第173話 水族館デートはお好きですか? 2
フードコートへと着いた赤石と八谷は、頼む料理を考えていた。
「赤石何食べるのよ? 結構色んなお店があるわね」
「水族館にしては充実してるな」
カレーにラーメン、ポテトにチャーハン、ハンバーグと、様々な取り揃えがあった。
「俺はそばでいい」
「そうなの? じゃあ私はカレー食べるわね。そうしたら二人で半分ずつ食べれるわよね?」
八谷は言う。初めて八谷と外に出た、櫻井と共に外食に行ったあの時を思い出した。
「そうだな」
赤石は小さく、そう呟いた。
赤石と八谷はそれぞれの料理を頼みに行った。
「カレー服にこぼすなよ」
「そっちこそ」
赤石と八谷は食事を始めた。
「水族館、面白いわね」
「そうだな」
「あ、あと、私のこと知りたいっていうのは具体的にどういう……」
八谷はちらちらと赤石を見ながら、気取られないようにカレーを食べる。
「ああ」
赤石は手を止め、八谷を見た。
「櫻井ってどういう奴だ?」
「………………え?」
赤石の言葉に、八谷は固まる。
「俺と八谷、一年は違うクラスだったから面識なかっただろ?」
「う、うん」
「八谷と櫻井は一年の時同じクラスだったんだろ?」
「うん…………」
八谷はスプーンを置いた。うつむきがちに、言う。
「どういう経緯でああなったんだ」
「……」
八谷は両手を膝の上に乗せ、黙り込んだ。
赤石はそばを食べ進める。
「最初は」
八谷が口を開く。赤石は手を止めた。
「最初は、高梨さんしかいなかったの」
ぽつり、と言い始めた。
「最初は聡助は高梨さんと二人でいたんだけど、私が聡助と出会って……」
八谷は下唇を噛む。
「私が花瓶の水毎日入れ替えてたの、聡助が気付いてくれて、そこから段々仲良くなっていって……」
「そうか」
赤石は言う。
「良かったな、見つけてもらえて」
「……」
あきらかに、悪意のある一言。
他の奴らは誰もお前と同じレベルの善行を積んでこなかったんだな、という抗議。
「それで、葉月さんもそこに加わって、私たちが聡助の取り合いみたいになって……そしたら幼馴染の新井さんがダメダメってやって来て、いつの間にか水城さんもやって来てて……それでそのまま一年生が終わったのよ」
「……そうか」
最初は幼馴染しか櫻井の周りにいなかったが、櫻井が八谷を見つけ、手玉にしてからハーレムが加速していった。そういうことだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
赤石は無言でそばを食べていた。
「赤石、最近ちょっと怖いよ……」
八谷がぽつり、と言った。赤石は目を見開く。
俺が、怖い……?
「……ぁ」
八谷は赤石を見ると、途端に口を手でふさいだ。
「ご、ごめんなさい、赤石……。ごめんなさい、私……ごめんなさい……」
八谷は必死に、何度も謝る。
怪物を倒す時に、自分も怪物にならないように気を付けるべきだ、という言葉が脳裏を過った。
怪物を倒す時に同じ怪物にならなかったとしても、櫻井にならなかったとしても、鬼にはなるんじゃないだろうか。
悪に、身をやつすこともあるんじゃないだろうか。
赤石は八谷を見た。
「悪い……」
「え、そんな……私が悪いのに……」
八谷はしゅんとした。
「謝らないでくれ。俺とお前は対等なはずだ。気を付ける」
「ううん、私が悪かったのにごめんね、赤石に謝らせちゃって……」
八谷は頭をかいた。
「あ、半分食べたからよこしなさいよ」
「ああ」
八谷は赤石のそばを分捕った。赤石は代わりにカレーを貰う。
「赤石、私赤石のこと好き」
「…………ありがとう」
赤石と付き合ってしまってもいい、とも取れる八谷の言葉に、赤石はただ微笑むことしか出来なかった。
文化祭の時に聞いた言葉。
あの時自分が八谷を抱きしめていれば何かが変わったんだろうか。櫻井が好きだけど赤石も好き、と言う八谷の言葉を聞いて抱きしめることが出来たなら、何かが変わっていたんだろうか。
「……」
赤石は何も考えず、手を動かした。
昼食を取った赤石たちは、イルカショーを見に来ていた。
