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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第5章 夏休み 後編
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第181話 水城家はお好きですか?



 夏休み終盤、櫻井は夏休みの宿題を終わらせるため、水城の家へとやって来ていた。


「櫻井君、まだ宿題終わってないの?」

「お、おう、いやあ、悪ぃなぁ水城」


 水城の部屋にやってきた櫻井は、水城と向かい合って夏休みの宿題をしていた。


「水城にこんな形で迷惑かけちまって」

「ぜ、全然いいよ! 私だっていつも櫻井君に迷惑かけてるんだから! そ、それに櫻井君と一緒にいるだけで私は幸せだし……」

「ん、何か言ったか?」

「何も言ってません!」

「な、なんでちょっと怒ってんだよ」


 水城はぷい、と顔をそらした。


「あ」

「どうした、水城」

「ちょっとお菓子取ってくるね?」

「え、いや、いいって別に。そんなに俺のこと気にしてくれなくても」

「いいよいいよ、櫻井君はそこで宿題をしてなさい!」

「は、ははは、じゃあお言葉に甘えて」


 櫻井は苦い顔で、夏休みの宿題を再開した。

 櫻井の様子に満足した水城は、扉を開け、階下へと下りた。


「い、今は私の部屋に櫻井くんが一人……」


 一人考え、水城は階段を下りながら悶えた。

 

「あ」


 思い立った水城は、赤石に連絡を取った。


『赤石くん、今櫻井君と一緒に勉強してる!二人で!ヤバいどうしよう!どうしたらいい!?』


 水城はカオフを使い、赤石に連絡を取った。

 

『逃げられない状況を作ればいい。追い詰めろ』


「逃げられない状況かぁ……」


 水城は赤石の返答を見ると、そう呟いた。


「でも前の感じからしたら、もしかして櫻井君と赤石君って仲悪いのかな……」


 水城はスマホを片手に思案する。


「志緒、何やってるのこんなところで」

「ひゃっ!」


 後ろから声を掛けられ、水城は肩を跳ねさせる。


「も、もう~お母さん、話しかけるなら先に言ってよ」

「それはどうあがいてもまず最初に話しかけることになるけど」


 水城の母親、水城紅藍みずきくらんは娘に見向きもせず、冷蔵庫を開けた。


「ほら志緒、これ持っていきなさい」

「え、お母さん、でも……」

 

 水城は母親から手渡されたケーキボックスに目を落とす。


「聡助君が来てるんでしょ? 聡助君に渡すお菓子を見繕いに来たんでしょ? 持っていきなさい」

「お、お母さん……ありがと。じゃあ持っていくね」

「男の子と二人だからってあんまりなことしないでよ!」

「し、しないってば!」


 水城は苦笑しながら、階上へと上がった。


「櫻井君、お菓子持ってきたよ~」

「お、水城サンキュ」


 水城を一瞥した櫻井は、また夏休みの宿題に目を落とした。


「それにしても櫻井君は勉強家だね」

「いやいや、俺なんて全然だよ。お前の方が俺なんかよりずっと努力家で真面目で勉強家だよ」

「や、止めてよ櫻井君、そんなに褒めても何も出ないんだから!」


 ふふふ、と笑いながら水城は櫻井を叩く。


「いや、本当水城はすごいよ。勉強もできるし料理もできるし優しくていつも人のこと考えてて……」

「や、やだ、そんなことないって!」


 水城は両手を大振りで振る。


「だ、だって今までそんなこと言われたことないし……」

「俺は水城のことちゃんと見てるからな。お前が頑張ってることは、俺が一番知ってる」

「もう……」


 そう言うと水城は顔を真っ赤にし、黙った。


「あの」

「?」


 水城は思い出したように、顔を上げる。


「これって、聞いていいのかわからないんだけど」

「何でも聞いてくれよ」

「櫻井君って赤石君と仲悪かったり……する?」

「……」


 無言。

 間が、開く。


「いや、全然全然そんなことねぇよ!」


 櫻井は笑って、かわした。


「前も言ったけど、俺が嫌われてるだけだって! だって俺あいつにいつも邪険にされてるからさ!」

「そ、そんなことないよ! 櫻井君はいい人だし、人に嫌われるなんてそんなことないよ!」

「水城も優しいよ」

「そ、そんな……」


 お互い、お見合いの時間が続く。


「前、赤石と会った時もそうだったけどさ、あいつ人の言うことすぐに信じて、間違ってても自分の意見としてすぐ言う癖あるからさ、俺は赤石を助けたいんだよな。自分を持て、人の間違った意見に流されて自分を見失うな、って言ってやりたいんだよな。だから俺は全然赤石が嫌いとかじゃないし、ただ嫌われてるだけだよ。俺が救ってやらないといけないよな。なんて嫌われてるのにそんなこと言えねぇか、あははははは」

「そ、そんなことないよ! 櫻井君は素敵だよ! す、素敵な男の子だよ!」

「お、おう……」


 上気して櫻井の両手をつかんだ水城は咄嗟の自分の行動に驚き、湯気が出そうなくらいに顔を赤くし、すぐさま手を離した。


「み、水城、ここどうやって解くんだ?」

「あ、あぁ~! こ、ここね! ここの解き方はね! あぁ~、なんかあついなぁ~! ちょっとこの部屋暑いかなぁ! 暫く櫻井君は部屋出てて! ちょっと涼しくするから!」

