第197話 二学期はお好きですか? 1
今章後、閲覧注意。
夏休みが終わり、二学期が始まった。
「はよ~」
「おはよ~」
久しく会っていなかったと思われる学生たちが、交互に挨拶を返す。
「あ~おはよ~とも~、元気だった~、久しぶり~」
「あ~、元気だし」
女子学生が挨拶を交わす。
「本当久しぶり~、夏休み何してたのとも~」
「あ~、彼氏と最高の夏過ごしてたし」
「え~、うらやまし~。彼氏って誰?」
「別に言ってもいいけど、どうせ知らないし。てか、大学生だし」
「え~、大学生~、すご~い」
「本当、あいつ大学生のくせに、ともともうるさくてマジ困ってるから」
あはは、と女子学生は笑う。
「しかも学校まで車で連れいてくとか言ってきかないの」
「最高じゃん~、え~、ともうらやましい~」
下駄箱で様々な会話が交わされる。
「……」
そして赤石もまた、学校へと到着していた。
小さなため息を交じらせながら、高校へと入る。
「でも車で送ってくれるとか最高じゃない?」
「本当、同いの男子とか精神年齢低いやつばっかでマジ笑けるから」
女子学生は呵々大笑する。
人の持ち物で精神年齢を推し量って、他人のステータスをあたかも自分のものかのように勘違いしているようなやつの精神年齢もうかがえるな、と赤石は平田の隣を歩きながら、内心で考えていた。
「おはよ~」
「皆おはよ~」
教室に入ると、水城が周りのクラスメイトにカップケーキを配っていた。
「あ、赤石君おはよ~。良かったらケーキ食べる?」
「……俺は良い」
二学期の始まりとともに周りのクラスメイトへの投資に余念のない水城を顧みながら、赤石は自席に座った。
事前に自分から相手に何らかの施しを与えておけば、後々自分が助けてもらうときにその精神的なハードルが下がるわけか、と水城の行動を穿つような見方をする。
それには水城の基本的な行動原理と、その思考をトレースしようという気持ちがあった。
「あら、赤石君じゃない。おはよう」
「……ああ」
自席についた赤石の下に、高梨がやってきた。
「何よあなた、おはようも言えないの。おはようくらい言いなさいよ。おはよう」
「……ああ」
「叩くわよ」
「やってみろ」
パチン、と音がした。
高梨は赤石にねこだましをした。
「ビックリしたでしょう」
「ビックリは、な」
「おはよう」
「分かったよ、おはよう」
赤石はうんざりとしながら、返事をした。
「なんであなた挨拶もロクに出来ないのよ」
「おはよう、とかこんにちは、とかそういう上辺だけの挨拶嫌いなんだよ。あたかも私たちは挨拶をするような仲ですよ、と周りに言いふらしてるみたいで嫌いだ。それに挨拶の言葉遣いが砕けてんだよ。挨拶ならもっと他人行儀な言葉の方が良い」
「相変わらずあなたは嫌な男ね」
高梨は、はあ、とため息を吐いた。
「高梨、おはよ!」
「あら白波、おはよう」
「赤石も、おはよう!」
「……ああ」
高梨と赤石の下に、上麦がやってきた。
「高梨、あれからどうだった?」
「あれから私は自由を勝ち取ったわ。家にも戻れたわ。ありがとう白波」
「それは良かった。赤石良かった」
「そうだな」
赤石はカバンから教科書を出す。
「お~っす、アカ! 高梨! 久しぶりやなぁ!」
「そんな久しぶりでもないだろ」
「赤石殿、高梨殿、息災でござったか?」
「おかげさまでな」
三矢と山本が大手を振ってやって来る。
「おいおいおい、何してんだお前らこんなところで集まって」
「高梨さん、あれから大丈夫だったの?」
「大丈夫~?」
高梨の下に続々と人が集まってくる。
「やあやあやあ、皆集まってどうしたんだい?」
高梨を中心に、数名の人の輪が広がる。
高梨は全員に感謝の気持ちと、その後どうなったかの顛末を語った。
「良かった~、高梨さんが無事で」
「一時はどうなることかと思ったなあ」
「良かったでござる」
「良い結末だなぁ~」
暮石たちは口々に安堵の声を漏らす。
「お~い、お前ら~、席着け~」
予冷の鐘が鳴った。
高梨を中心に広がっていた暮石たちはそれぞれ自席につき、先の喧騒も収まった。
