第183話 プールはお好きですか? 2
「おい、お前らも飯食いに来たのか」
赤石、高梨、上麦の三人は、神奈の座っているテーブルへとやってきた。
「お前らも、って先生座ってるだけに見えますけど」
神奈はテーブルに座り、スマホをいじっていた。
「いやあ、細かいことは気にするな。私はまだ朝ご飯食べてねぇんだよ。軽食でも口にしようかと思っただけだ」
「私ホットドッグ」
「私はアサイージュースでいいわ」
「じゃあ俺はコーヒーで」
「おいふざけんなお前ら、自分で買え」
神奈はしっし、と手で赤石たちを払う仕草をした後、売店へと向かった。
「それにしてもプールは広いわね」
「白波もそう思う。プール、広い」
「また何の生産性もない話を……」
赤石も高梨たちと同様に、プールを見渡した。
「……あれ」
「……」
赤石たちの視線の先に、櫻井が、いた。
櫻井たちが、いた。
「櫻井君ね」
「櫻井? そういえば高梨、櫻井と最近いない」
思い出したかのように、上麦が言う。
「もういいのよ、櫻井君は。時間の無駄よ。私は今後、どうすればいいのかも分からないけれど、櫻井君と一緒にいても彼は私のことを大切に扱ってくれないし、好きでもないわ。私は咲かない花に水をあげる趣味はないのよ」
「高梨、詩的」
上麦は眉を寄せた。
「私櫻井のことよく知らない。赤石は知ってる?」
「多少はな。お前文化祭で同じチームだったんじゃないのか?」
「私、確かに演劇。でもあんまり覚えてない。村人Aの役だった」
「誰の記憶にも残らねぇよ」
赤石は参加しなかった演劇で何があったのか、知らない。
「演劇の雰囲気、櫻井が作ってた。櫻井一派が演劇の中心だった。私、村人Aだからあんまり関係ない」
「左様で」
赤石はリュックから、持ってきた水を取り出し飲んだ。
「でも、思い返せば高梨と平田が喧嘩したことあった」
「そういえばあったなあ、そんなこと」
「ちょうどあの時、赤石君が来てくれたから小休止になったわよ。さすがよ、赤石君。人の雰囲気をぶち壊すのだけは長けてるわね」
「ふざけるな。どういう立ち位置だ」
高梨と上麦はふふ、と笑い、赤石は眉を顰める。
「それで高梨が色々悪いことして皆に悪い噂立てられて、櫻井が高梨連れて帰ろうとしたけど、駄目だったって言ってた。赤石が高梨を映画に協力させたから、仕方なくどうすることもできなかった、みたいなこと言ってた。赤石大胆」
「脚色をするな」
「脚色じゃない。事実。櫻井はそう言ってた」
赤石は上麦を睥睨する。
「まあ大体そんな感じか」
「何を言ってるいうの、赤石君。あれは私の意思よ。白波も止めなさい、赤石君が悪いみたいな言い方は。あれは私が、私だけが全面的に悪かったのよ。赤石君も誰も、悪くないわ。怒るなら私に怒りなさい」
「……ううん、ごめんなさい」
上麦は頭を下げた。
「言い方悪かったかもしれないの」
「そんなことはない。高梨の言い方がきつかったんだ」
「嫌ね、私はいつだって綺麗な文体じゃないの」
「文体だけじゃねぇか」
「赤石と高梨仲良し。もうちょっと私、人の噂に流されないようにする」
上麦は頭をさすった。
「おーい、持ってきたぞ~」
そこで、食料を買いに行っていた神奈が帰ってきた。
「はい、これが上麦の頼んだホットサンド、これが高梨の頼んだキウイジュース、これが赤石の頼んだカフェオレ」
「全部微妙に違う」
赤石は礼とともに小言を言い、カフェオレを受け取った。
「はい、赤石五百二十円」
「金とるんすか」
「当たり前だろ? この美人教師、神奈が買った、ってだけでプレミア価格がついてもいいくらいなのに、本体の三割増しの価格で提供するこの私の優しさ」
「三割増しかよ」
赤石は観念し、リュックから財布を取り出し、金を払った。
「軽減税率ききますか?」
「きかねぇよ!」
「キャッシュバックありますか!」
「ねぇよ!」
「電子決済出来ますか?」
「出来ねぇよ!」
赤石の問いを、一つずつ否定する。
