第208話 修学旅行の前準備はお好きですか?
修学旅行を明日に控え、赤石は例によって岡田と動画編集を行っていた。
「息災……かな?」
岡田と赤石が編集を行っている最中、瀕死の声で未市が入ってくる。
「どうしたんですか、会長」
未市の異変に気付いた岡田は真っ先に声をかける。
「いや、なに。なんでもないよ」
「そうですか」
岡田はまた画面に向き直った。
「なんでもないことはないでしょう。何してたんですか?」
赤石が再び問う。
「最近生徒会の仕事が忙しくてね。例年、卒業式に流す動画は先生方が撮影した写真のみだったからね。動画編集にするともちろん時間がかかる。普段の生徒会の仕事に加えて動画編集まで増えてるんだから、大変だよ」
未市は頭を押さえた。
「ということは、岡田さんも?」
「僕も正直大変だね。ただ、会長は勉学、運動、生徒会長とそれだけでも日々忙しくされてるからね。そういう一面もあるんじゃないかな」
「大変ですね」
赤石は他人事に言う。赤石が動画編集に携わっている時間も、そこまで多くなかった。
「そういえば赤石君、君は明日から修学旅行だろう?」
「ああ、はい、そうですけど」
「そうかいそうかい……」
ふふふ、と未市は笑った。
「一生に一度の修学旅行、楽しんでくるんだよ」
「そうします」
「今日はもう帰りたまえ。明日の準備もあるだろう?」
「じゃあ遠慮なく」
赤石は帰路に就いた。
明日から、修学旅行。
「じいや、じいや」
花波は執事を呼んだ。
「なんでしょう、お嬢様」
「私は明日から修学旅行に行ってまいりますわ」
「行ってらっしゃいませ」
「そこで、修学旅行の準備が出来ているかどうか調べてもらってもよろしくてよ」
「かしこまりました、お嬢様」
「服の類は抜いてありますわ。足りないものがあったら教えて頂戴ね」
「承知しました」
執事は花波がメモ用紙を取り出し、花波のカバンの中身をメモしていく。
「ふふふ……聡助様、修学旅行、楽しみですわ……」
花波は櫻井獲得のための動きに、乗り出した。
「おにぃ!」
「なんだよ菜摘」
「おにぃ明日から修学旅行行く?」
「そうだよ。家は任せたぞ、菜摘」
櫻井は菜摘の頭をなでる。
「やだやだやだやだやだ! 私もおにぃと一緒に修学旅行行く!」
「無理言うなよ菜摘」
「やだやだ! 絶対行く! おにぃが知らないうちに修学旅行ついていくから!」
「はいはい、食ったもの片付けろよ、菜摘」
「むぅ~~~~~!」
菜摘は頬を膨らませ、食器を片付けた。
「私、おにぃがいなかったら死んじゃう!」
「死なないでくれよ」
「料理とかどうするの!」
「良い機会だから、これを機に菜摘も自分で料理できるようになっとけ、な?」
「やーーーだーーー」
「じゃあ俺は明日の用意してくるから、菜摘もしっかり勉強するんだぞ」
そう言うと櫻井は自室に戻った。
「おにぃの馬鹿……!」
菜摘はベッドに豪快にダイブし、布団にくるまった。
「お母さ~ん」
水城は部屋から出ると、リビングへとやって来ていた。
母、紅藍は水城のため、水城の準備したカバンの中身を見ていた。
「ちょっとお母さん! 勝手に見ないでよ!」
「志緒が心配だったからちょっと……」
紅藍はあはは、と不器用に笑う。
「も~、私も高校生だよ? いつまで子供だと思ってんの~」
「ごめんごめん、でもそんなに怒ることでもないでしょ?」
「お母さんは娘の想いを全然くみ取ってません!」
水城はぷい、と視線を外す。
「志緒、お金は持った?」
「持った~」
「スマホは持った?」
「持ってる~」
「家の番号分かる?」
「もう~分かるよ~」
紅藍はふふふ、と笑った。
「じゃあ明日は朝早いからもう寝るね、お母さん」
「あ、ちょっと待ちなさい」
紅藍は水城を引き留めた。
「志緒、くれぐれも、変な男の子には引っかかっちゃ駄目よ?」
「もう~引っかからないって~。お母さんみたいにいい男捕まえるんだから~」
水城は最近の両親の不仲を気にしてか、和ませるようにそう言う。
「……」
だが紅藍はふふ、と苦笑するだけだった。
「志緒、決して変な男になびいちゃ駄目よ。自分のことを考えてくれない、自分勝手でわがままな男の子と交際するようなことになっちゃ駄目よ」
「ならないよ~」
「そうね……聡助君! 聡助君ならいいわ!」
「ちょ、ちょっと! なんでそこで櫻井君が出てくるの!?」
あ~暑い、と水城は両手で顔をパタパタとあおぎながら言う。
「私は志緒がいつでも幸せに遅れるようになって欲しいの。志緒は誰よりも美人で、誰よりも気遣いが出来て、誰よりも優しくて、誰よりも聡明よ。あなたが幸せになることを、私は祈ってるの」
「もう……お母さん……」
水城は頬をかく。
「修学旅行、行ってらっしゃい!」
「は~い。お母さんも早く寝てね」
「分かってるわよ」
水城は階段を上り、自室に入った。
「……」
紅藍は一息つき、椅子に座った。
「決して……あんな人なんかと付き合っちゃ駄目よ、志緒……」
紅藍はテーブルを見た。
まだ帰宅していない茂の夕食は、ない。
「はいはいはいはいはい」
「はいはいはい」
赤石は自室で須田と三千路と共にいた。
「はい、じゃあ荷物確認ね~」
「了解!」
三千路の言葉に須田が答える。
「じゃあまずは、歯ブラシ」
「ホテルにあるからなくても大丈夫だろ」
「あるにこしたことはありません!」
須田と赤石は三千路に読み上げられたものを一つずつバッグに入れていく。
「はい、じゃあ私の写真」
「いらねぇよ」
はい、と三千路から渡された写真を赤石は戻す。
「まあ今の時代スマホがあるし、スマホで見れるもんね」
「なんで旅先でお前の顔思い出さなきゃいけないんだよ」
「心が安らぐからさ!」
「ぞわぞわするだけだ」
赤石は次、と持ち物を読み上げさせた。
「じゃあ二人とも、元気でね……」
荷物の確認の終わった三千路は、ハンカチを片手にそう言った。
うっ、うっ、と涙を拭きながら言う。
「俺たちはアメリカに留学するけど、すうも元気にしてろよ」
須田が言う。
「うん…………ピーナッツバター、お土産に頂戴ね……」
「おうともよ!」
「マーガリンもだよ」
「おっけ」
「あと、コーラとハンバーガーも……」
「体に悪そうなものばっかりだな」
赤石は途中で会話に入ってくる。
「じゃあ二人とも、修学旅行楽しんでね」
「おっけ」
赤石たちはその場で解散した。
それぞれがそれぞれの想いを乗せたまま、修学旅行が始まる。
赤石はこの修学旅行で巻き起こる何かに、妙な胸騒ぎを覚えた気がした。




