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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第5章 夏休み 後編
214/593

第191話 高梨勝治はお好きですか? 1



「……」

「……」


 高梨と那須は二人、高梨の父親のいる高層ビルの中を歩いていた。

 那須がエレベーターを先導し、父親の下へと連れていく。


「……」

「……」


 チン、とエレベーターが開く音がする。

 眼前の、艶やかで瀟洒な木製ドアを開き、高梨と那須は、父親が一人で仕事をするオフィスへと足を踏み入れた。


「……」


 高梨の父親、高梨勝治が、そこにいた。

 書類で積み上げられたデスクで、書類を読み漁っていた。


「……お父様」

「……」


 無言。返事は、返ってこない。


「真由美、下がって良いわよ」

「かしこまりました」


 那須は一礼すると部屋を退出した。


「お父様」

「……」


 勝治はいまだに無言のまま、書類に目を通す。

 書類に目を通した後、勝治はそれをまとめ、秘書と思われる女に渡した。女もまた一礼すると、部屋を出た。


「何をしに来た、八宵」

「お父様、お話があります」


 勝治は煙草をくゆらせる。


「時間がない。手短にしろ。何故今この時に来た。邪魔だ」

「……お父様がお暇な時なんてありましたか? 今この時じゃなかったらいつ来れば良いんですか? 今日は暦上、休日のはずです」

「お前のような出来損ないには何も分からないだろうな。人間は常に働かなければいけない。能力を持っている人間はそれを行使しなければいけない。能力を持っているのにも係わらずその能力を行使もせずにのうのうと暮らしているようなやつは馬鹿だ。お前のようにな」

「……すみません」


 高梨は頭を下げた。

 勝治は煙草をくわえる。


「何故あの男との婚姻を拒否した?」

「……私が好きではないからです」


 高梨に幾度となく振りかかった、見合い。高梨はその全ての見合いを、断っている。


「お前に決定権はない。私の言う通りに生きて、私の言う通りに暮らし、私の言う通りの男と結婚しろ。そう言ったはずだ。何故お前は私の言うことを聞かない」

「……すみません」


 再び、高梨は頭を下げた。


「婚約なんてものは欺瞞だ。所詮、男と女は分かりあうことはできない。脳の作りが違うのだから、当たり前だ。仕方がない、とすら言ってしまっても構わない。お前のような中途半端な女は誰と一緒になろうが、一生幸せになることはない。ならば誰と結婚しようといいだろう。何故私の言いつけを守らない? 何故自分で婚約相手を選ぼうとする? 私はお前に自由を与えてきたつもりだ。婚約相手まで食い下がってどうする? お前は何を考えているんだ。今まで十二分に私の財産を食いつぶしてきた無能が最後くらい私の役に立たなくてどうする? お前は何を考えているんだ」

「私は……私は!」


 高梨は声を振り絞る。


「私は……恋愛が、したいんです……」

「くだらん」


 一蹴。


「そんなくだらんまやかしにとらわれているから貴様が懸想する男にすら相手にしてもらえんのじゃないのか?」

「……っ」


 櫻井のことだった。


「私は自由を与えたつもりだ、と言っただろう。上級国民を親に持つ人間と結婚しろ、そう言っただろう。お前が私の見合い相手を断り続けたから最後のチャンスに、お前が希望する男との結婚を認めたのだろう。私が妥協できる最底辺の人間だったんだぞ、お前が希望した婚約相手は。私がそこまで妥協したのにも係わらず、お前は結局何の成果もあげることができなかった。ただのうのうと無知なまま、恋愛などというまやかしに溺れたままお前は無駄な日々を過ごし続けた。お前の無知無能な姿勢が私を失望させたんだよ」

「まだ確実にそうなったとは……」

「言っていない、か? 確かに、お前からは聞いていない。しかし、櫻井などという男と破局した……いや、破局という言葉にすらたどり着いていなかったことは、既に那須から聞いている。お前はその男と付き合うことすらできなかった。そう、聞いている。なんだ、その体たらくは。それが高梨家の人間のすることか? 貴様は無能の烙印を押された豚だ。ただ餌を求めて鳴きじゃくる家畜だ。お前は結局、ふるいにかけられたんだよ。その男の目に全く留まらないような、愚かで矮小な人間だと判断されたんだよ」

「……」

「私は櫻井という男のことは知らない。そもそも知らなくても良いことだからだ。だが、その男がどんな人間だとしても、お前がその男と仲を深めることすらできなかったのは事実だ。その男も貴様と添い遂げることを本意に思っていなかったんじゃないのか? 何の取り柄もないようなお前と共に一生を添い遂げる覚悟がなかったんじゃないのか? 婚約者だと、お前は言ったはずだ。なのに何故その男と付き合ってすらいない? 何故何の進展もしていない。この数年間何をしていた。お前は数年間、一体何にかまけていたんだ。一体お前は何をしていたんだ。お前に一体何の価値がある。私に教えてくれ」

