第207話 退屈な一日はお好きですか?
「順調かね、二人とも」
「ああ、順調ですよ会長」
岡田と赤石が編集作業に没頭している最中、生徒会長でもある未市が入ってきた。
「こんな場末の個室に野暮用ですね」
赤石は未市に声を投げかける。
「ははは、私はこの学校の隅から隅まで関知しているからね。こんな汚い個室があることも既にリサーチ済みなんだよ」
「汚いなら変えてくださいよ」
赤石と岡田はパソコン室に併設されている、普段事務作業に使われる一室にいた。
「それにしても岡田、編集作業はお前一人でも大丈夫なのかね?」
「大丈夫ですよ会長、それにもともと編集は一人でしか出来ないですし」
未市、その他生徒会メンバーがピックアップした動画、そして赤石たちが独断的に選んだ写真や動画をつなぎ合わせ、一本の動画が出来上がる算段だった。
「あと赤石君、私が君に渡した参考書はどうだったかね?」
「よく書かれていましたね」
「はははは、先生みたいな言い方をするんだな、君は」
それなら良いことだ、と未市は誇らしげに胸を張った。
「君たちには苦労をかけるね。動画の出来はどうだい?」
「まあまあですね」
岡田は現段階で仕上がっている動画の出来を未市に見せる。
「ふむふむ。でもこれを見る限り、今回は赤石君が作っていた映画とは違う、さわやかなテイストなんだね」
「そりゃあ卒業式であんなの流したら大惨事でしょう」
赤石は乾いた笑いを投げかける。
「俺らのクラスでロミオとジュリエットやったと思うんですけど、あれの脚本は俺でしたよ」
「あれも君だったのかい!? 意外だなあ」
未市は顎をさする。
「私は劇の裏側で指揮していたけどね。君たちのクラスはすごいハプニングがあったよ」
「え?」
櫻井と水城が主人公のロミオとジュリエット、赤石は演劇自体を見はしたが、劇が始まるまでのことには関与していない。
「ロミオ役の男の子がジュリエット役の女の子の胸に飛びつく事故があったり、その男の子をめぐって色んな可愛い女の子がわちゃわちゃしてたよ」
「そんなことが……」
赤石の知らないところでも、櫻井はラブコメの主人公然としている。
そしてそれは、櫻井が夏休み塾に通っていた場面でも、行われている。
「君も主人公をやればよかったんだよ」
「俺は主人公なんて向いてないですよ」
モブなんで、と赤石は笑った。
日は変わり、昼休み。
「…………」
須田が部活の顧問に呼び出され暇になった赤石は、手すりと椅子しかない、人気の少ない開放廊下で、のんびりと空を見ていた。
「あ、っかいしくん」
「……?」
物を避けるかのようにして、暮石がスキップをしながら、赤石の下にやって来た。
「ここ座ってもいい?」
「席料三万円で」
「何そのぼったくりバーみたいなシステム」
ぴょん、と飛び、暮石は赤石の隣に座った。
「赤石殿下!」
そして暮石は赤石にそう叫んだ。
突如として大声を出され、赤石は静かに肩をびくつかせる。
「赤石殿下、赤石殿下がご指示なされていたものを持ってまいりました!」
そして仰々しく、暮石は頭を下げ、両手で紙を赤石に渡した。
赤石は少々引き気味でその紙を受け取る。
「…………くだらん」
「す、すみません!」
修学旅行で暮石の班と回る、大体のタイムスケジュールが書いてあった。
「キュリーク総統に裁可を仰げ」
「はは~」
暮石は仰々しく頭を下げる。
「何やってんの」
「お前だよ」
暮石はひひ、と笑いながら顔をあげた。
「何してるの、こんなところで」
そして改めて、暮石が赤石に質問を投げかける。
「喫煙者の肩身が狭くなってるからな。ここくらいしか煙草を吸える場所がないんだよ」
「校内禁煙だよ」
「はあ……」
暮石は両手を灰皿のように差し出す。
暮石の意図に気付いた赤石はくわえていたタバコの火を、暮石の手で消すような仕草をする。
「赤石殿下の灰皿になれて私は光栄であります!」
「元気だな、お前は」
「元気が取り柄で今までやってまいりました!」
「政治家か」
赤石は手すりにもたれる。
「どうしたの赤石君は、逆に。元気ないね」
「俺はいつでも元気がないよ。このくだらない人生の暇つぶしを考えてるところだよ」
「人生は楽しいよ! ガッツだよ!」
ガッツだよ! と暮石は裏声で言い、拳を振り上げる。
「なんでお前はそんなにテンション高いんだ、今日は」
「そりゃあ修学旅行が目前に迫っているからに決まってるじゃないですかぁ~」
暮石は言う。
修学旅行まで、残すところ一週間を切った。
「準備は出来てるのか?」
「ばっちり!」
「そうか……」
赤石は空をまた仰いだ。
「何見てるの?」