「お、おう……」


 水城は自身の狼狽を見られたくないためか、櫻井を部屋の外に放り出した。


「あ、そういえば水城、机の上の写真って……」

「ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ! それもあったなぁ! 忘れてなぁ! ちょっと部屋も、もっと片づけたいからゆっくりしててくれないかなぁ!」

「お、おう……」


 水城は机の上の櫻井の写真をいまさらになって思い出し、なおさら櫻井を遠ざけようとした。


「変な水城」


 櫻井はそう呟くと、階下へと下りた。


「あ、聡助君じゃない」

「あ、お姉さん」

「誰がお姉さんよぉ!」


 紅藍と出会った櫻井は、出会い頭に首を絞められる。


「ちょ、ちょっと痛い痛い! 痛いっすよ!」

「年増の女を馬鹿にした罰だぁ!」

「ば、馬鹿になんてしてないですって! 紅藍さん本当に美人ですから!」

「え、美人……?」


 紅藍は櫻井から手を外し、両手で頬を挟んだ。


「お姉さんって言われても本当に全然何の違和感もないっすよ」

「そ、そんな言い過ぎよ」

「いや、だってそんなに肌も綺麗だし顔立ちも整ってるし」

「あんまりおばさんをからかうもんじゃないです!」


 羞恥に悶えた紅藍は櫻井から距離を取るため、後ずさった。


「あ、危ない!」

「え?」


 そしてその刹那、櫻井が紅藍に飛び込んだ。

 そして上から、ケーキボックスやクッキーの箱などがどさどさと落ちてくる。


「そ、聡助くん、大丈……?」

「い、痛ててて……ん?」


 櫻井の視線の先に、紅藍の豊満な双丘が、あった。


「え、えええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」


 櫻井は顔を真っ赤にし、すぐさま紅藍から距離を取る。


「す、すいません紅藍さん! お、俺、紅藍さんが危ないって思ったらつい咄嗟に……」

「い、いいのよ。櫻井君も大丈夫? ケガしてない?」


 紅藍は頬を赤く染めながら、櫻井の安否を尋ねる。


「こんなところに置いてたから悪かったのかな。ごめんね聡助くん」


 紅藍は落ちてきた容器を、再び食器棚の上へと戻す。


「あの、紅藍さん」

「何?」

「ケガとか、してないですか?」

「ケガをしてるのは聡助くんじゃない。大丈夫?」

「いえ、俺は全然いいんです」


 櫻井はきっぱりと断る。


「紅藍さんが無事なら、俺はそれだけで全然いいんです。良かったら手当してもいいですか?」

「え、でも……」

「俺こう見えても、昔からよく介護してたんすよ」

「そう……じゃあ頼んでもいいかな」

「喜んで」


 水城は救急道具を取り、櫻井に手渡した。

 櫻井は紅藍の手を取り、打ち身になった場所に薬を塗った。


「く、紅藍さん、背中も……」

「そ、そうね。は、恥ずかしいけど……」

「い、いえ、俺見ないんで! ほら、こうしてたら!」


 櫻井は偶然手に持っていたタオルを、目を隠すようにして巻き付ける。

 そして紅藍の背中にも、薬を塗り始めた。


「……」

「……」


 櫻井と紅藍は、共に無言で薬を塗り、塗られた。


「ごめんね聡助くん、こんなおばさんの体なんて見たくもないでしょ」

「そ、そんなことないです! 紅藍さんは美人ですし、全然そんなこと……あ」


 いきり立った勢いで、タオルがずれおちる。


「す、すみませえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇん!」


 櫻井は平謝りをした。






 その後、笑って許した紅藍は櫻井の手当てをし、物音を聞きつけた水城もまた、櫻井に感謝をし、そうして櫻井は家へと帰った。



「それにしても櫻井君のおかげでお母さんがケガが少ないみたいで良かった~」

「そうね。本当に、ぼーっとしちゃって……」


 紅藍は櫻井との一幕を思い出していた。


「こんな私でも女扱いしてくれるのは、聡助くんの優しさかな……」


 紅藍は一人、呟いた。


「ただいま」

「あ、お帰りお父さん。じゃあ私また部屋戻るね」


 水城が階段を踏みしめたのと同時に、水城の父、水城茂みずきしげるが帰ってきた。


「勉強するのよ」

「分かってるってもう!」


 水城は階上へと戻った。


「おかえりなさいお父さん、ご飯はもう出来てますよ」

「……」

「お風呂を先にしますか?」

「……」

「あ、そういえば今日聡助くんが来たのよ」

「なにを高校生と盛っているんだ、お前は」

「…………え?」


 紅藍は突如として放たれた、明らかに悪意のある言葉に、呆然とする。


「なにを高校生と盛っているんだ、と聞いたんだ」

「こ、高校生って聡助くんのこと? 全然そんなことなんてしてないけど……」

「していただろ」

「盛って……って、言い方ってものがあるんじゃないですか? 聡助くんの名前を出しただけで盛ってた、だなんて言われるんですか? なんでもかんでもそういう風に結ぶつけるあなたの性格、よくないと思います」

