第174話 船頭ゆかりはお好きですか? 1
昼下がりの午後、赤石、須田、三千路、高梨の四人は別荘で勉強をしていた。
「悠、国語の試験って対策方法なくない?」
「同感だよ。古文と漢文以外何をすればいいのか分からない」
「人の気持ちを察しろとか難しすぎるよな~」
「他人の気持ちに鈍感だからよ、あなたたちは」
三千路の言を切っ掛けに、四人が口々に喋る。
「そういえば」
高梨が口火を切った。
「前、赤石くんが帰った後、櫻井君が来たわよ」
「……そうなのか」
赤石は高梨を見ずに、言葉を返した。
「お風呂に入ろうとしたところで櫻井君が来て大変だったわ」
高梨は、なんともなしに言う。
「俺いまいち櫻井ってどういう人物なのかあんま知らねぇんだよな」
「あの夏祭りにいた人ね」
須田と三千路が口を挟んだ。
「てか、入浴中にって、大丈夫だったのかよ?」
「大丈夫よ、入るフリだったから」
「……?」
須田と三千路は小首をかしげた。赤石だけは、その真意に気付いていた。赤石は手を止め、高梨に話しかける。
「何があったんだ?」
「そうね、私とお父様、お母様との不仲を取り持ってあげる、と言われたわ」
「そうか」
高梨と両親との仲を良好なものにするため奔走する、それはなんともラブコメの主人公じみた行動。
「仲が良くなるならいいんじゃないか」
赤石は投げやりに言ったが、高梨は昏い目で赤石を見た。
「断ったわよ」
「……」
沈黙。
「勝手に人の家族関係に踏み込んで仲を取り持ってあげるだなんて不遜なことを思わないで、いつでも私があなたの思い通りになると思ってるなら大間違いよ、と、そう言ってあげたわ」
「……」
話についていけない須田と三千路はペン回しの練習をしていた。
「お前、良かったのか? 婚約者だろ」
「もうそんなの全然違うわよ。私は櫻井君とは決別したの」
「……そうか」
赤石は神妙な面持ちで呟いた。
「でも、お前が親と仲直りした方が良い結果になったかも分からなくないか?」
「そんなわけないでしょ」
高梨はぴしゃり、と言う。
「私はあなたがそうやって自分を客観的に見ようとしているようなスタンスが気に入らないわ。嫌いな人間のやることにまで正当性を見つけようとしているようなスタンスが嫌いだわ」
「悠、あの夏祭りの人嫌いなの?」
「そうよ」
高梨は赤石の代わりに、答える。
「嫌いな人のしていることは全て嫌い。それでいいのよ。そして櫻井君の行動は少なくとも私から見て正しいとは言いたくないわ」
高梨は俯いた。
「両親と仲を良好なものにしたいなら私自身が一人で、自分の力でそうするわ。両親と仲良くしたくないなら自分の力で離縁をつきつけるわ。私が何も出来ない女だと思って、自分がいないと何もできない女だと思われて、独善的な正義を振りかざされる方が、私にはよっぽど苦痛よ」
「……」
なるほど、それは高梨らしい。
「じゃあ頑張れよ」
「そうね。私は自分の力で頑張るわ。あなたも応援しなさい」
「ああ」
須田と三千路は不安げな顔を残したまま、勉強に戻った。
ブブ、とスマホが鞄の中で振動した。振動が伝わった赤石はスマホを見る。
『しゆう、ちょっといつになったら誘ってくれるわけ!? 映画館デート早く誘うべし』
「……?」
赤石は『カオフ』の連絡を不思議そうに眺めていた。なんだこれは、と面識のない人間からの連絡を不思議に思う。
「……」
数秒の後、赤石は思い出した。霧島主催の合コンに行った時に知り合った女、船頭からの連絡だった。
「どうしたの赤石君、そんな険しい顔をして」
スマホに目を落とし、暫くの間沈黙している赤石に、高梨が声をかけた。
「カオフに連絡が来た」
「それがそんなに深刻になるのかしら」
「デートの誘い方について考えていた」
「「デートオオオオオォォォォッ!?」」
先程まで一心不乱に勉強をしていた須田と三千路が赤石に驚愕した。
「え、デートに誘う!? 悠が!? デート!?」
「ああ」
「見せろ!」
「ああ」
赤石はスマホを滑らせ、三千路に渡した。
「私に貸しなさい」
「まだ私見てない!」
三千路の下に滑ったスマホを、高梨が取り上げる。
「……」
「……」
「……」
三人は静かに、黙って赤石の『カオフ』を見ていた。
「これは……」
「そうね……」
「悠……」
三者三様の感想を述べる。
「「どこで会った!?」」
高梨はふふふ、と笑っていた。
「同級生に誘われた合コンで会った」
「合コンだぁ!? はぁ!? 悠が!? 手を上げろ!」
三千路が指を銃の形にし、赤石に向けた。赤石は両手を上げる。
「悠はそんなことしない! そんなことする奴は赤石悠人じゃない! 誰だ!」
「赤石悠人だよ」
「なんでそんなことした!? 早く言え!」
「言うからその物騒な物下ろしてくれよ」
「ちっ!」
三千路は舌打ちをし、銃の形をした指を下ろした。
「俺の思うモテるやり方をすればモテるのか、と思った」
「ナニソレ」
三千路は無感動に言う。
「そして、モテた。デートする約束をした。だから行く」
「えぇ!? そ、そんなやり口で良いの悠は……!? いつからそんな人間になっちゃったんだ……」
三千路は、地面に膝をついた。
「悠も何か考えがあるんだろ?」
「まあ、あると言えばあるし、ないと言えばない」
無策だった。
「それでその子と上手くいったら付き合うことになるのかしら?」
「そうなるんじゃないか」
赤石は言った。
「どっちにせよ、次会う時はプレーンな俺で行く。それで慕ってもらえるならそれでいいだろう。素の俺がモテるなら俺は何もしていない。故に、そんなことは起こらない」
「なるほど……」
帰納的推理というやつね、と三千路はぶつぶつと呟く。
「まあ悠、気を付けて行って来いよ」
「サンキュ」
須田が赤石の背中を叩く。
「結果が出たら私に教えてね」
「ああ」
高梨は嫣然と微笑む。
「付き合うことになったなら私が赤石君のあることないことを直接言ってぶち壊してあげるわ」
「止めてくれ」
ノーサンキューだ、と付け加える。
「まあ、楽しんでくると良いわ」
「…………そうだな」
楽しめればな。赤石は『カオフ』で、デートに誘った。




