櫻井は花波を背負い、改札を出た。
期せずして乗り越しとなり、二人合わせて三万円の超過金を取られる。
「しっかりしろ、裕奈!」
「す、すみません聡助様……」
花波と聡助は病院へと向かった。
「貧血ですね」
「え?」
数時間の待機時間を経て、花波に言い渡された診察結果は、貧血だった。
「ひ、貧血なわけないだろ! 口から血出してたんだぞ! ちゃんと見たのかよ!」
「お、落ち着いてください。きちんと結果を見ましたが、喀血になるようなものは見受けられませんでした。何かお心当たりなどないですか?」
「いえ…………」
花波はおとなしく、返答した。
「それでも少し気になりますね……良ければ他の病院の方を紹介いたしましょうか?」
「頼みますよ……」
櫻井と花波は他の病院の紹介状をもらい、その場を後にした。
「裕奈、じゃあこの病院行くか」
「いえ、大丈夫ですわ聡助様」
花波はきっぱりと断った。
「でも、お前体が……」
「今はなんともないのですの。もしかしたら転んだ表紙に口でも切ってしまったのかもしれません。本当に重ね重ね、申し訳ございません聡助様……」
「いや、駄目だ。行くぞ」
「聡助様……本当に大丈夫ですの。よくあることですから……」
「そこまで言うなら……」
二人は無言で歩いていた。
「じゃ、じゃあ聡助様、京都駅の方に向かいませんか?」
「……」
櫻井は下を向いていた。
「悪ぃ裕奈、俺もう金持ってねぇんだよ」
「…………え?」
櫻井は空になった財布を見せた。
「な、何に使ったのですの?」
「博多駅から出るとき、京都駅までの切符しか持ってなかっただろ? だからそこでお金を取られて、病院でまたお金取られたんだよ」
「た、大変ですわ、私のせいで! す、すぐにお返しします!」
「いや、お前が無事ならそれでいいんだよ」
「聡助様……」
花波はうるうると目を潤ませる。
「で、ですが、帰ったら、帰ったら必ずお返しします」
「そんなに気にするなよ」
櫻井は花波の頭を撫でた。
「で、でも聡助様、京都駅にはどのようにして行きましょう……」
「もう金ないからな……」
「す、すみません、私も新幹線で京都駅に行くほどのお金は残ってないです……」
花波もまた、お金を使っていた。
「……」
「……」
嫌な空気が二人に立ち込める。
「あ!」
「……?」
花波は膝を打った。
「私、思いつきましたわ!」
「……何をだ?」
「新幹線がないなら、電車で行けばいいんですの!」
「……なるほど!」
花波と櫻井はハイタッチした。
「電車でならお金もそこまでかかりませんし、一定額払えばどこまででも乗れるチケットがあると聞いたことがありますわ!」
「行ける! これなら行けるぞ!」
「では聡助様、そうと決まれば早速電車で目的地を探しますわ!」
「おう!」
櫻井と花波は博多駅へと戻り、スマホで目的地を調べながら、右往左往し、京都駅を目指した。
山内先生への連絡をし、京都駅へ向かうと伝えた後、二人はひたすら電車に乗った。
「聡助様、間違えましたわ! 乗る電車を間違えましたの!」
「焦るな裕奈、お金の問題はもう大丈夫だ」
花波と櫻井は何度か道を間違いながらも、京都駅へと向かっていた。
「…………聡助様」
「…………あぁ」
そして二人は、兵庫へとついていた。
「時間が……」
そして、既に時刻は夜の二十時を回っていた。
「もう……」
「迷いすぎたか……」
花波と櫻井は兵庫県の北部におり、京都まではまだ少し距離があった。
「聡助様……どうすれば……」
「…………」
二人は考える。
「ホテル……」
「…………え」
「ホテルに泊まるしかないか……」
「そ、聡助様!?」
櫻井は遠くを見た。
「どうやらここは田舎らしいし、とりあえず今は安静に寝泊まり出来る場所が必要だろ、裕奈」
「そ、それは確かにそうですわ」
「今から京都に向かってもたどり着く保証がないよな。もう今日はこれ以上行くのは危険だ」
「その通りですわね……」
二人はスマホを見た。
「電源が……」
二人のスマホの充電はもうほとんどなかった。
「まさかこんなことになると思ってなかった……」
「そうですわ……」
電波も弱く、ネットにも繋がり辛かった。
「取り敢えず、ホテルを探しましょうか」
「そうだな、裕奈」
櫻井と花波はホテルを探した。
すぐ近くにホテルは見つからず、人気の少ない僻地に、二人はホテルを発見した。
「すみません、空いてる部屋って、ありますか?」
「はい、ございます」
「何が空いてますか?」
「シングルとダブルが空いております」
シングルは一人一部屋、ダブルは二人一部屋。
「あ……ちょっと待ってください」
櫻井と花波は顔を見合わせた。
「裕奈、ここは……」
「はい」
櫻井は花波を控えめに見る。
「ど、どうする?」
「え、えっと……」
花波は財布の中身を見た。
「まだお金は残しておきたいし、あまり無駄には使えないよな?」
「は、はい……」
「……」
「……」
沈黙が二人を襲う。
「二人で一部屋……」
「……」
「二人で一部屋、借りるか?」
「……はい」
櫻井と花波はお互いに下を向く。
「まだ京都駅に行くまでのお金を残しておきたいですし、ダブルで……」
花波はそう言うと、ダブル、二人同室を選んだ。
そしてダブルのベッドは、一つ。
花波と櫻井の夜が始まる。