暮石が赤石に顔を近づけ、赤石の視線と同じ方向を見る。
雲が、あった。
「あの雲、なんだか赤石君っぽいね」
「どういうディスりだよ」
「ディスりじゃないよ! 多分……」
暮石は赤石と雲を見た。
「白波ソフトクリーム見える」
「うわああああぁぁぁぁっ!」
突如として隣から声を聴いた暮石は、飛び上がる。
「三葉驚きすぎ」
「び、ビックリするよ! 突然! 驚くよ誰でも!」
「赤石驚いてない」
赤石は上麦に一瞥を送る。
「まあ見えてたからな」
「じゃあ言ってよ! 私全然気づかなかったじゃん!」
「別に言うようなことでもないだろ」
ビックリしたなぁ、と暮石は深呼吸する。
「三葉驚きすぎ! 白波見えないほどちっちゃくない!」
「あ、あははは、ごめんごめん」
上麦はびし、と暮石に指をさした。
「三葉、ジュース買い行きたい白波」
「あ、そうなの? 赤石君も行く?」
「俺はもうちょっとここで時間潰しとくよ」
「うん、分かった。じゃあ先行っとくね」
「赤石! あれはソフトクリーム! 作り方レシピ教える!」
暮石は喚く上麦の背中を押し、戻った。
赤石はまた、空を見始めた。
「……」
ちよちよちよ、と鳥の声が聞こえる。
木々のせせらぎが聞こえる。
曇り空から覗く僅かな日光は、天界から降り注ぐ癒しの光の様でもあり、群雲の隙間から日の光が断片的に注いでいる様相を見るのは、とても幻想的で、赤石自身好きだった。
「赤石」
「ああ」
八谷が、いた。
赤石は一階上から赤石のことを見ている八谷の存在に、気づいていた。
「久しぶり」
「毎日会ってるだろ」
「喋らないと会ってるって言えないわよ」
「そうか」
赤石は手すりにもたれたまま答える。
「あんたと喋るために順番待ちしてたのよ」
「俺はブランコか何かか?」
「だって暮石さんが喋ってたじゃない」
八谷はくるくると髪をいじりながら言う。
「別に暮石がいても来ればいいだろ」
「暮石さんのこと私あまり知らないのよ」
「そうか」
赤石は体を起こした。
「ここ座ってもいい?」
「ダメだ」
「暮石さん座ってたじゃない」
「勝手に座ったんだよ」
「じゃあ私も勝手に座るわ」
八谷は赤石の隣に腰を下ろした。
「でも可愛いわよね、上麦さん」
「食の奴隷だな。飯のことしか口に出ない」
「なんて言い方するのよ。私の作った料理も豚の餌とか言ってたわよね」
「そんな失礼なこという奴がいるのか。許せねぇな」
「あんたよ」
くふふ、と八谷は笑う。
「修学旅行ね、もうすぐ」
「そうだな。お前は櫻井班か」
「うん……そう」
八谷は目を細める。
「楽しみか?」
「一生に一回しかないものね。楽しみよ」
「良い旅行になると良いな」
「そうね」
八谷はん、と伸びをする。
「赤石、じゃんけん」
「ロックシザースペーパー」
「なんで英語圏なのよ」
グーを出してきた八谷に赤石はグーを出し、掛け声をする。
「最初はグー」
「最初はグーってテレビ番組が発祥らしいな」
「え、そうなの!? もっと古来からあるものじゃなくて!?」
「らしいな。じゃーんけーん」
「え、え、え」
赤石は豆知識を教えながら、じゃんけんをした。
八谷はグー、赤石はパーを出した。
「何か考え事をしているときにじゃんけんをするとグーかパーが多くなるんだってな。なあ、八谷」
「せこいわね、あんた」
八谷は赤石を睨む。
「お前の脳機能は所詮その程度だってことだ」
「なんでそういうことになるのよ」
八谷はグーのまま赤石の肩を殴る。
「痛いな……」
「じゃーんけーん」
八谷は片手で赤石を殴り、片手でじゃんけんをした。
赤石はチョキ、八谷はパー。
「お前は馬鹿なのか?」
「そんな……」
あまりにも単純すぎる八谷の戦法に、赤石は呆れかえる。
「しかも人に危害まで加えて。お前が軍師なら一発で罷免だな」
「罷免って何よ!」
「いっぱい給料をもらえるってことだ」
「じゃあいいじゃない!」
八谷はやったわ! と胸を張った。
馬鹿め、と赤石は半眼で八谷を見る。
「……」
「……」
赤石と八谷はのんびり、何をするでもなく、前を向いていた。
「赤石、良い奥さんになれるって言われたわ」
八谷は唐突に切り出した。
「俺がか?」
「私がよ」
「どこがだよ」
「全部よ」
「詭弁だね」
「ふふ」
八谷は笑った。
「楽しいわね」
「楽しいことなんて何もない」
「つまらないわね」
「そんなことはない。人生は生きているだけで楽しいことだらけだ」
「否定しかしないじゃない!」
八谷はもう、とむくれた顔をする。
赤石と八谷は共に、空を見た。
昼休みが終わる直前まで、のんびりと空を見ていた。




