第198話 二学期はお好きですか? 2
放課後。
「とも、迎え来たぞ~」
「キャー、朋美ラブラブじゃん!」
「別にそんなんじゃないし~」
平田は彼氏の車に、乗りこんだ。
そしてその様子を、赤石は窓際で眺めていた。
「何を眺めているんだい?」
隣に霧島がやって来る。
「あぁ、平田さんだね。車を持つ彼氏がいるといいね」
「そうだな」
赤石は特に感慨もなく答える。
「彼は授業はないのかな?」
「大学生だからなかったんじゃないか」
「高校生の彼女を学校まで迎えに来るなんて殊勝なことじゃないか」
「そうだな」
平田の乗った車はあっという間に遠くへと去って行った。
「もう本当、ともうらやましいし」
「私も彼氏に車買ってもらおうかな」
「え~、あの彼氏そんなことしなさそう~」
「は、何私の彼氏馬鹿にしてんの?」
「え……ごめん……」
平田の取り巻きが会話をしながら、赤石の視界から消えた。
「ところで彼女たちは一体何を話してたんだい?」
「彼氏のことを馬鹿にされて怒ってたっぽいな」
「へぇ」
赤石は窓際から離れた。
「平田さんは毎日毎日楽しそうな人生を歩んでるよねぇ」
「俺はあんな人生送りたくないけどな」
「平田さんの良いところは権力があるところだよ。権力があると良い。いろんなことが簡単に出来る」
「そりゃあそうだろう」
「赤石君も権力を持つと良いよ」
「どこからそんな権力持ってくるんだよ」
赤石は霧島の言を一蹴し、帰路に就いた。
「お、赤石」
「先生」
神奈が赤石に声をかけた。
「赤石、暇か?」
「人生で暇な時間なんて一秒たりとてないですね」
「そうか、暇か。良かったら準備室の新品の机、机と椅子の一セット運んでくれないか?」
「上司と相談して、持ち帰って検討させてもらいます」
「なんでそんなに物事を大げさにとらえるんだ、お前は」
まったく、と神奈は頭を抱える。
「まあ、その程度なら別にやりますよ」
「やるならさっさとやるって言いなさい」
神奈はげんなりとしつつ、赤石に指示した。
赤石は机を移動させ、再び帰路に就く。
「あ、赤石君」
「水城」
昇降口で水城と出会う。
「何してるの、赤石君?」
「帰る」
「いや、それくらい分かるよ、私でも」
「お前は」
「あ、聡助君が今どこにいるのかな、って」
水城は昇降口の靴を見る。
「? どういうことだ」
昇降口と、櫻井がどこにいるのかの関連性がさっぱり理解できなかった。
「皆の靴が揃ってるでしょ?」
「まあ」
「靴見て上履きだったらもう帰ってて、靴だったらまだ学校にいるって算段ですよ!」
「なるほど」
今まで考えたこともなかったため、素直に赤石は感心した。
「あ、赤石君、私まだ部活あるからごめんね、帰らなくちゃ」
「いや、帰ってくれ」
「また私の相談事乗ってね!」
「ああ」
水城はそう言うと手を振り、階段を上って行った。
「……雨か」
雨がぽつぽつと降り始めていた。
万全を期して傘を置いていた赤石は、傘置き場へと向かう。
「あ……赤石君……」
「……」
傘置き場には葉月が、いた。
「こんなところで何してる」
「え、えとね、あの、その……」
ちらちらと、葉月の視線が傘置き場に向かう。傘を気にしていることは明白だった。
櫻井と相合傘をするために何らかの画策をしていたのか、と赤石は即断した。
「まあ、何でも良いな……」
赤石は葉月の横をすり抜けて、傘を取った。
「あの、赤石君!」
「……?」
葉月に声をかけられる。
櫻井の取り巻きの中でも葉月と新井にのみ全く接触することがなかったため、葉月と新井の性格がいまいちわからない。
「えと、水城ちゃんに恋愛相談してもらってるって本当……ですか?」
「…………ああ」
「霧島君から聞いて……」
「なんで知ってるんだあいつは……」
無暗矢鱈に櫻井の話を振られたせいか、赤石と水城の関係性が広まっていた。
高校随一の情報屋、霧島。
校内で滅多なことは出来ないな、と思う。
「櫻井君の恋愛関係ですか?」
「……ああ」
櫻井と相合傘を目論んでいただけあって櫻井に関することはやはり聞いてくるな、と赤石は納得する。
「~~~~~」
「……」
そこで葉月は黙ってしまった。
「何もないなら行くぞ」
「う、うん、ごめんなさい、引き留めて……」
「いや」
うつむいてもじもじとする葉月をよそに、赤石は帰り始めた。
前途多難、櫻井の取り巻きは本当に櫻井のことで頭がいっぱいなんだな、と赤石は考えながら、帰宅した。
傘に当たる雨の音が、妙に心地良い気がした。
翌日。
「おっはよー、聡助大好きー!」
「止めろよ由紀」
今日もまたいつものように、新井が櫻井に抱きついていた。
夏休みを挟んだことでこの光景も暫く見ていなかったな、と赤石は漫然と櫻井の方を見る。
自席で本を読む高梨、真面目な顔で何を話しているか分からない三矢と山本。級友から人気な水城は今日も周りにたくさんの人がいる。
新井は櫻井にべったりで、葉月もまた新井を咎めるように櫻井と新井との間に入る。
八谷は今日も後ろの方でもじもじとしており、時折目が合う。
いつもの光景が戻ってきたな、と赤石は半ば無意識に観察していた。
「あれ、この机……」
暮石が赤石の後ろの机に目をやった。
「何?」
暮石が赤石に話しかける。
「知らん」
「知らんって、そんな適当な……。赤石君の後ろの席だけど、何も聞いてないの?」
「俺が運んだ」
「知ってるじゃん!」
暮石が少し声を荒らげる。
