第205話 黒野佐々良はお好きですか? 2
「誰か知らないけど興味ないから……もう帰っていい?」
黒野は濁った瞳で花波を見る。
「っていうか私なんかに固執して……」
ふふ、と黒野はせせら笑った。
「教室のカースト上位様もカースト下位の女に嫉妬心とか抱くんだ」
ふふふ、と影で黒野は笑う。
「嫉妬心を抱いているわけではありませんこと。あなたの私への評価が、許せない。それだけです」
「ビッチで合ってるじゃん。じゃあ女の友達とかいるの?」
「…………」
花波は黙った。
そういう面で言えば櫻井と花波は似ていなくもないな、と赤石は思った。
「転校して日が経っていないのに友達が出来るわけでもありませんから」
「赤石なにがしとかにちょっかいかけてるじゃん。性欲女」
「友達ではありませんから」
「……」
黒野は赤石を憐憫の目で見る。
そんな目で見るな、と赤石は眉をひそめた。
「まあそうじゃなくても女の友達がいないなら櫻井なにがしとかにしがみつく哀れなあばずれメンヘラビッチってことかな」
黒野はそう言うと、じゃあ、と教室を出ようとした。
「待ちなさい!」
「ひっ!」
花波は黒野の腕をつかんだ。
とっさに、黒野は腕を振り払い、汚い物を触ったかのように、ごしごしと腕をこすり始めた。
「なんですのその扱い……!」
「気持ち悪い……」
ごしごしと、黒野は腕をこする。
赤石は窓辺に近い、黒野達から最も遠い場所で傍観していた。
「私は別に怒りたいわけではありませんの。きちんとした、建設的な話がしたいだけですの」
「……ビッチが建設的な話してるところみたことないけど。イケメンと性的な話しか聞いたことない」
「そもそも黒野さん、あなたも友達いませんよね?」
「……別に……」
攻守は後退し、花波が黒野を責めだす。
花波は黒野の腕を無理矢理引っ張り、教室の真ん中へと引っ張り出した。
「あなた、赤石さんと同じグループですよね?」
「へぇ……私みたいなのでも知ってるんだ……。やっぱりビッチは狙ってる男の周辺のことに詳しいんだ」
「ちっ……」
吐き捨てるように、花波が舌打ちをする。
「あなた、いつも教室の端の方で一人でぶつぶつと呟いて気持ちが悪い。ビッチだなんて、あなたが現状に満足していなくて、自分の現状をただ直視したくないから私のことをうらやんでいるだけではありませんくて? 現に私は、あなたより人気がありますわよ」
教室の端にいる赤石は、少し椅子を中心側に動かした。
「教室の端の方で細々としてる人間にうらやましがられてる、と思わなきゃ自分が保てないからそういうこと言うんじゃ? 興味なかったらそもそも私の言葉も届いてないと思うけど。やっぱり教室の隅の方でぶつぶつ呟いてる人間に正論言われるのは悔しいんだ。自分より劣ってると思ってる人間に自分の醜い本性を暴かれるのが嫌なんだ」
あはは、傑作、と黒野は笑う。
「なんであなたはそんな言い方しか出来ませんの?」
「話してほしくないなら話しかけないでいいんじゃ? 自分から私にかまっていちいちキレてるのって、はたからみて滑稽だよね」
「あなたが先に私のことをビッチ呼ばわりしたんでしょう!」
「別に、独り言」
「聞こえてるんですよ!」
「私もお前らみたいなビッチが私のこと、何考えてるか分からない、まともにコミュニケーションも取れないキモい女って言ってるの聞こえてるから」
「っ……私は言っていません!」
花波は下唇を噛む。
確かに黒野は教室で、そう言われていた。
「それに赤石さんの前でもあなたそんなに喋れてなかったじゃないですの? ぼそぼそと、聞き取り辛い、何言ってるかもわからない、かまととぶって、あなたこそ男を意識しているんじゃありませんくて?」
「別に……」
黒野は一歩引きさがった。
「自分が殿方を意識しているから、私に対してそんな風に口がきけるんじゃありませんか? 元々私たちみたいな女を見下してるのは、自分が殿方から振り向いてもらえないからじゃありませんか? そのはずですわよ、赤石さん?」
「その通り」
赤石はとりあえず相槌を打つ。
「別に……男と話すのが苦手だからぼそぼそ……なるだけだし……かまととぶって……ないし……」
黒野はとたんにぶつ切りの話し方になる。
そしてちら、と赤石を見た。
「ねえ、赤石……」
「全く持ってその通り」
赤石は中立の立場を取った。
「私が女だから、この場に人が少ないから、いい気になって私に暴言を吐いたんじゃあリませんくて? 人前でそんなことが出来ますの? 聡助様の前でそんなことが出来ますの? 出来ませんよね。あなたは自分より弱いと思った女の子にだけ、自分が殿方に見向きもされないその醜い嫉妬心をぶつけているだけではありませんの? 違いますか? 違うことはないですよね。あなたはその弱い心をただ私に無理矢理ぶつけたかっただけですの。あなたはどうせ殿方に見向きされるような容姿でも……」
はっ、と花波は失言をしたかのように、自分の口を押えた。
だが、黒野の心に傷はついていなかった。
「うるさいな……ビッチ……。本当……こうやって自分の正義を振りかざすからビッチは嫌いなんだ……。自分が男からモテてることをあたかも自分のステータスかのようにふるまって。自分には何の能力もないくせに、淫らな服で男を誘惑して、自分の落とした男が自分のステータスかのようにふるまう。本当に、気持ちが悪い。お前ら自身に何の価値もないのに。お前らみたいなのに私が劣ってるわけがない」
黒野は花波を睨む。
「私は聡助様一筋ですの! 誰でも良いわけではありません!」
花波が声を荒らげた。
「私には誰もいない。赤石なにがしも、櫻井なにがしも、何もいない。男に自分の価値を求めて、自分の価値が自分の落としてきた男だと思ってるようなあんたには私の気持ちは分からなくて当然かな。自分で努力することを放棄して、男に媚び売って気に入られるようなことだけしてきたあんたには、まあ分からなくて当然。だって私とあんたは違う生き物だもん。勿論、能力も全然ね」
「……このっ!」
花波が黒野の右頬を平手打ちした。教室にパン、と音が響く。
「…………」
黒野は瞳に涙を溜めた。
「死ねビッチ!」
そう言うと黒野は花波の頬を叩き返した。
「……」
怪獣大戦争みたいだ……、と赤石は眺めていた。
そろそろ介入しないと自分に何らかの不利益が振りかかりそうだ、と思った赤石は席を立ちあがった。
「おい、そろそろ――」
「何やってんだ!」
ガラガラと扉が開かれ、教室に、櫻井が入ってきた。
「聡助様……」
「……」
主人公様が、いらっしゃった。
赤石は櫻井を見た。




