第201話 二学期はお好きですか? 5
「じゃあ自己紹介が終わったら、しおりを参考にして適当に一日のスケジュール立ててくれ~」
神奈はそう言い、教室を後にした。
修学旅行先は京都だった。
「ねえ、何する京都で?」
「やっぱ大仏は外せないっしょ!」
「馬鹿、大仏は奈良だって!」
「やっぱ法隆寺とか五重塔とか有名なところ行きたいよね~」
「法隆寺も奈良だよ!」
「櫻井うらやましい……」
「諦めろ、俺たちは男だけでむなしい旅を送るぞ……」
「俺もあっちに……」
あちらこちらで、様々な会話がされる。
「ところで黒野さん、あなたはどこか行きたいところはあるのかしら?」
高梨が言った。
「特にない……。どこでもいい……なんでもいい……」
黒野は前髪をねじりながら言う。
「あらそう、じゃああなたたち、何か意見を出すといいわ。ちゃんと考えなさい」
「別にあっち行ったときに適当に決めたらええやろ、適当に」
「そんなことをしていると、どこにも行けないわよ」
高梨と三矢は口論する。
「まあまあ、落ち着くでござるよ二人とも」
「僕は女の子がいっぱいいるところがいいなあ」
「あなたに発言権はないわ」
「厳しいなあ~」
山本、霧島たちも会話に加わり、熱が入る。
赤石もまた、特に行きたいところはなかったため、高梨たちが行きたいところを決定するのを眺めていた。
「赤石君、赤石君」
「……?」
赤石が隣を見てみると、暮石が椅子をずって、赤石の下にやって来ていた。
「どうした」
「赤石君たち、どこに行くか決めた?」
「さあ。今話し合い中だ」
「そうなんだ~」
暮石はぽかんと口を開け、のんきな顔で高梨たちを見る。
「赤石君、修学旅行、私たちと一緒にどこか行かない?」
「はあ」
赤石は適当な相槌を打つ。
「こっちが差し出せるのは金と酒だけだぞ。そっちは何を出せる?」
「なんで交渉みたいになってるの! 違うよ、普通に一緒に行こう、って話」
「まあ高梨たちがいいならいいんじゃないか」
「ん~~~」
暮石は腕を組む。
「ちょっと今私たちのところもどこに行くか決めかねてて」
「まあ一日目はバスで団体行動だし、そこまで自由時間があるわけでもないからな」
「何々、何の話してるのさ、君たち」
霧島が椅子をずって、やって来た。
「あ、霧島君おはよう」
「おはようとはご挨拶だなあ。何の話してたんだい?」
赤石たちは車座になった。
「三葉、私も混ざる」
「あぁ、白波ちゃんじゃあないか」
「うるさい霧島そこ邪魔どいて」
霧島と暮石の間に、上麦が入ってきた。
「いや、赤石君たちの班と修学旅行で合流できないかな~、って話してて」
「いいじゃないか! ねえ、悠人君」
「あいつらがいいならなんでもいい」
赤石は高梨たちを瞥見した。
「相変わらずだねえ。三葉ちゃん、そっちの班は誰がいるんだい?」
「えっと、あそこの班だよ」
暮石の指さした先には、女子生徒が六人いた。
「いいじゃないいいじゃない、こっちも女子が二人しかいないからもっと女の子欲しかったんだよ!」
「相変わらずだねえ、霧島君は」
暮石はあはは、と笑う。
「霧島気持ち悪い」
「気持ち悪いとは褒め言葉さ」
霧島は柳に風、と受け流す。
「じゃあ赤石君、あとで高梨さんに聞いとくね。一応合流したときの予定も考えといて」
「ああ、一応聞いておく」
「じゃあ私戻るね」
暮石は班に戻った。
「いやあ、楽しい修学旅行になりそうだねえ」
「……だといいな」
赤石はそう言い、話し合いに混ざった。
修学旅行、文化祭、夏休み、卒業、これらの類のイベントは学生に大きな刺激を与え、それと同時に男女の交際数も上がる。
来年に受験を控えた赤石たちにとって修学旅行が、男女交際の最後にして最大のイベントのように思えた。
「……」
赤石は高梨たちの話し合いを、聞いていた。
「……」
放課後、修学旅行の話し合いが終わった赤石たちは解散し、赤石は教室で勉強していた。
「おーーーい、パス! パス!」
「後輩コート整備しとけよ~」
「うぃーっす」
運動場で交わされる部活動の声に耳を傾けながら、赤石は勉強していた。
教室から見える運動場は自分の想像していたよりもずっと小さく、運動場の中を数多の学生が走り回っている状況は今しか見られないのかもしれないな、と益体のない考え事をしていた。
「……」
「サッカー部の皆さんは素敵ですわね」
「……っ!」
気付けば、前の席に花波が座っていた。
