第213話 花波裕奈はお好きですか? 4
「山内先生」
「ん、なんだ」
山内に連れられ、櫻井と花波は新幹線に乗り込んでいた。
「喉が渇いていませんこと?」
「まあ、乾いていないと言ったら嘘になるかな」
「こちらをどうぞ」
「あ、ああ、くれるのか。ありがとう」
山内は花波から差し入れされた小型のペットボトルを開け、水を飲んだ。
「新幹線の長旅に出発ですわね」
「そうだな、裕奈」
櫻井、花波、山内の三人は新幹線に乗り込んだ。
「山内先生」
「ん~」
山内は眠たげな眼をこすりながら、花波を見た。
「山内先生、私駅弁というものを食べてみたいのですが、次の停車駅で駅弁というものを購入させていただいてもよろしいですか?」
「あ…………ああ、俺も朝飯食べてなかったからなあ……。まあいいんじゃないか、それくらい」
「ありがとうございます」
花波は頭を下げた。
「聡助様、次の停車駅で私、駅弁というものを購入しに行こうかと思っているのですが、私は何分世間のことに対して不勉強ですので、一緒についてきていただいてもよろしいですか?」
「ん、そうなのか? そうだな、俺も裕奈が心配だし、次の駅で駅弁でも買いに行くか」
「ありがとうございます、聡助様」
そして新幹線は停車した。
「山内先……」
花波は山内を見た。
山内はいびきをかいて、眠っていた。
「山内先生は今眠ってらっしゃるので、私たちだけで行きませんか、聡助様?」
「そうだな、起こすのも悪いしな」
花波と櫻井は外に出た。
「聡助様、私駅弁というものを食べたことがなかったので、とてもわくわくしています!」
「あはははは、裕奈は食いしん坊だな」
「もう! もう私は食いしん坊ではありません! 聡助様は意地悪です!」
花波はぷい、と視線を逸らした。
「あははは、ごめんごめん。じゃあ一応山内先生の分も適当に買っとくか」
「そうですわね」
櫻井と花波はキヨスクに来た。
「え~っと……」
花波はキヨスクの中を眺めていた。
「これがキヨスクっていうんだよ。裕奈はこんな所に来るの初めてか?」
「はい、こんな所に来たのは初めてです!」
花波は財布を両手で持ち、わくわくと駅弁を探していた。
「それにしても聡助様、この施設をキヨスクというのですか?」
「ああ、そうだな」
「どうして駅弁以外にもお菓子や雑誌が売ってあるのですか?」
キヨスクには駅弁のほか、雑誌やお菓子、キーホルダーや飲料水など、様々なものが売られていた。
「駅で売られてるのってのはこんなもんなんだよ。駅弁を選ぶ時が楽しいんだよなぁ」
「ふふ、そうですわね」
花波は口元を押さえながら、櫻井を見た。
「駅弁にも特色が出ててな、その地域特産のもので作られた弁当とかもあるんだよな~」
「そうなんですね。聡助様は物知りですね」
「別にこれぐらい大したことじゃねぇよ」
櫻井と花波は駅弁を選ぶ。
「じゃあ俺これを頼もうかな。裕奈はどうすんだ?」
「迷いますわね」
花波はじっと駅弁を見つめる。
「では、私はこれにいたしますわ」
花波もまた、駅弁を決めた。
「では聡助様、これはどのようにして買えばよろしいのですか?」
「ああ、すいませーん」
櫻井は店員を呼んだ。
「はいはい」
「これとこれ欲しいんですけど、いくらですか?」
「千四百円ですね」
「ここで金を出すんだよ」
櫻井は財布から金を出し、店員に渡した。
「ありがとうございます」
「まあ、そうやるのですね」
そして櫻井は櫻井と花波の分の駅弁を受け取った。
「聡助様、私の分のお金を……」
花波は櫻井に金を渡そうとした。
「いいっていいって、ここは俺に任しとけよ」
「よ、よろしいのですか?」
「大丈夫大丈夫、ちょっとは俺に格好つけさせてくれよ」
櫻井は大笑し、新幹線を目指した。
「あ」
「ん?」
花波が何かを思い出したかのように、立ち止まる。
「山内先生の分を買っていませんでしたわ」
「あ」
櫻井もまた、足を止めた。
「ま、まあもういいだろ。引き返してる時間がないからな」
新幹線の出発まで、あとわずかとなった。
「そ、そんなわけにはいきませんわ。山内先生に怒られてしまいます」
「寝てるから大丈夫だって」
「で、では……」
花波は櫻井に追いついた。
「早くしねぇと新幹線出ちまうぞ」
「急ぎますわ」
花波は長いスカートを揺らしながら、走る。
「あ!」
ドス、と重い音がした。
「ゆ、裕奈!?」
「……」
花波がこけた音だった。
プルルルルルルルルルルル。
新幹線の発車を告げる音がする。
「危ないので、黄色い線まで下がってお待ちください」
駅員の声が、無慈悲に櫻井たちの乗り込みを食い止める。
「裕奈、大丈夫か!?」
「痛い……ですわ」
花波は擦りむいた足を見た。
少量ではあるが、出血していた。
「歩けるか?」
「ゆっくりなら……」
櫻井は花波に肩を貸した。
プシューー。
新幹線の扉が閉まった。
「あ、新幹線が……」
花波は手を伸ばす。
「もう仕方ねぇよ、こうなったら。まあ次の便で行けばいいだろ?」
「す、すみません聡助様……私なんかのせいでこんなことに……」
「何言ってんだよ、裕奈。お前を置いていけるわけないだろ?」
そして櫻井は花波を椅子におろし、傷の手当てをした。
「聡助様は、本当にお優しいですわね」
「そんなことねぇよ。目の前で傷ついてる人がいるのに、放っておけるわけねぇだろ? そんなの人として当たり前だっつの」
櫻井はにか、と花波に笑いかけた。
「聡助様……」
櫻井と花波は、次の便を待った。
「聡助様、次の便が来ましたわ」
「これで京都に行けるな」
「そうですわね」
そう言うと櫻井と花波は次の便の新幹線に乗った。
「あ、何かメッセージが来てるな」
櫻井の下に、メッセージが来ていた。
「山内先生が聡助を置いてきちゃったから京都駅で待ってるらしいねえ」
霧島からだった。
「誰からですの?」
「尚斗からだ。山内先生は京都駅で待ってるらしい」
「早く急がないといけませんわね」
「まあ新幹線だから急ぐことも出来ねぇけどな」
櫻井は笑った。
そして櫻井と花波は隣の席で、くつろいだ。
「あ、聡助様、そういえばお水を私持っているのですが、お飲みになられますか?」
「ん、あ、あぁ、くれんのか?」
「駅弁まで買っていただいたのに、これくらい当然ですわ。聡助様、どうぞ」
「サンキュ」
櫻井と花波は新幹線の中で、駅弁を広げた。
「美味しいな」
「本当に、私こんな経験が出来て非常に嬉しいですわ」
花波は駅弁を頬張りながら、笑った。
「この後のデザートも用意しているのですが、聡助様、お食べになられますか?」
「裕奈は用意が良いなぁ。あぁ、もらうよ」
櫻井と花波は二人、新幹線で京都へと向かっていた。




