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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第5章 夏休み 後編
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第175話 船頭ゆかりはお好きですか? 2



 船頭から連絡を受け取り、その日はやってきた。


「……」


 船頭とのデート当日、赤石は待ち合わせ時間よりも十分ほど早く、集合場所に着いていた。


『ごっめーん、しゆう、ちょっと遅れそう。軽く時間でもつぶしててちょ』


「……」

  

 赤石の元に、船頭から連絡が行く。


「予想通りの人間性だな」


 特に何をするでもなかった赤石は、スマホにダウンロードした電子書籍を読んでいた。


「おっはー、しゆう!」

「……」


 声のしたほうに視線を向ける。そこには、短いスカートと華美な服装に身を包んだ、船頭がいた。

 肌は浅く黒く焼け、目元には薄い青のメイクをしている。肩で切りそろえられた髪は茶色がかっており、切れ長の目からは、その性格の苛烈さを感じさせられた。


「あっれ~しゆう、おしゃれじゃん」


 船頭は赤石の周りをぐるぐると周り、品定めをするように体中を見ていく。チェックの上着に凡庸なデニムパンツで揃えられた赤石の服装は、過日、高梨にアドバイスを受けてそろえたものだった。


「おっしゃれ~」


 船頭は両手で赤石をつんつんとつつく。


「……」


 赤石は終始無言だった。


「あれ、しゆうなんかあった? なんで無視? なんかノリ悪くない?」

「ああ」


 赤石はようやく、口を開いた。


「悪いけど、今日はお前と帯同できない。悪い」

「え、なんで?」

 

 赤石は唐突に、話を切り出した。


「俺が、お前の知ってる俺じゃないからだ」

「……?」


 船頭は小首をかしげた。


「何、その喋りかた? ニヒル気取り的な?」


 船頭はくすくすと笑う。


「もう~、前のしゆうに会わせてよ~」


 船頭はけらけらと笑いながら赤石の肩を叩いた。


「……悪い。本当に、違う」

「……え?」


 それでも尚、姿勢を変えない赤石に、船頭は失望の色を浮かべる。


「え、どゆこと? 説明して? 双子とか……?」

「違う、あの日お前と会った俺は今ここにいると俺と同一人物だ。が、あの時は意図的にそういう性格にしていた。そういうキャラを演じていた。それだけだ」

「……は?」


 船頭が赤石から二、三歩距離を取った。


「え、じゃあ私を騙してたってこと?」

「そういうことになる」


 赤石はうつむきながら、言った。


「……」


 船頭は無言で、赤石をにらんだ。


「最低」


 赤石の頬が、軽く平手打ちされる。


「意味わかんない」


 そういうと、船頭は踵を返した。


「……」


 赤石は、ただその場に立っていた。船頭はヒールをこつこつと鳴らし、赤石から遠ざかっていった。


 これで良かった。無理をした関係ではいずれどこかでひずみが生まれる。そのひずみはやがて修正できないほどの大きなものとなって自分に襲い掛かってくるかもしれない。

 

 恋愛関係で無理をした馴れ合いは、禁物だ。

 

 赤石は、そう考えていた。


「追って来いよ!」

「っ!」


 突如として後方から大声を出され、赤石は肩をびくつかせた。船頭は失望のまなざしで赤石を見下す。


「あ~なに、え~」


 船頭は頭をかきながら、ひねり出すようにして声を出した。


「しゆう、マジでそんな根暗なわけ?」

「ああ、そうだ」

「前のは百パーセントキャラだったってわけ?」

「そうだ」

「面白かったのも?」

「そう断言するには個人差がある」


 赤石は自分の姿勢を崩さない。


「俺は一貫性がある。女の前だろうが権力者の前だろうが、俺は俺であることを失わない」

「はぁ、何それキモ」


 船頭は赤石の頭に手刀を下ろした。


「付き合えよ、根暗」

「……」


 次は、赤石が船頭の前で呆然とする番だった。


「はぁ!? あんた、女の子呼び出しといて早速帰らせて良いと思ってるわけ? 頭おかしいの? 今日私があんたのためにどれだけ苦労して準備して来たと思ってるわけ?」


 船頭は赤石に顔を近づけ、怨嗟を吐き出す。


「だからどうした。そんなものは俺と関係ない。そんなことを俺がいつ望んだ。お前が勝手にやったんだろ。他人のために、と主張するならまずその他人の意見を聞け。そうするのが嫌だったなら何もせずに一番楽な格好で会いに来い。少なくとも俺はお前に負担を強いたくはない」