「いつからここに、と言いたげな顔ですわね」
「いや、さっきだろ」
「そうですわよ。外にばかり注目していたら大切なものを見逃しますわよ」
「いや、別にそんなことないと思う」
花波は椅子に逆向きに座り、赤石と対面する。
「赤石さん、聡助様のことで、聡助様の周りの女の子のことたちについて何か知っていることはありますか?」
「何も知らん。門外漢だ」
赤石は突き放すように言った。
「つれませんこと。私、最近転校してきたんですよ? 聡助様のことについて教えていただいてもよくありませんか?」
「他人の情報を知ってそうに見えるか? 霧島に聞いた方が絶対良い。霧島は櫻井の無類の親友らしい。少なくとも櫻井に関しても、櫻井の周りのやつに関しても、霧島に聞くのが一番だ」
「もう聞いていますわ」
「そうか」
手が早い、と思う。
「でも霧島さん、私に嘘をついているように感じますの」
「それは俺も感じるよ。あいつは愉快犯だからな」
「ふふふ……」
花波は口元に手を当て、笑う。
「そういえば櫻井は放送部だぞ。今頃この学校のどこかで発声練習とかしてるかもしれないな」
「あら、そうでしたの。じゃあ行ってみましょうかしら」
花波はくすくすと笑う。
「何がそんなに面白いんだよ」
「いえ、別に」
意味ありげに、言う。
「見てくださいません? あのサッカー部の男の子」
「はあ」
赤石は花波の視線の先に目をやった。
「サッカーもしないで、さっきからマネージャーの女の子ばっかり見ていますわね」
「まあマネージャーしか異性がいないからだろ」
「汚らわしいと思いません」
「まあ人それぞれだな」
花波は眉を顰め、悪鬼羅刹のような顔で男たちを見る。
「本当に、汚らわしい。死ねばいいのに……」
ぼそ、と、そう聞こえたような気がした。
「え?」
「いえ。男性というのは、得てして女性の価値を顔で判断しているのでしょう?」
「まあそういう傾向はあるのかもしれないな」
「あのマネージャーの方も、随分と整った可愛い顔立ちをしていらしてね」
赤石はマネージャーと言われた女子生徒を見るが、分からない。
「この距離でよく見えるな」
「顔立ちが整っている女性は遠くからでも分かりますわ」
花波は運動場を舐め回すように見る。
「お前も整った顔してるんだから人のこと言えないだろ」
「口説きで?」
低い声音で、獣を狩るような声音で、花波は赤石を睨んだ。
「怖いな。そんなことで口説かれる奴どうなんだ」
「あなた、モテます?」
「モテるような性格に見えるか?」
「確かに、見えませんわね」
「そうだよ。俺に寄ってくる奴の大半は、俺の性格を見て去っていくんだよ」
「あら、そうですの」
花波はごめんなさい、と目を丸くして言った。
「私は、女性を顔でしか判断できない、女の価値を顔でしか決められない、血に飢えた獣のような男が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで、仕方ないんですの」
こういうところは高梨にも似ているな、と思った。だがその底流は異なっているような気がした。
「それを俺に言ってどうするつもりだ?」
「どうでもいい相手だから言ってるんですの。聡助様には言いませんわ」
ふふ、と花波は目を弓なりにする。
「ああ、そうか」
「でも」
花波は続ける。
「そうやって女の子を顔でしか判断できない、顔にしか価値を持っていないような男性が気に食わないのに、どうして私はそんな男性にこびるような振る舞いをしてしまうんでしょうか? どうして私は自分自身の美を高めるようなことをしようとしてしまうんでしょうか? 私は本当に、自分で自分を美しく見せる工夫をしている時、吐き気がします。私は、私が嫌いなのかもしれません」
「まあ美しくなることは悪いことではないんじゃないか」
慰めとも無関心ともつかない言葉が出てくる。
「あなたは、女性を顔で判断しないんですか?」
「いや、普通にしてるだろうな。少なくとも好悪はあるだろ、人それぞれ」
「綺麗事ですわね」
「だろうな」
そこまでお前に言う義理はない、と赤石は目で諭す。
「いいですわ」
ころん、とあっけらかんとしたように、花波は立った。
「今日はこのあたりで去りますわ。私は聡助様の発声練習を見てきますわ」
「そうか。好きにしてくれ」
「では」
花波は教室を出た。
「なんだったんだあいつは……」
赤石は未だ、花波の性格を測りきれずにいた。