「…………」


 高梨は沈鬱な表情で、俯いた。

 そうすることしか、出来なかった。


「お前は結局、無価値な人間なんだよ。私に育ててもらった恩義も感じずに、その容姿を持ちながら男一人落とすこともできず、見合いすら断り続けた。私はお前を優秀な人間にしようと、色んなことを覚えさせたはずだ。お前には色んな能力があった。だが、どれもこれも飽き性で、何も続けることが出来なかった。もうお前には失望したんだよ、私は」

「……すみません」


 高梨は俯いたまま、言う。


「お前は私の力も借りずに上級国民と婚約することが出来るのか? 折角の私の厚意も無駄にしたお前に、私が紹介した以上の人間と婚約することはできるのか? 櫻井などという男に見初められもしなかったお前に、無理だろう。お前のその容姿をもってしても何の行動も起こされなかった、ということはそういうことだ。お前は、中身が腐ってるんだ。絶望的なほど、お前の中身は薄汚れているんだよ」

「中身が……」


 それは、高梨が最も大切にするもの。


「お前が良いのは外面だけだ。妻の遺伝子を受け継いだがためにたまたま外面が良かっただけだ。お前の中身なんて、誰も何も見ていないんだよ。お前のその薄汚れた魂は誰にも愛されるようなものじゃないんだよ。だから櫻井などという男に相手にしてもらえなかったんじゃないのか? 自分でも心当たりがあるんじゃないのか?」

「……」


 実際、あった。


「事実は嘘を吐かない。誰もお前の中身なんて見てない。誰もお前のことなど好きにならない。容姿をもってしても比べ物にならないほどに、お前の魂は薄汚れている。私の遺伝子を持ちながら、私の期待にすら応えられないような人間ならば、当然だろう。ならば、私の言う通りにしろ。これからは私の言う通りに生きろ。お前が婚約相手を選べるのも、もう終わりだ。のうのうと遊びほうけているのも、もう終わりだ。見合い相手を持ってきた。その中から好きに選べ。せめてまともな人間とは結婚して、私の役に立て」


 勝治は近くのファイルを手に取り、高梨の足元へと投げた。


「……」


 そこには複数の男の写真が、あった。


「国の業務に係わる役人から一般の企業幹部まで様々だ。お前に選択肢があるだけありがたいと思え。お前が今までさんざ引き延ばしてきたんだ。その責任はお前が取れ。中を深める時間、その人間の両親の手腕、リスク、そして私の展開する事業との親和性。多くを見通せるだけの時間が必要だ。お前にはその役目を担ってもらう」

 

 高梨はファイルをめくった。

 そこには、子の名前と写真が貼り付けられ、その親の役職が、書いてあった。それだけが、書いてあった。


「まともな経営状態でないとお前が判断したのなら、切り捨てろ。余計な荷物を背負い込むな。能力のない人間と時間を共にするな。事業もまともに回せないようなものを親に持つようなやつと結婚しようとするな。正しい手腕と才に恵まれた者を、親として持つ子と結婚するのがお前の幸せだ。素封家に生まれ、素封家の子と結婚し、一生を、経済的に苦しむことなく豊かに暮らせることがお前の幸せだ。幸い、お前の顔は悪くない。自分を出さずに、相手の機嫌をうかがって、上手く取り入れ。所詮人間などというまがいの器に収まる心なんてものは偽物だ。お前がその容姿を持って生まれたことを感謝しろ。私が端正な顔立ちの妻を娶ったことを感謝して、私に感謝して結婚しろ。せめてそれくらいは私の役に立ってくれ」


 勝治は再び、タバコをくゆらせた。


「………………」


 高梨は勝治の方を向くことなく、ただファイルをめくっていた。

 頭に何も入ることもなく、ただただファイルを、決められた動作のように、めくっていた。


「そして、お前の話はなんだ?」

「……」


 勝治は高梨に話を促す。


「私は……」


 高梨は、ファイルを閉じた。


「私は! 私が決めた人と結婚します! お父様の言う通りには、いたしません!」


 声を張り、そう言った。


「なに?」


 勝治の顔が、曇った。

 高梨は拳を握り、ぷるぷると体を震えさせながら、勝治の前に、立っていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 人の魂を平気で汚れているとか言えるやつの魂が一番汚れてると思う。
[一言] えと、ごめん。歳取って独身の人間の現実として、この父親の話は納得できちゃうという(苦笑) もちろん若いときにこういうこと言われると絶対反発しますが(笑)
[一言] つ婚姻届の不受理申出書 このオトンなら勝手にとかやりかねないから、知識の有無が未来の明暗を分けるなぁー ( `ω´ )
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