「はぁ!? マジキモいお前。絶対モテないだろ。そんな格好で外出れるわけないじゃん死ね」

「ならお前の自己満足だろ。自己満足をあたかも俺が望んだみたいな言い方をするな。気持ちは汲むが押し付けるな」

「死ねクズ! 死ね! 死ね死ね死ね!」


 船頭は赤石をなじる。ヒールで赤石の足を何度か蹴った。


「モテないだろ、お前」

「まさしく」


 赤石はため息をついた。


「お前の望むように、女の子はこうやってメイクしてお化粧に時間をかけて頑張って来てくれるのに、僕は何もしてこない。そう思うと僕も女の子たちのようにちゃんと頑張って、相手に見合うような男にならないといけないな、と思った。と、言うことは簡単だ。そうすればお前に好感を持ってもらえることも分かっている。でも、言わない。それは俺を偽ることになる。無理をした関係が続くことになる。最後に待つのは破綻と崩壊だと、俺は思う」 

「は? 意味わかんね。死ね」


 船頭は視線を外し、吐き捨てるように言った。


「例えば俺が、君のために十万円もするスーツに高級車で迎えに来てあげたよ、と言うとする。それは傲慢で、ただの自己満足だ。その男の誘いを断った時に、僕が君のためにどれだけ仕事を頑張ったと思ってるんだ、と言われるのは心地良いか? 必要なのは思想の押しつけ合いじゃあない。互いに互いを理解して、思いやることだと俺は思う。正義と個人的な価値観を振りかざすことが正しいとは思えない。私はこんなにお化粧して努力している、でも、俺はこんなに仕事を頑張って稼いでいる、でもない。ただ自己満足の自慢合戦で相手を消耗させることでもないんじゃないのか。お前の気持ちは分かった。妥協できるところは妥協しよう。気持ちだけありがたく受け取って、理解出来るところは理解する。けど、俺は俺であることを止められない。申し訳ない」


 赤石は頭を下げた。


「……ちっ」


 船頭は舌打ちをし、鞄を赤石に渡した。


「なら付き合え根暗。今日の費用は全部お前が持て。鞄も買った物も持て。お前が譲歩しろ。これでいい?」

「根暗じゃない。し・ゆ・う・だ・ろ?」


 赤石は意趣返しのように、馬鹿にした顔で船頭に言う。


「死ね、根暗が」


 船頭は額に青筋を立てながら、言った。








「おい根暗」

「……」


 赤石は船頭と並んで、ショッピングモールを歩いていた。映画を見に行く約束をしたが、実際に船頭とデートをすることになるとは想定していなかったため、何の目的もなくただぶらつく。