「いや、運んだだけだ」
「なんでこんなことしたの? 誰か机壊れそうな人いたの?」
「自発的にやるわけないだろ。神奈先生に頼まれたんだよ」
「じゃあその時になんで運ぶのか聞かなかったの?」
「聞いてない」
「なんで?」
「どうでも良い」
「えぇ~」
暮石は呆れた顔で赤石を見る。
「赤石君、もっと人間社会に興味を持った方が良いよ」
「詮索する気になれなかった」
「詮索って……赤石君は真面目だなあ」
「他人のプライベートは知れば知るほど自分にリスクと責任がついてくる」
「ん?」
暮石が小首をかしげた。
「ん?」
いつの間にか、隣に上麦も来ていた。
「他人のプライベートな情報を知ると自分に責任が負わされる」
「赤石何、気持ち悪い」
「なんでだよ」
「そういえば白波夏休み最後の日赤石の家行った。カレー食べた」
上麦は暮石に向かって、そう言った。
「え、ええぇ!? 危ないよ白波! なんでそんなことしたの?」
「誘われた」
「赤石君!」
暮石が赤石から一歩距離を取る。
「誘われて行ったなら結局同罪だろ」
「ちょっと!」
暮石は上麦を後ろから抱きしめる。
「白波は馬鹿なの! 白波のこともてあそんじゃだめだよ!」
「三葉白波に失礼。赤石に謝る」
「ダメだよ白波! 知らない人にほいほいついて行っちゃ」
「知ってる人だろ」
暮石は上麦を叱る。
「赤石君もそんなことしたら駄目だよ! 白波は馬鹿だから私たちが守らないと……」
「馬鹿だからと言って保護していたらいつまで経っても本人は馬鹿なままだぞ。どこかで何らかのリスクを取る必要がある。可愛い子には安全なマージンを取った上で旅をさせろ、と言うだろ」
「本来のことわざより一段階パワーアップさせて自分の物みたいな言い方しないでよ! 白波も今後赤石君に、家に誘われても行っちゃダメ!」
め、と暮石は上麦の頬をつまむ。
「誘われたの赤石じゃない、八谷さん」
「え、八谷さん……」
暮石が顔を赤くして八谷の方を見やる。
「おい」
「あ、ごめん赤石君、てっきり赤石君が白波を傷物にしようとか考えてるとか思って……」
「気持ちの悪いことを言うな」
「赤石君も自分が誘ったんじゃないって言えば良かったじゃん!」
「人間を試したんだよ」
「神様みたいな立ち位置止めてよ!」
暮石は上麦をぎゅっと抱いた。
「こういう風に、他人のプライベートな情報っていうのは出来るだけ仕入れない方が良い。他人のことを知っていると、他人の情報を鑑みた上で動くことを必要とされる。知らないでしている行動なら許されても、知っている上でしている行動なら許されない。他人の情報を知れば知るほど自分の行動範囲が狭くなる。制限される」
「ん~……」
「それ分かる。白波も平田の好きな人聞いてその人に話しかけたら怒られた」
「ちょっと白波!」
暮石が上麦の口をふさいだ。
牽制合戦ということか、と赤石はため息を吐く。
「まあ、そういうことで、なんでこの机がここにあるのかは知らない。プライベートな情報になりそうだったからだ」
「赤石君は無責任だねぇ……」
「本当。赤石無責任」
「放っとけ」
ガラガラガラ、と扉の開く音がした。
「お前ら席につけ~、今日は大事な話があるぞ~」
「あ、じゃあ席着くね」
「ああ」
神奈が生徒の前に立った。
「今日は転校生を紹介する」
「「「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」
クラス中が、にわかに騒がしくなる。
「先生、女の子!? 女の子!?」
「イケメンですか!?」
「お前らうるさいぞ~」
神奈が耳をふさぐ。
「なんで昨日じゃなかったんですか?」
「一日手続きが遅れたのと、本人の意向だ~。じゃあ紹介するぞ~」
ガラガラガラ、と扉が開いた。
「……」
「……」
女だった。
長髪でベージュ色の髪をした女が、入ってきた。
「じゃあ名前書け~」
「はい、分かりました」
女は黒板に名前を書く。
女の文字は美しく、所作も美しかった。
名前を書いた女は、赤石たちに向き直る。
「初めまして、私、花波裕奈と申しますわ」
女はスカートの端をつまみ、挨拶をした。
「女だ……」
「イケメンじゃないの~」
「すっげぇ可愛い……」
「やべぇ、このクラス顔面偏差値高ぇ……」
ぼそぼそと、生徒が話し合う。
「じゃあ花波、お前の席はあの一番端の席だ~」
神奈は赤石の後ろの席を指さした。
花見が教室を見まわし、自分の席を確認する。
「ふふ……」
花波は口元を手で隠し、頬を紅潮させた。
一挙手一投足にいたるまで優麗な女は、一歩、また一歩と歩む。
そして、止まった。
「お会いしとうございました……」
花波は男の前で、立ち止まった。
「本当に、お会いしとうございました……」
感涙する。
教室の騒々しさが、一瞬止まった。
「お会いしとうございました、聡助様!」
「え……」
そして櫻井に、抱き着いた。
「「「えええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」」」
「ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
膨大な叫び声が、二組を包んだ。
「お会いしとうございました聡助様! 私、私花波です! 聡助様に会うため、やってまいりました!」
「は、はああああああああああぁぁぁぁぁ!?」
櫻井は大きな声で、叫んでいた。




