第189話 バーベキューはお好きですか? 2
「いやあ美味しいねえ、バーベキューは」
バーベキューに参加するメンバーが集まり次第、めいめいに調理を開始していた。
霧島が肉をほおばりながら甘露する。
「おい霧島ぁ! 何一人で食べてんねん! お前も肉焼かんかい!」
「失礼だなあ、僕だって肉を焼いてたよ。やっと肉にありつけたのにひどい言いぐさじゃあないか」
「まあまあ二人とも、具材を追加するでござるよ」
「サンキュー、ヤマタケ」
「いやあ、頼りになるねえ、山本君は」
山本は網の上に肉を置いていく。
「っていうかヤマタケもさっきから焼いてばっかで全然食べてねぇじゃん」
ヤマタケの様子を見かねた須田が話しかける。
「そんなことないでござるよ、須田殿。拙者もちゃんと食べてるでござる」
「三矢君、焼いたらどうだい?」
「何アホ抜かしとんねん霧島ぁ! お前も焼けや!」
がやがやと三矢たちが争いあう。
「男子たちうるさすぎ……私見習ってちゃんと静かに食べて」
「お前が焼けや!」
隣でため息をつく上麦に、三矢が言った。
「よしミツ貸せ! 俺の出番だ!」
須田たちが具材を焼く係を決めかねている間、隣の席の赤石たちもまた、具材を焼く係を決めかねていた。
「赤石ぱいせーん、早く肉焼いてくださいよ肉~」
「うるさい。観客は静かに見とけ」
「誰が観客ですかぱいせーん」
安月に揶揄され、赤石は適当に返答する。
「赤石、他の具材ないの?」
「そこの袋の中だ」
「お肉焼くのってこんなに大変な作業なのね! 赤石、早くして!」
「お前だよ」
八谷は袋の中に手を突っ込んだ。
「赤石君、野菜がこげかけてるわよ」
「分かってるなら自分でなんとかしてくれよ」
「嫌よ、誰が主催者だと思ってるのよ」
「そう言われると立つ瀬がない」
「冗談に決まってるじゃない。八谷さん、私が代わってあげるわ」
「え、焼く?」
八谷は左手の具材を出しながら、高梨に訊いた。
「あら、私が代わると妬いちゃうのね、八谷さん。可愛いところあるじゃない」
「?」
「おい高梨、分かりづらい言葉の使い方をするな」
「ふふふ、赤石君は分かったのね」
高梨は八谷と係を交代した。
「ゆーうーとー、はーやーくーおーにーくー」
「ぱいせーーん、早くしてくださーい」
「うるさすぎる。お前らはこれでも食ってろ」
赤石は船頭と安月の皿に玉ねぎを乗せた。
「ちょっと何するんすかぱいせん! こんなの食べたら私体調崩しちゃう!」
「犬か。健康に気を遣え」
「まあ玉ねぎは玉ねぎで美味しいよね」
船頭はおいしそうに頬張った。
「は~い、皆~、出来たよ~」
その船頭の隣で、暮石たちは自席で穏便に過ごしていた。
「おらあああああああ!」
「ちょっと三千路さん、そんなに急いで食べたらお腹壊しちゃうよ」
「暮石ぃ、お前肉焼くのうめぇなぁ。私の嫁に来ないか?」
「ダメですよ先生、もうお酒入ってるんですか!?」
神奈は酒に酔いどれながら、暮石に絡んでいた。
「三葉最高! 私とも結婚して! お肉美味しい!」
「こーら、あかねはちゃんと食べてから話しなさい」
「私も美味しいかも~」
志藤、鳥飼は相好を崩す。
「皆さん、お肉お野菜足りないところはありませんかー?」
那須が全員に呼びかけるが、めいめいにありません、と答えた。
「真由美、あなたも気を遣ってないで食べなさいよ」
「し、しかし私はメイドの立場ですので……」
「ならこれは私からの仕事の指示よ。そこに入りなさい」
高梨は須田と赤石の間を指さした。
「止めて! 私たちの仲を引き裂かないで!」
「ロミジュリか。じゃあ俺がそっち行くよ」
「それでは、お言葉に甘えます……」
赤石は須田の方に寄り、高梨の隣に那須が座った。
「赤石、こっち来たならちゃんとお肉焼いて。早く」
「なんだこいつ、滅茶苦茶横柄だぞ、統」
「この場に女の子私一人、女王様」
「いやあ、全くだよ。白波ちゃんのために皆あくせく働くんだよ?」