「おい、根暗って」

「……」

「ちっ! しゆう!」

「なんだ」


 船頭は舌打ちをし、投げやりに言った。


「なに、あんた。自分が私を騙してたくせに呼び方は統一するわけ?」

「騙されるほうが悪い」

「それ完全に詐欺師のセリフ」


 船頭はガシガシと赤石の頭を叩く。

 そういえば八谷も櫻井に暴力をふるう癖があったな、と益体もないことを考える。


「タピオカ飲みたい」

「じゃあ行くか」


 船頭はタピオカミルクティーを買い求め、近くのテーブル席に座った。


「てか、私いまだにしゆうのあれがキャラだったって信じられないんだけど。人間ってそんなこと可能なわけ?」

「人間なら誰でも出来る」


 赤石もまた、投げやりに言う。


「それにあんたタピオカ頼んでないじゃん? 飲まないの?」

「流行はあまり好きじゃない」


 赤石は何も頼んでいなかった。


「船頭は変わりないな」

「あー、その船頭っていうの止めてもらっていい? なんか気持ち悪い」

船長ふなおさとかのほうがいいのか?」

「いや、そういうのじゃないから。ゆかりって呼べ」

「ゆかり」

「何?」

「いや、呼べって言われたから呼んだだけだ」

「きも」


 船頭は飲んでいるタピオカを撮り、スマホをいじった。


「てか、本当意味わかんないんだけど。どういうこと? あれは完全にキャラクターってこと? なんであんなこと出来んの?」

「人間は誰でも、与えられた役割を忠実にこなしているだけだ」


 赤石の言葉に、船頭ははぁ? と悪態をつくことで返した。


「俺もお前も、何らかの役割をこなしているだけだ。赤石という人間の役割を。船頭という人間の役割を」

「いや、意味わかんない。具体的に」


 赤石はバッグから紙と鉛筆を出した。


「人間は誰しも、キャラクターを演じることを求められる。世間に、社会に、そして周りの人間に」

「うん」

「相手の求める自分を演じる、そういうことをしたことはないのか? 家族の前と他人の前のお前は同じか? 自分を偽っていると思ったことはないか?」

「いや、考えたことない」


 赤石は紙に、求めるキャラクター、と本来の自分、と書いた。


「お前彼氏は?」

「いや、いるわけないじゃん。しゆうと会いに来てんのに」

「違う。いたことは?」

「まあ、二か月くらいはあったけど」

「うまくいったのか?」

「全然」


 船頭はストローから口を放した。


「例えば、俺たちは恋人の望むキャラクターを演じなければいけない。恋人が望む“自分”になりきるわけだ。恋人が好みそうな人間性を演じる、と言ってもいいかもしれない。恋人が好きそうな、好感度が高そうな人間性を演じる」

「それは分かる」

  

 船頭は頷いた。


「朝の俺とお前のやり取りも、俺がお前の意見に完全に阿諛追従して、申し訳ない、ごめんなさい、と謝ればそれは好感度の高そうな人間になっただろう」


 櫻井のように。


「でも、俺は俺であることを止められない。止めたくない。一個体としての人間でありたい。好感度よりも自分らしさを優先したい。だから、俺はそうできなかった」

「まあ……分かりたくないけど分かる」


 船頭は不満げに、言う。


「恋人の好きなキャラクターをずっと演じていると、その恋人の趣味嗜好が自分の中に入ってきて、自分が失われる。互いが互いに似たような、お互いに嫌われないような、相手の趣味に互いが合わせたような人間が二人出来上がる。そういうことにもなりかねない」

「ん~、まあそうかも」


 赤石はシャープペンシルで紙をトントンと叩いた。


「お互いに演技をしあわない関係で上手くいくのがベストだろうし、そうなっているアベックもたくさんいるだろう。だが、そうでないやつらも、いる。完全に自分に合う人間なんて、皆が皆見つけられるわけじゃあない」

「アベックって古」


 赤石はシャープペンシルから手を放した。


「そこで、多くの恋人、あるいは異性から好かれそうなキャラクターというものが存在する。それが、過日俺がお前にやって見せたキャラクターであり、それは男女問わないだろう。男なら下心クソ野郎、女ならあざとい自称天然野郎と言われるわけだ」

「……」


 船頭のタピオカジュースは残るところわずかとなった。


「あ、ゆか、お前微妙に残すなよな~。俺が飲んどいてやるよ」

「え、ちょ……」


 赤石は船頭のタピオカミルクティーを取り、飲んだ。


「ちょ、何す……」

「ゆか本当反応遅すぎ。タピオカがストロー上がってくる並みの反応速度じゃん」


 あはは、と赤石は笑った。


「まあ、例に挙げるとこういう感じだ」

「こわ」


 船頭は戦々恐々赤石を見た。


「こういうタイプの男が、多くの女から注目を浴び、モテる。女バージョンもあるだろ。全く意識していないこともないんじゃないか」

「まあ、多少はあったりするけど、別に意識なんてしてないし……」


 船頭は髪をくるくると指で巻き取り、うつむき加減ですねた顔をした。


「……」

「はい、引っかかった~。しゆう変態~」


 船頭は赤石の額にでこぴんをした。


「なるほど。面白い」


 赤石は、薄く笑った。






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[一言] こいつら意外と気が合いそうだな
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