第215話 花波裕奈はお好きですか? 6
赤石たちは京都の中でも、中に入れる寺へとやって来ていた。
「ここからはこのお寺の中に入ります。暫く自由行動なので、十四時には門に集合してくださいね~」
赤石たちは寺の中へと入って行った。
「……」
「……」
「……」
「……」
水城、八谷、葉月、新井の四人は寺を回る。
「……」
「……」
「……」
「……」
静かに、寺の中を回っていた。
「あ、そういえばここって写真撮っても良かったかな?」
「……」
「……」
「……」
水城の質問に、誰も答えなかった。
「良いらしいわよ」
しばらく時間を置いて、八谷が口火を切り出す。
「あ、そうなんだ。じゃあ私たちで写真撮らない?」
「……」
「……」
新井は呆然と外を見ていた。
葉月はスマホをいじりながら歩いていた。
八谷はただ、下を向いていた。
「じゃ、じゃあ撮るね」
水城はインカメラにし、写真を撮った。
「いや~、撮れたね~、思い出できたね~」
「……」
「……」
「そうね」
四人は寺の中を、歩いていた。
櫻井がいなくなり、四人は櫻井を欠いた状態で過ごしていた。
「…………」
赤石は寺の側縁に座り、呆然と外を眺めていた。
「……」
「何してるの?」
暮石が、赤石の隣に座る。
「古池や――」
「一句読まないで」
暮石は冷静に返答する。
「どうしたの赤石君、もっとお寺の中見ないの?」
「別に興味ないしな。お前も見ろよ」
「もう全部見ちゃった。ちょっと長いよね、この時間」
暮石もまた、庭園を見る。
「草と石が良い感じに並べられてて綺麗だな」
「雑な感想だね」
呆然と、見る。
「……」
「……」
「もう、楽しくないよ!」
暮石は立ち上がった。
「ほら、赤石君も立つ!」
「面倒くさい……」
暮石は赤石の胴体と腕の間に手を入れ、担ぎ上げようとした。
「要救助者か、俺は」
「じゃあ自分の力で立ってよ」
赤石は暮石の力の向きに従うように、すくと立ち上がった。
「面白い話して」
「お前は鬼か」
暮石は赤石の裾を引っ張りながら、寺の中を見回る。
「面白い話して」
「言葉が通じないのか……?」
赤石は小さくため息を吐いた。
「これは俺が子供のころの話なんだけどな」
「うん、うん」
赤石と暮石は隣で歩きながら、寺を見ていた。
「俺と須田と三千路の三人で散歩してるときに道に落ちてる財布見つけてな」
「なんかすごいその光景想像できるね」
「中身見たら金が入ってた。でもその頃は俺にも善意というものがあったからな」
「今はないみたいな言い方」
「三人満場一致で交番に届けよう、と交番へ行ったわけだ」
「えらいね」
暮石はうんうんと頷く。
「でもこれ、見つけた俺たちが犯人だと疑われるんじゃないかと思ってな、交番の前で立ち止まったわけだ」
「そうなんだ」
「どうしよう、と立ち止まってるところに警官が話しかけてきてな」
「怖いね」
「三千路がそこでひらめいたわけだ」
「ほう」
赤石は外を見た。
「お巡りさんが落としたのは、この財布ですか? って言ったよ」
「泉から女神出てくるやつじゃん」
暮石は言った。そして、
「あんまりおもしろくない」
「ふざけるな」
赤石は暮石を瞥見した。
「そこまで言うならお前が言ってみろ、魔性の女め」
「そこまで言われるの!?」
暮石が驚き角を曲がると、水城と鉢合わせた。
「あ」
「あ」
水城は後方にいた赤石とも、目が合う。
「あ、赤石君、どうしたのこんなところで」
「寺の長さを測ってたんだよ」
「業者か!」
暮石が赤石の肩を叩く。
「あはは、さすがにそんなことないよ」
「いや、寺を見てるに決まってるだろ。俺とお前で目的が違ったら怖いだろ」
「そうだね。私たちも回ってるよ」
水城は後方に控える三人を見た。
「赤石、暮石さんと二人で回ってたの?」
