第200話 二学期はお好きですか? 4
「好きな女ってなんだ。昨日今日やってきたばかりでそんなこと分かるわけないだろ」
「ふふ……」
花波は笑う。
「聡助様の周りにいる女の子はこの学校でもトップレベルの美貌を持つ女の子ばかりですわよね?」
「そうだな」
「校内でもトップ五とも言われているらしいですわね」
初めて聞いた、と赤石はぽかんとする。
「とりわけ水城さんのファン会員が多いと聞き及びましたわ」
花波は赤石自身聞いたこともない情報をどんどんと喋る。
入学してほんの数時間でここまでの情報を集めたのは、ひとえに転校生である利点を活かしたからか。花波に集まる生徒からごく自然に情報を集めたと考えるのが筋だった。
赤石が花波の声を背中越しに聞いている最中、教師が教室に入り、授業が始まった。
「水城さん、ご人気ですこと」
花波は構わず、前の席の赤石に話しかける。赤石にしか聞こえないほどのごくわずかな声量で、あたかも授業に集中しているかの風体で喋る。
ファンクラブの会員の多寡こそ聞いたことがなかったが、櫻井の取り巻きの中で最も誰にでも良い顔をする、水城にファンが沢山ついていることも頷けた。
「あなたもファン会員なんでしょう?」
「……」
赤石は答えない。
「男の人っていうのは、みんな顔が可愛い女の子が好きなんでしょう? どうせあなたも同じでしょう? 私には分かってよ。汚らわしいあなたたちの考えていることなんて、お見通しですわ」
「……」
授業中であるため、赤石は花波の言葉を聞くことにのみ専念する。
「でも私は軽蔑だけですましてあげますわ。そして、私があなたの恋路をサポートしてあげますわ。答えなくてもよろしいですわよ。私は何の見返りも求めません」
「……」
花波はほんの少し前傾し、赤石の耳元にそう囁いた。
「おーしお前ら、教科書五十六ページ開け~」
板書を終えた教師が生徒に向き直った。
「花波ちゃん、私の教科書見る?」
「ええ、ありがとうございます!」
そう言うと、花波は隣の女子生徒と机を合わせた。
「また話しかけますわね」
そう、去り際に言い残した。
「おーしお前ら、今日の授業はこれで最後だ~」
一日の最後の授業に入った。
赤石の担任である神奈は、教室に入って来るや否や、黒板に修学旅行のメンバー決め、と書いた。
「お前らも多分知ってると思うが、今日は修学旅行のメンバー決めだ。三十分やるから六人一組で適当にグループを作れ~」
「え……」
「「「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
「水城さんを死守しろ、お前らああああぁぁぁ!」
「班決め、サイコーーーー!!」
「「「皆集まってーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
「「女を集めろーーーーーーーーー!!」」
神奈の言葉を皮切りに、一斉にクラスメイトが沸き立ち、騒ぎ始めた。
「聞いてない……」
赤石は一人、椅子に座ったまま呆然としていた。
そして赤石と同じく呆然としている生徒も、数名いた。
「おう、アカ」
「あ、ああ」
赤石の下に三矢がやって来た。
「どうしたでござるか赤石殿、そんなハトが豆鉄砲食らったみたいな顔をしなさって」
三矢に遅れ、山本もやって来る。
「いや、突然すぎるだろ。よくお前らこんなにすぐ動けるな。環境適応能力すごいな」
「はぁ? 何を言うとんねん、お前。今日この時間に修学旅行のメンバー決めあるって噂なっとったやろ」
「何の噂でだよ」
「何ド天然かましとんねん。先輩とかから聞かんかったんかい?」
「そんな関係性の人間はいない」
「……」
「……そうやったな」
三矢と山本は顔をそらした。
十中八九、赤石を含む、椅子に縛り付けられたかのように動かない生徒は、その筋の情報を手にしなかった、悲しい人間なんだろうな、と思った。
「むせかえるようなにおいね、ここ周辺は。汚らしい」
赤石たちの下に高梨がやって来る。
「じゃああっち行けよ」