「キャーーーーーーーーッ!」
水しぶきが赤石たちの方に飛んでくる。赤石も八谷も防ぎきれず、多量の水をかぶる。
「あははははははは、赤石オールバック」
八谷が赤石を指さし、笑った。赤石は半眼で八谷を見る。
「何よその顔は! 文句あんの!」
「ねぇよ」
赤石と八谷はイルカショーを楽しんだ。
「赤石赤石、見てこれ!」
八谷は大きな水槽の前で魚たちを見上げていた。
「は~~~~、凄いわねぇ、赤石」
「でかい水槽だな」
水槽の中を泳ぐ多種多様な魚に、見とれる。
「赤石どの魚が好き?」
「美味そうか、ってことか?」
「違うわよ! 目で見て楽しむにはどれがいい、ってこと!」
「……あれかな」
赤石はイソギンチャクに隠れる魚を指さした。
「あれ映画の主人公にもなってたわよね。え~っと……」
「カクレクマノミだな」
「へ~」
八谷はカクレクマノミを見た。
「いつも隠れてこそこそしてるあんたにはお似合いね!」
「じゃあお前は何だよ」
八谷は少し考えた。
「今は見えないけど、クリオネ……とか!」
「ああ」
「可愛いでしょ」
八谷は自慢げに赤石を見る。
「あの捕食シーンが怖いやつだな。確かにお前と似てるな」
「え!? 何それ!? 聞いたことないわよ!」
赤石はクリオネを調べ、八谷に見せた。
「やっぱなし! 今のなし! 絶対ダメ! 私もカクレクマノミにする!」
「勝手にしとけ」
「赤石赤石、見てこれ」
八谷は水族館の物販コーナーを回っていた。
「どれが良いと思う?」
八谷は魚の帽子をかぶり、赤石に見せていた。
「こっちはどうよ?」
八谷はハコフグの帽子をかぶる。
「普通」
「じゃあこっち!」
八谷はカクレクマノミの帽子をかぶった。
「さっきよりはマシ」
「何よその言い方! ちょっと、もうちょっとあるでしょ!」
「じゃあ似合ってる」
「……」
ふふふ、と八谷は笑った。
「まあ、別に今まで言われ慣れて来たから別に今更あんたにそんなこと言われても嬉しくもなんともないけど? まあ、別に嬉しくもないけど?」
八谷は浮足立つ。
「そこまで言うならこれ買うわよ。あぁ~、仕方ないわね、本当赤石って強欲」
「そうか」
八谷はカクレクマノミの帽子を買うことにした。
「あ、そうよ! 折角だから一緒のキーホルダー買いましょうよ! お揃いよ!」
「なんでだよ」
一蹴。
「何よ、いいでしょそれくらい! 思い出を否定する気!?」
「いや、別にいらないだろ」
「いるいるいるいる、いるったらいるの!」
八谷は赤石をキーホルダーのゾーンへと引っ張る。
「これ! これ買いましょうよ!」
八谷は水族館のマスコットキャラクターのキーホルダーを指さした。
「買えばいいんじゃないか?」
「じゃあ赤石もそれにしなさい」
「なんでだよ。買わねえよ」
「なんでよちょっと! じゃあ私が二つ買うからあんたにあげるわよ」
「余計嫌だよ」
「じゃあ自分で買いなさいよ」
「~~」
結局、折衷案として赤石と八谷はデザインが同じだが種類は違うキーホルダーを買った。
「あ~、楽しかった」
八谷は腕を大振りしながら赤石の前を歩いていた。
「ねえ!」
八谷は振り返り、赤石を見た。
「また今度どこか行きましょうよ」
「空いてればな」
「空いてればって……」
八谷はくすくすと笑う。
「あんた空いてる日しかないじゃない」
「そんなことはない」
「そんなことあるでしょ。じゃあ何があるって言うのよ?」
八谷は小首をかしげる。
「高梨のことだったり、色々だ」
「色々って……? もしかして女の子とどっか行ったりすることあるの、あんたにも?」
「まああるにはある」
ボーリング大会の合コンで出会った女とな、とは言わなかった。
「へ~、あんたもまあまあモテるのね。まあ別に私には関係ないけど」
八谷は言う。
赤石と八谷は駅へと着いた。
「じゃあな、八谷。ここでお別れだ」
「…………うん」
八谷はしゅんとした。一日一緒にいると、離れるのが寂しいわね、と八谷は笑った。
「また会いましょう」
「そうだな……」
赤石と八谷の間の扉が閉まる。赤石は八谷を見送った。




