第19話 家宅訪問はお好きですか? 5
赤石が八谷の悪癖を矯正し、一時間半が経過した。
「出来たわね……」
「出来たな……」
八谷と赤石は二人して、出来上がった弁当箱を覗いていた。
弁当箱の中身にはスクランブルエッグや生姜焼き、彩りを加えるためのプチトマトや弁当箱に入れる定番でもある、蛸の形をしたウィンナーなどが入っていた。
途中、米や野菜を洗剤で洗おうとする定番のボケを繰り広げる八谷に対して赤石が諫めるなどの少々のごたごたはあったが、見栄えとしてはそこそこの物が出来上がった。
「じゃあ食べるぞ」
「ご実食下さい」
赤石は八谷に促され、弁当箱に手を付けた。
生姜焼きを口に入れ、咀嚼する。
「ど…………どう?」
八谷は恐る恐るといった口ぶりで、赤石を見た。
赤石はよく味わい、嚥下する。
一つ一つを確かに味わった赤石は八谷を見ると、
「絶賛するほどの美味さではない…………が、まずくも決してない。普通に美味いな」
「ほら見なさいよぉ!」
八谷はガッツポーズをし、目を爛々と輝かせ、赤石に詰め寄った。
赤石はその後も弁当箱の中身を食べるが、総じてそこそこの味を担保するものとなった。
「これであんたがいなくても全然問題ないわね! 本当……呼んだだけ無駄だったわ、はっ!」
八谷は半眼で赤石を睥睨する。
自分が作った料理を褒められ余裕が出て来た八谷は、更に言葉を重ねる。
「大体ね、レシピ通りにやれば誰だって出来るんだからあんたなんて全く必要じゃなかったわよ。あーあ、呼んで損したわ」
「レシピ通りやらなかったのはお前だけどな」
「何よ!」
八谷は出来上がった弁当箱に再度目を向け、薄く笑う。
「まぁ、あんたの助言には爪の先位は感謝してあげるわよ。でもあれはどうなのよ、あれは⁉ あんた私の料理最初食べたとき『まずい』って言ったでしょ⁉ あんた女の子のことちょっとは気遣おうとかいう気持ちない訳⁉ まずいはないでしょ、まずいは! 聡助だったら私の料理がどんだけまずくたって『美味しい』って言ってくれたわよ⁉ 本当あんた性格悪いわね!」
赤石は八谷の話を聞きながら、料理を食べていた。
手を止め、食べていたプチトマトを嚥下し、赤石は口を開いた。
「確かに櫻井ならお前の料理がどれだけまずかろうと美味しい、って言ってくれるだろうな」
「そうでしょ!」
赤石は、確信があった。
ラブコメの主人公となるような人物は、女から貰った手料理に『まずい』と直接言う事はない。
櫻井もおそらくは『まずい』とは言わないのだろう、と推測する。
「だけど、俺は櫻井じゃない」
「………………それは」
八谷は赤石の言葉に反駁の余地を失い、押し黙る。
「更に言うなら、お前のまずい料理に『美味い』という櫻井の行為が正しいのかどうかについても一考の余地があるとは思うけどな、俺は」
「………………どういう意味よ」
赤石の反駁が理解できない八谷は、目を細くして赤石の話を真剣に聞き入る。
「別に俺が性格悪いのはそれで構わないし、俺も自覚してる。だが、美味しくない物を美味しいと言う事がお前の言う優しさなのか?」
「…………そうよ」
「出来の悪い物を手放しで称賛して進歩の道筋を途絶えさせるのがお前の言う優しさなのか? 俺はそうは思わないし、そう思ったからといってそれを優しさじゃないとも、お前みたいに思ったりはしないな」
「……………………」
赤石の言葉を聞き、八谷は無言で下を向く。
「まずい物を美味しい、っていうのもそれはそれでその人間なりの優しさだってことには賛同するが、まずい物をまずいという人間が優しくない訳じゃないと思う」
「………………」
「それに俺は自分の料理がまずいならちゃんと言って欲しい。自分の力量を把握して次につなげ…………」
赤石はそこまで滔々と語り、八谷を目視した。
八谷はしなやかな拳を強く握りしめ、プルプルと震えていた。赤石はすぐさま、訂正する。
「悪い、言い過ぎた。お前が言う事にケチをつけるつもりはなかった。忘れてくれ」
「んん…………」
八谷は、掠れた声で否定した。
下を向いたまま、ごしごしと目元を拭い、顔を上げた。
「ま…………まぁ、あんたの言う事も一理あるわね! でも、聡助はその優しさを地でやってるんだから私は聡助が『美味しい』って言ってくれるだけで嬉しいのよ! この話はここでおしまい!」
「…………そうだな」
赤石はこれ以上八谷の機嫌を損ねないため、そこで口を閉じた。
櫻井が地で優しさを他者に振りまいている…………その予想が正しいとは、俺は思わないけどな。
櫻井の品位を、性格を、行動を疑う思考が、赤石の心を満たす。
赤石は咄嗟に口から出そうになった言葉を飲み込み、押し黙る。
赤石と八谷は無言のまま、静謐な時間だけがただただ無為に流れた。