「仕方ないからあなたたちとグループを組んであげてもいいわよ。私のような華がいればゴブリンの巣窟のようなこのメンバーも、精霊の泉のようなパワースポットに変化するでしょう?」
「なんで上からなんだよ。というか、ゴブリンの巣窟に精霊が一匹迷い込んだシチュエーションは、想像する限りあまりいいことにはならない気がする」
「ちょっと、別にあなたたちのためじゃないんだからね。勘違いしないでよね」
「またベタなツンデレを……」
人に言わされたかのような棒読みの演技をする高梨に、赤石はため息を吐く。
「やあやあやあ赤石君、僕も混ぜておくれよ」
「霧島」
「子ゴブリンね」
そして霧島がやって来た。
「いやあ、やっぱり赤石君の近くにいるのが一番落ち着くね」
「なんでこっち来てんだよ。櫻井のところ行けよ」
「あははは、つれないこと言わないでおくれよ。聡助の方を見てみなよ」
霧島に促されるように、赤石は櫻井に視線を送った。
「聡助、やっぱり私と一緒に組めたね!」
「そ、聡助……」
「櫻井くぅん……」
「あ、あははは、皆近いよ」
「聡助様、ご一緒いたしますわ」
「おいおい、なんでこんなことになったんだ……」
櫻井は取り巻きに、そして花波を加えた五人の女学生に囲まれていた。
「僕が行ったころにはすでに定員オーバーだったのさ。あははははは。ということで赤石君、僕も混ぜておくれよ」
「信用ならんな、お前は」
「ちょっとちょっとぉ~! ひどいこというじゃないか! 僕のどこが信用ならないっていうんだい!」
「そういうところよ、子ゴブリン」
「さっきから耳にする子ゴブリンって僕のことかい?」
赤石と高梨は霧島をきな臭い目で見る。
「何の因果かは分からないけれど、皆僕のことをそういう目で見すぎなんだよ。ちょっと面白いことをしてちょっと女の子が好きなだけの、純朴な男の子じゃないか!」
「うさんくせぇ~」
「拙者は全然大丈夫でござるよ」
そうこう霧島の相手をしているうちに、クラス内のメンツは固まってきてしまっていた。
「あ……うぅ……ああ……う……」
そして、髪の長い女子生徒一人だけがあぶれ、ただ一人、うろちょろと教室の真ん中を歩いていた。
「あ~~……」
神奈は頭をかき、赤石を見る。
もう霧島を受け入れる以外の選択肢はなくなった。
「余計な事するなよ」
「まさかぁ。僕は面白いこと以外に興味はないよ」
赤石はそう言うと、髪の長い女子生徒に近づいた。
「良かったら組みませんか。変な奴が来たせいで一人いなくて」
「あぁ…………うぅ…………うん……」
女子生徒は渋々ながら、赤石について行った。
神奈もほっと胸を撫で下ろし、赤石にウインクをした。赤石は半眼で返す。
「よーし、お前らグループ出来たな~。じゃあグループで適当な席に座ってくれ~。今から修学旅行のしおり渡すから、とりあえず自己紹介でもしててくれ~」
神奈が手を叩くと、生徒たちはそれぞれグループごとに集まり、自己紹介をし始めた。見知ったメンツで固まっているため、自己紹介もほどほどに、雑談と化していた。
赤石たちも例にもれず、目元を髪で隠した女子生徒を入れ、輪になって座った。
赤石たちもまた、適当に自己紹介をする。
「じゃあ自己紹介をお願いするわね」
高梨が女子生徒にそう言った。
「あぁ~うぅ~……あぁ~……」
女子生徒は前髪をぐりぐりとねじりながら、声を漏らす。
「あぁ~……黒野……佐々良……」
「そう、黒野さんね」
高梨は感情の上下なく、そう言った。
「あっはっはっはっは、アカ、これでブラックが揃ったやないか! 赤、黄、緑、黒、茶、戦隊ものの完成や!」
「ちょっと、私はブラウンは嫌だって言ったはずよ」
高梨が三矢に言う。
「あぁ~……そういうノリ、ウザい……キモいし止めて……自分が面白いと思ってるの……?」
「……」
「……」
「……」
黒野は、そう言った。
「三矢くん、黒野さんに謝りなさい。そして私に」
「お、おう、すまんかったな……ってなんでお前にも謝らなあかんねん!」
三矢は高梨に突っ込みを入れる。
またクセのあるやつが入って来たな、と赤石は頭を抱えた。