櫻井の下から離れ高梨がひっそりと、息をひそめて孤独に暮らしていた時期が終わった。
高梨の周りには、人が来るようになった。
良かったな、と赤石は漫然と思いながら、授業を受けた。
「赤石君!」
「……」
昼食休憩、須田の下へと行こうとした赤石は、水城に声をかけられた。
「赤石君! 恋愛の相談があるのです!」
「……そうか」
赤石はそう言うと、須田の下へとまた歩き始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 赤石さん! 私の言葉聞こえてました?」
「ああ」
「恋愛指南役の赤石先生! 私にアドバイスが欲しいんです!」
「カオフでいいだろ」
「情報量が少ないんです! それに赤石君全然返信してくれないし!」
「……そうか」
赤石は水城にロクに返信を返していなかった。
どちらにせよカオフ以上の関係性を望んでいない水城に返信をする必要もなく、自分を利用するだけの水城に返信する気がしなかった。
こういう場合はどうすればいいのか、櫻井に何をするのが適切なのか、赤石はそういった、自分にとってどうでもいい相談ばかりを持ち掛けられていた。
カスタマーサポートじゃねぇんだよ、と赤石は内心でうんざりと思い、返信をサボっていた。
「赤石君、恋愛の指南役になったんだから私にもちょっと知識を貸してくれないかな~、って思ったりとかなんとか……」
水城はもじもじとしながら目の前で人差し指をもぞもぞと動かす。
お前にとって俺は一体何なんだ。
友誼と思われるようなものも何もなく、会うことすら拒まれる、ただ自分の言いたいことだけを言う人形か、自分の道を広くしてくれるただの機械か、ナビゲーターか。
お前に力を割く余裕はない。
と言いたいところだったが、水城に力を貸すことは赤石にとっても利がある。櫻井を潰すためにも、赤石は水城と係わる必要がある。ただそれをおろそかにしていただけだった。
「ちょっとお昼休憩に作戦会議といきませんか?」
水城は赤石の耳元で囁く。
「なぁ、冬華、俺と付き合ってくれないか?」
「え、ええええぇぇぇぇぇ~!」
その時、階下で叫び声がした。
「え?」
水城は窓の外から中庭を覗く。
噴水のある中庭で、櫻井が葉月にそう言っていた。
「あ、赤石君、赤石君!」
水城は大慌てで外を指さす。
何も起こらないよ、と赤石は悠然と歩いて行った。
水城と赤石は見つからないよう、隠れて外を見る。
「え、櫻井君、そ、それって、え、私と付き合うって……え……えええぇぇぇ!」
「え?」
櫻井が固まった。
「あ、ああああぁぁぁぁ! ち、違う! 違うからな! 付き合ってっていうのは昼食に付き合ってくれって意味で、別にそういう意味でいったんじゃねぇからな!」
「な、しゃ、櫻井君の馬鹿ぁ!」
葉月は櫻井に怒り、先に歩いていく。
「お、おいなんで怒ってんだよ冬華」
「櫻井君なんて知らないの!」
歩いていく葉月を、櫻井は追っていた。
「な、なんだぁ~」
水城は壁にもたれ、ずりずりと背中を下ろす。
「あ~、ビックリした」
水城は胸をなでおろした。
違う、と赤石は櫻井の真意に気付いていた。
わざと誤解が生まれるような言い方をして、葉月の反応を、自分に明らかに好意があるような反応が出るのを待っていただけだった。
故意に目的語を排除し、あたかも自分が相手に好意を持っているかのように思わせる。いつもの通り、櫻井のあくどいやり方だった。
「で、でもね赤石君、いつ櫻井君が誰かと付き合っちゃうか分かんない状況なんだ、本当に。夏休みも塾で出会った女の子といい感じになってたって聞くし……」
とごにょごにょと水城はごもる。
「だから昼食、ご一緒しませんか!」
「今日は先約がある。また明日な」
「あ……そういえば赤石君、須田君といっつも一緒に食べてるんだったね……」
水城はそういうとしゅんとし、前に出した弁当を下げた。
修学旅行、赤石は何らかの手を打とうと、画策していた。
波乱の二学期になる気がした。