八谷が控えめに訊く。
「そこで座ってたら連行された」
「通報しました」
暮石は敬礼のポーズをした。
「そうなんだ」
「……」
「……」
葉月はスマホを眺め、新井は呆然としている。
櫻井がいなくなった四人は前もこんな感じだったな、と赤石は思い出す。
「あ、そうだ、今から合流しない?」
水城が両手を叩く。そして小さくウインクをした。
櫻井がいないのにそんなことをしても無駄だろう、と赤石は小さく首を振った。
「俺はもう少し回るよ」
「そっか、じゃあまた後でね」
「ああ」
赤石と水城たちは分かれた。
「ビックリしたねぇ」
「そうだな」
水城と十分に距離が開き、暮石が口を開いた。
「あ、あかね~」
「げ」
暮石は前方に、鳥飼と上麦を発見した。
「三葉、なんでこんなのと一緒にいるの?」
「なんか床に座ってたから連れてきたんだ」
「そんなことしなくていいって。帰れ」
「そのつもりだよ」
赤石は暮石たちの横を通り、先を急いだ。
「ちょっと、帰らさないでよ!」
暮石が赤石の服を引っ張る。
「伸びる」
「じゃあ戻ってよ」
「お前らで行けばいいだろ。鳥飼大先生がいるんだから、大丈夫だろ」
「相変わらず嫌な言い方だな、お前は」
「ブーメラン抜けなくなってるぞ」
「死ね!」
赤石と鳥飼はお互いを背にしながら罵倒を繰り返す。
「もう、なんであかねそんなに赤石君に厳しいの?」
「こいつ見てると腹立つんだよ。仕草とか言葉遣いとか」
「……」
赤石はそのまま歩き出した。
「何とか言えよ!」
「男は背中で語るんだよ」
「語るほどの力強さねぇだろ!」
「俺の背中を追いかけてきてる当たり、そういうことだな」
「こういうところ! くっそうぜぇ! 死ね!」
鳥飼は大声で罵倒する。
赤石は人差し指を口につけ、しー、と静止のポーズを取った。
「いや、ここ別に喋るの禁止されてないから! あぁ、もう、本当、こいつマジで嫌がらせ大会とかあったら世界優勝間違いなしだよ」
「禁止はされてないけどうるさい」
鳥飼は青筋を立てる。
「あかね、怒る駄目」
「白波……」
鳥飼は上麦の頭を撫でた。
「まあ、何かあったら呼んでくれ」
「二度と私らに係わるな! 死ね! お前の顔なんてもう二度と見たくねぇんだよ!」
「これで俺が死んだらお前は一生後悔するだろうけど、いいんだな?」
「~~~~~~~~~!」
鳥飼は顔を赤くした。
「悪かったよ……死ななくてはいい」
「じゃあな」
「も~~~~~」
赤石はそのまま立ち去った。
「……」
赤石は講堂の中の地図を見ていた。
「何をしてるの、赤石君」
「暗号を解いてる」
赤石は高梨をちら、と見ると、言った。
「なんて書いてあるのよ」
「こなし堂は見とれすす」
「なんで横に読んでるのよ。普通に縦に読みなさいよ」
呆れた、と高梨は肩を落とす。
「ゴミ箱って漢字で護美箱って書くんだな」
赤石は部屋の隅に置かれているゴミ箱を指さした。
「これは当て字よ。お寺とかでよくこう書かれるのよ」
「物知りだな」
「普通よ」
高梨はゴミ箱を見た。
「ちょっとあなた、その横に立ちなさいよ」
「ここか?」
赤石はゴミ箱の横に立った。
「似た物同士ね」
「誰がゴミ箱だ」
赤石は戻る。
「次はどこだったかしら」
「さあ。漫画ミュージアムみたいなところじゃなかったか」
「へえ」
赤石と高梨は、歩き出した。
「今頃花波さんは何をしているのかしら」
「どうだろうなあ」
集合時間まで、あとわずかとなった。赤石たちは、門へと戻っていた。
「あ…………」
「ん……?」
花波と櫻井は、新幹線の中で呆然としていた。
「聡助様……」
「すまん、ちょっと寝てたみたいだ」
櫻井は眠たげな眼をこすった。
「京都駅……過ぎてしまってますわ……」
「えぇ?」
櫻井たちは、はるか西へと向かっていた。