霧島は上麦の隣で肉を食べながら言う。
「こいつは全然知らない。気安く名前呼ばない。あっち行って」
「あははは、つれないねえ」
霧島は具材を取りに行った。
「あ、そういえば赤石君!」
遠くから暮石が赤石に話しかけてくる。
「ロミジュリと言えば、赤石君が作ってくれたロミオとジュリエットのお話、すごい面白かったよ!」
「あ~、あれか」
鳥飼は相槌を打つ。
「どの距離で話聞いてんだよ」
赤石は少し声を大きくし、答えた。
「ロミジュリの方は普通に面白かったぞ、赤石。ロミジュリの方はなぁ!」
「この距離で喧嘩を売って来るな」
「そうよ! 赤石君には私がついてるんだから!」
「お前はさっきからどういう立ち位置なんだ」
須田が赤石を擁護する。
「お前ら野菜焦げるやろが! はよ食えや!」
三矢がトングをカチカチと鳴らす。
「赤石様、少し失礼します」
那須が立ち上がり、肉を焼きだした。
「那須さん、メイド服汚れますよ」
肉を焼こうとする那須の服が煤で黒くなる恐れがあった。
「真由美、着替えて来なさい」
「い、いえお嬢様、私はメイド服が好きで……」
「メイド服が汚れたらどうしようもないじゃない。動きやすい格好にしてきなさい」
「……すみません、お気遣いありがとうございます」
那須は服を着替えに行った。
「お~い、須田ぁ! 赤石ぃ!」
「くっせぇ……」
「何食ったんですか先生?」
酒に酔いどれた神奈が空いた那須の席に座った。
「先生だけですよ、こんなところで酒飲んでるの。駄目な大人ですね」
「大人にはなぁ、酒を飲みたくなる時くらいあるんだよぉ」
「反面教師の鑑だな」
赤石は肉を頬張った。
「須田ぁ、赤石ぃ、実は私はお前らに感謝しないといけないことがあるんだ~」
「「?」」
赤石と須田は顔を見合わせるが、覚えがない。
「お前らが少し前に学校で女子生徒のなくしたもの見つけてくれただろ~! あれがあの子の大切なものでなぁ~、泣いて喜んでたよ!」
赤石、須田、安月の三人は校内で無聊を慰めていた時、ほんの出来心で推理合戦を始めたことがあり、そのいきさつでたまたま女子生徒の紛失したハンカチを見つけていた。
「あ、須田パイセン、赤石パイセン、それって推理合戦で戦いしてた時のことじゃ……」
「たまたま見つかっただけですね。その人にはよろしく伝えといてください」
「お前ら、人のために動くこともあったんだなぁ……」
神奈がしみじみと言った。
「いやあ、悠は俺がいるときだけ他人に少し優しくなれるんですよ」
「全ての功績を持っていこうとするな」
須田がばれたか、と頭をさすった。
「あなたたち、そんな面白そうなことしてたのね。私も呼びなさいよ」
「お前はいなかったよ」
「ちっ」
「舌打ちしたか?」
高梨が視線を逸らしたとき、那須が帰ってきた。
「お待たせしました皆さん」
那須はタイトなジーンズにラフなTシャツを着ていた。
「おぉ……」
「おぉ……」
「なんや、先生よりよっぽどしっかりした大人のお姉さんって感じがするなあ」
三矢の言葉に、その場の多くが賛意を示す。
「おらぁ、なんだその態度はぁ! かかってこいお前らぁ!」
その場で立ち上がり、神奈は見えない誰かに向かってファイティングポーズを取る。
「これが上麦の将来か……」
「なんで私。あかね」
「「「「分かる」」」」
「えぇ!?」
突如として注目が鳥飼にいく。
「なんだおまえらぁ! やんのかぁ!」
鳥飼も神奈の隣に赴き、ファイティングポーズを取った。
「……」
「……」
「……」
肉が焼ける音だけがした。
「なんか言えよぉ!」
「皆さん、先ほどスイカを持ってきたのでよろしければお食べください」
「優しさが痛い……」
鳥飼と神奈はすごすごと自席に帰って行った。
「いやあ、変な人多くて面白いねぇ」
「あなたもよ、船頭さん」
赤石たちは、バーベキューを楽しんでいた。