「違うだろ」


 茂は曇った目で、紅藍を見る。


「な、なんですかその目は……」

「全部見てたんだよ」

「え…………」


 紅藍はその場で、固まる。


「お前が自分の胸であの高校生を受け止めるところから全部、見てたんだよ」

「み、見てたって……」


 紅藍は呆然とし、言葉が出てこない。


「なんだあの有様は? なんだあの顔は? そんなに男子高校生に胸を触られたのが嬉しかったのか? そんなに若い男と接触できたのが楽しかったのか? 良かったな、男子高校生に性的な目で見られて」


 パン、と頬を叩く音がした。

 茂は、紅藍に平手打ちされていた。


「言葉で言い返せなくなったから暴力をふるったのか? 認めてるから暴力をふるったのか?」

「違います! あなたがそんな根も葉もないただの憶測を、でまかせを口から言ったことに腹が立ったからです!」

  

 紅藍は激高する。


「なんですか、性的な目で見られたのが嬉しかったのか、って。本当に気持ち悪い。そういうことをずっと考えてるからそういう言葉が出てくるんでしょ! 気持ち悪い、本当に気持ち悪い! ただ高校生が私を守ろうとして飛び込んできたのをそういう風にも見れるんですね、あなたからしたら。あなたからしたら、私が高校生に発情してるように見えたんでしょうね! 本当に、気持ち悪い!」

「何か違うのか?」


 茂は紅藍に一歩近寄る。


「近寄らないで!」

「何か、違うのか?」


 茂は尚も紅藍を見続ける。


「空の箱が上から落ちてきただけでそんな大けがをすると思うのか、お前は?」

「……」

「そんな突然箱が落ちてくると思うのか、お前は?」

「……」

「違うよ。あの高校生がお前に突っ込んだ後に棚にぶつかって、その衝撃で箱が落ちてきたんだよ。分からないのか?」

「そ、それでも! それでも! 私を守ろうとしてくれたのは事実です! 守ろうとしてくれたその真実をうやむやにすることはできません! そんな聡助くんの思いを踏みにじるようなことは出来ません!」

「それで胸であの高校生を迎えたのか?」

「そうなることだってあります!」


 平行線。茂と紅藍の話は共に、決着がつかない。


「そんなことが本当にあると思っているのか? 空の箱から人を守るために突撃して胸に顔をうずめてしまいました、そんなことが本当にあると思っているのか? 何故考えない。何故理由を知ろうとしない。何故自分の考えたいように考える。見たくないものに蓋をして一生見なくてもいいようにすることがお前の生き方なのか?」


 茂は大企業で勤める、役職の高い人間だった。人を理論で責め、徹底的に答えを出し、間違ったものを裁断する、そういう生き方をする人間だった。


「それにあの高校生の前で服まで脱いで……気持ちが悪い。気持ちが悪いのはどっちだ? お前だろう。性的な目で見ているからそんな風に考える? 違うだろ! 誰がどう見たって性的に見るに決まっているだろう! 自分の間違いを認めたくないからといって、他者に責任をなすりつけるようなことをするな! 性的な目で見ていると俺を糾弾することで自分の間違いから目を逸らそうとするな! お前は! 確実に! 性的な目で見られ、性的対象としてふるまわれていたんだよ!」

「そ、そんなことないです…………」

 

 尻すぼみに、紅藍は言う。


「美人だと言われて性的な目で見られていないと思うのか? だとしたら、お前のそれは到底許されるようなものじゃない」

「そ、そんなこと…………ないです……」


 紅藍はずるずるとその場にくずおれた。


「私は決して性的な目で見てたわけじゃないです。あなたがそう考えるのが本当に気持ち悪い。そんなことを言われると考えたくもないのに考えてしまいます……」

「事実から目を逸らそうとするな」


 茂は紅藍を見下ろした。


「私が女子高校生を守るためだ、と言って女子高校生の胸に飛び込み、年が離れていても君は美人だよ、と言い、肌を故意に見るようなことがあっても、それは性的な目で見ていないといえるか? 性的な目で見ている、と私を糾弾するお前に、それはお前が性的な目で見ているからだ、と言えるか?」

「…………」


 紅藍は目に涙を溜めたまま、机の脚に両手でしがみついていた。


「お前には失望した」

「そんな……違うんです。本当に……違うんです。全然性的な目で見てたわけじゃないんです……」

「そんなことは関係ない。異性に体を許すお前が、個人的に許せなくなっただけだ」

「体を許してたわけじゃありません!」

「風呂に入る」


 そう言うと茂は浴室へと向かった。


「そんな……なんで……なんでこんなことになったの……」


 紅藍は机に全身を預け、ただただ泣き崩れていた。


「なんでこんなことに……」


 ただただ、泣き崩れていた。




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ミラーリング茂だ
[良い点] こいつの母親らしいな
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