第196話 高梨の想いはお好きですか? 4
「櫻井君にも愛想をつかされて、櫻井君の周りの子からも無下に扱われて、私は心底落ち込んだわ」
「そうだったのか」
「表面上でだけ仲良くしてる彼女たちにも腹が立ったわ」
「そうなるかもな」
赤石は話を聞く。
「お父様に決められた結婚の期限も残すところあとわずかになってたわ。もう私にはどうしようもなかったの。私はそれでも、八谷さんとあなたをくっ付けようとしたわ」
「なんで……?」
赤石は以前、櫻井から高梨が自分に告白したという類の話を聞いた覚えがあった。
「八谷さんを櫻井君の周りから引きはがそうと……」
高梨はそこで、詰まる。
「八谷さんに…………」
続きが、出てこない。
「赤石君……」
「……」
高梨は顔を上げ、赤石を見る。
「……」
「いえ……」
小さな口が、動く。
「いえ、それはただ単なる、八谷さんへの嫌がらせだったのかもしれないわね」
「……」
「ただ単純に私が八谷さんが嫌いだから、ありとあらゆる手を使って八谷さんにダメージを与えようとしたのかもしれないわね」
「……」
「でも結局、八谷さんはどうもならなかった。あなたへの恋心に焦るわけでも、櫻井君へ告白するわけでも、なかった。結局、私がしたことは完全に無駄で、ただのひとりよがりな妄言だったのかもしれないわね……」
「……」
赤石は、何も言えなかった。
「櫻井君のハーレムを維持していたのは私よ。あなた、校長先生のことを覚えているかしら」
「ああ、印象に残ってるよ」
高梨の叔父だったか、と赤石は思い出す。校長が高梨に抱き着こうとしていた一幕を、思い出した。
「私が校長に掛け合って、便宜をはかってもらってたのよ」
「何の?」
「櫻井君の周りのこと全てよ」
「……?」
いまいち、意味が分からない。
「櫻井君と私を含めた集団は一年生の頃、屋上で会議をしてたのよ」
「屋上……」
八谷と屋上に向かったことがあったが、あの時、屋上への扉は封鎖されていた。
「確かに屋上にはフェンスが設置されてて安全には気は遣われてるわ。それでも、屋上への扉は普段開いてなかったのよ。私が特別に、校長に便宜を図ってもらって、いつも屋上の扉を開けてもらってたのよ」
「……」
「校長先生も私が結婚へのタイムリミットがわずかだってことを知ってたのかもしれないわね」
高梨は立ち上がった。
「これが、私があなたに教えておかなければいけない全てと、私の罪よ」
赤石は座ったまま、高梨を見る。
「あなたは私に一体どんな責任を負わせてくれるのかしら」
「……」
赤石は、座ったままだ。
「俺は」
赤石は口火を切り出した。
「俺は、お前に何もしない」
「……」
今度は、高梨が黙る番だった。
「俺はお前に何の責任も求めない。お前がしたことに責任を、求めない。元々お前自身言わなくてもいいことだった。言わなければ永遠に、誰も知らないままだった。その事実を教えてくれただけでも、俺にとってはありがたいことだ」
高梨の独白のおかげで、春から夏にかけて起こった事件のほとんどが、分かった。
「話してくれてありがとう、高梨」
「……あなたは、本当に私に甘いわね」
「そうだな」
「私はあなたが私に恩があることを知ってるのよ」
「それでもだよ」
「…………そう」
高梨は再び座った。
「ただ、これからは八谷をいじめることは止めてくれ。ああいうことを聞いて八谷へのいやがらせは放ってはおけない」
「…………そうね」
高梨は苦笑した。
「もっとも、私はもう婚約することが決まってからは八谷さんと係わりがなかったんだけれど」
「これからも、八谷をいじめるのは止めてあげてくれ」
「やらないわよ、もちろん」
「頼む」
自分が頼むことではなかったのかもしれない。
八谷を復讐の機会と考える赤石が言うことではなかったのかもしれない。
「じゃあ赤石君、あなたは私を許していいのね?」
「ああ」
「今なら私にどんなひどい折檻も許されるのよ」
「そこまでお前は悪事を働いたとは思えない」
「私を精神的にいじめられるのは今だけかもしれないわよ」
「そんなこと望んでない」
「そう……」
高梨は赤石に近づいた。
「じゃあ赤石君、立ちなさい」
「……」
赤石は無言で立った。
高梨は赤石に近づき、赤石の首の後ろに、両手を回した。
「……っ!」
赤石は咄嗟の事態に後退しようとしたが、動かなかった。
高梨はそのままポンポンと赤石の背中を二度叩き、手を離した。
「赤石君、今回は本当にありがとう。私はあなたと出会えて本当に良かったわ」
「…………あ、ああ」
赤石は動揺していた。
「軽い抱擁くらいで何よ、あなた。生娘でもあるまいし」
「顔が近かったんだよ。驚くだろ」
「あなた新井さんに後ろから抱きつかれたことあったじゃない」
「種類が別系統だろ」
赤石は後退した。
「あなたに感謝を伝える術がなかったのよ。お金をあげても良かったのよ」
「受け取らねぇよ」
「そうでしょう。私だって、こんなことはしたくなかったわよ。こんな、自分に価値があると信じて疑わない女がするようなこと」
「雰囲気ぶち壊しだよ」
高梨は口元に手を当て、ふふふ、と笑う。
「私の受難は確かに、これからなのかもしれないわ。でも、私は私自身に区切りをつけることが出来た。今までの私の全てを受け入れて、これからの私と素直に向き合えるようになった気がするの」
「なら、いいことだ」
「今後もよろしくおねがいするわね、赤石君」
「……ああ」
赤石は高梨に出された手を握り、握手した。
「今度から隠し事はなしだぞ、高梨」
「あなたもよ」
赤石と高梨は手を離す。
「じゃあ、もう夏休みも終わるわ。また新学期、会いましょう」
「そうだな」
赤石は荷物を持って、高梨の部屋を出た。高梨が玄関まで見送りに来る。
「赤石君、元気でね」
「ああ、お前もな」
赤石は扉を開けた。
「じゃあ、ばいばい」
「ああ、じゃあな」
赤石は高梨に手を振り、帰宅の道を歩き出した。
赤石自身、高梨の突然の行動にどぎまぎとしつつも、高梨の今後が明るい未来になるよう願い、微笑んだ。
赤石は微笑を湛えたまま、帰宅した。