「で、はい、これが上麦の頼んだホットサンド。千四百円」
「高すぎ。嘘」
「これはあまりにもお腹がすいてて、私が途中で食べたからプレミア価格が暴騰した形だな」
「やだ、いらない。新しいの買ってきて」
「自分で買いに行け! 先生をなんだと思ってる上麦! あぁ!?」
「急にすごみすぎですよ、先生。美形が崩れますよ」
「やっぱり赤石もそう思ってたか~、嬉しいな~」
神奈は笑った。
「冗談よ、神奈先生。冗談で気をよくさせようとする赤石君の汚い欲望を見逃してはいけないわ」
「早速俺ばっかり悪者にされてるじゃねぇか」
おい、と赤石が高梨を睨む。
「で、これが高梨の頼んでたキウイジュース」
「そんなもの頼んでません。ホットサンドとジュースで勝手に軽食してください」
「お前まで断ったらもらった俺だけ馬鹿みたいだろ」
「おい赤石、私にも流れ弾が飛んできていることを忘れるな」
神奈はその場に座り、ジュースとホットサンドを口にし始めた。
「そういえば神奈先生、先ほど櫻井君とその周辺の女たちを見たわ」
「…………」
神奈は無言で食べる。
「そうか。私にはもう関係ない」
「それはどうかしら」
うふふ、と高梨は嫣然と微笑む。
「私はもう大人になったんだよ」
「先生、生徒の前で言っちゃダメなセリフ」
「違うぞ!」
上麦が頬を膨らまし、神奈が焦る。
「人の気持ちに折り合いをつける、っていうのは難しいことだし、一度感じた感情は一生向き合っていかないといけないかもしれない。でも、それでも、変わっていくことに、自分で決めて、自分の意思で何か行動を起こしていくことが大切なことなんだと、私は思うな」
神奈は赤石たちの顔を順番に眺め、言った。
「先生、先生っぽい」
「人格者っぽかったですよ」
「いいわね」
「ははは」
三者三様に褒められ、神奈は有頂天になった。
「まあ、だから今後私は自分の気持ちと、意思にけりをつけていくつもりだよ。そしてまた新しい道を歩むよ。大丈夫、私はまだぴっちぴち」
「言葉のチョイスが古い」
「あぁ!?」
神奈の睨みに、赤石は視線を外す。
「あ!」
「?」
「?」
突如として、赤石の後方から聞こえた声に、神奈たちは注目する。
「悠人、見ぃーつけた!」
「「「……!?」」」
そして、突如として後方から赤石に抱きついたその女を目撃し、神奈たちは正常を失った。
神奈たちに対面して、女に背を向けていた赤石もまた、肩をはねさせる。
「あは! こんな所にいたんだ、悠人! も~う、探したんだから~」
女は赤石の耳元でそうささやく。
「は? 誰だ?」
身に覚えのない声と態度に振り返った赤石は、膝を打った。
「で、誰この人たち? え、悠人ってもしかしてモテる系? 今ってそういう時代なの? 根暗が人気、みたいな。あ、まずは自己紹介から。はっじめましてー! 私船頭ゆかり、赤石の彼女一号でーーーす!」
船頭はそうまくしたてると、神奈たちの前で宣言した。
「なんだ、一号って。二号も三号もいるみたいだろうが」
船頭と分かった赤石は、そう合いの手を入れる。
「あは! 悠人突っ込み上手いね! こんにちは皆さん!」
「「「…………え?」」」
神奈たちは、言葉を失っていた。
「それにしても悠人ってモテるんだ~? こんな可愛い女の子を三人も前に相手して~」
「止めろ、くっつくな気持ちが悪い。そして格好を考えろ」
船頭は布面積の小さいビキニを着て、赤石に接触していた。
対して、神奈と高梨は見劣りも見栄えもしないビキニに、上から服を着ていた。
上麦は子供用の丈の長い、水着と言えるかも分からない代物を着用していた。
「先に聞いておこうかしら、赤石君」
先手を切って、高梨が話しかける。
「その方は、誰かしら」
「船頭ゆかり、悠人の彼女一号でーーーす!」
「お前は喋るな」
赤石は船頭をどけた。
「船頭ゆかり、ギャルだ」
「ギャルでーーーーっす!」
船頭は神奈たちの前で、大見得を切った。




