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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第5章 夏休み 後編
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第171話 高梨の別荘はお好きですか? 7



「たかな……し」


 浴室を開けた櫻井は眼前の光景に、息を飲んだ。


「やっぱり来たわね、聡助君。来ると思ってたわよ。ドアを開けてて良かったわね」

「たかな……し?」


 眼前で服を着たまま浴室にいる高梨に、櫻井は疑問形で返答する。


「実はあなたのこと外で見たのよ。赤石君が帰るまで待ってたのね。早めに帰して正解だったわ」


 高梨は手持ちの勉強道具を一瞥する。


「よ……」


 櫻井は胸に手を当てた。


「良かった~~~~~~~……。高梨、お前が無事で良かった。俺はてっきり赤石に何かされてるんじゃないかと思って気が気じゃなかった……」

「ふふふ」


 高梨は笑う。そして、


「嘘吐かないで」

「……え?」


 ぴしゃりと、言った。


「ど、どしたんだよ高梨、また赤石に何か言われたのか?」


 櫻井は高梨に一歩近寄った。


「けどもう大丈夫だぞ。俺が来た。いやあ、赤石ってやっぱ人を陥れようとする所あるからなあ。ほら、俺とか赤石に信用されてないし、だからお前のことが心配で。赤石俺のこと嫌いだからさ、俺お前のこと何も聞いてなかったんだよなあ~」


 櫻井は、あははと笑った。  


「そうやって赤石君ばかりを悪者にするのは止めてちょうだい。自分は悪くないなんてスタンスをとって、あたかも自分だけが被害者みたいな顔でいちいち寄ってこないで。被害者はどっち? 赤石君じゃない」

「な、なんだよ高梨、赤石に何言われたんだよ? 俺お前が心配だよ」


 櫻井は高梨の手を取ろうとするが、高梨は手を払いのけ、後退した。


「止めてよ、気持ち悪い……」

「高梨……なんで……」


 茫然自失と、櫻井は立ち尽くした。


「赤石君が私に何か言ったから私があなたを嫌いになったとでも思ってるの? 私が自分のことも考えてないような、そんな甘言に騙されて自分を変えるような人間だとでも思う? そんなわけないじゃない。何? 俺赤石に信用されてないからな、って。信用されてないのは赤石君じゃない。なんであなたが被害者ぶってるのよ。なんで自分が悪い立場にあるみたいなことを言う訳?」

「そ、それはそうだろ! 赤石が俺のことを信用してないから俺が何の情報も得られないで……何も教えて貰えないで……!」


 櫻井は声を荒らげる。


「赤石君があなたを信用しないから情報が得られないんじゃないでしょ。どうせあなたが赤石君に非道いことしたから何も教えて貰ってないだけでしょ? どうしてあなたは自分が何もしてないのに赤石君が一方的に信用しなくなったなんて立場が取れるの? 私が赤石君もあなたもよく見てないと思ってるから? そんなわけないじゃない。そんなわけ、ないじゃない」

「違うって言ってるだろ!」


 櫻井は高梨を見た。


「私はきちんとあなたのことを待ったはずよ。子供のころからあなたと接してきたんだからいつかは変わるだろう、いつかはこの人と添い遂げる日が来るんだろう、と思ったわ。でもあなたは私の期待を裏切ったわ。……いえ、裏切ったなんて被害者ぶった言い方はあなたと同じね。私はあなたを見捨てたわ」

「何が」


 櫻井はドスを利かせた声で言う。


「どうせあなた私のこと好きじゃないんでしょう? あなたが今私の浴室に来たのだって、犯罪よ。あなたが好きなのは私じゃないでしょ? 色んな女性にモテている自分、でしょう。あなたが守りたいのは私でもあなたの取り巻きでもないわよね。あなたが守りたいのはモテている自分と、そのちっぽけなプライドよ。私のことが好きでもないのに思わせぶりな態度で引き留めて、我欲に従って女の子を振り回して。そんな身勝手なあなたにはもう係わりたくないわ」

「~~~~」


 櫻井は拳を握りしめ、壁を殴ろうとした。が、すんでの所で止める。


「俺たち婚約者だろ……」


 ぼそ、と櫻井が俯きながら言った。


「ええ、そうね。私はあなたと結婚するはずだったわ、確かに。でもそれも決められたことでもなければ、あなたがそれを喧伝するわけでも認めたわけでもなかったでしょう? いわば、誰も認めていない、ただ私だけがそう思っていた、そういう話でしょう?」

「……」

「でもあなたは私とは結婚したくないみたいね。周りの女の子をキープするみたいに私もキープして。おまけに自分のハーレムが壊れそうになったら真っ先に私のことを切り捨てるんだからお笑い草よ。そんなことをしても自分が一声かければ私があなたにほいほいついていくような意志の弱い女だと思った? ちょっと優しくすればすぐに落ちるような他の女の同じだと思った?」


 高梨は、嗤う。


「馬鹿にしないでよ」


 強い口調で、言い放った。


「私よりも自分のハーレムの方が大事なあなたに惚れるわけないじゃない」

「じゃあ赤石に告白するってのも、事実なのかよ……。お前、赤石と付き合ってんのかよ……」


 睨むように、櫻井は言う。

 高梨は、暫時黙り込んだ。この返答次第で櫻井の行動が変わる気がしたからだった。


「そんなことあなたに関係ないでしょ」

「……」


 高梨は赤石に告白するというブラフを用い、櫻井の行動を見極めた。自分が他の男に告白するとなった時に櫻井は動くのか、その行動を櫻井を計る試金石にした。

 

 赤石にまで噂が広がることは予想外であり、赤石に迷惑をかけたことは申し訳なく思っていたが、櫻井にその行為が伝わるようにしたのは、櫻井を計り、謀るものだった。

 そして結果、櫻井は高梨に関心を示さなかった。


「……」


 高梨は首を振る。

 いや、違う。

 それも見越したうえで自分はそう仕向けたのかもしれない。赤石にその言葉が届くように仕向けたのかもしれない。そういう自分があったのかもしれない。


 高梨は少し、自身の行動の浅はかさを悔いた。


「なあ、高梨……考え直してくれよ。お前、今両親と喧嘩してるんだろ? だからまともな判断が出来なくなってると思うんだ。ほら、一緒に頑張ろうぜ? 親と仲が悪いのなんてよくないことだろ? 俺も一緒に仲直りの方法考えるからさ。一緒に頑張ろうぜ?」

「そういう所も嫌なのよ」


 見下げた男ね、と付け加える。


「そうやって人の弱みに付け込んで優しさを振りまいて。何? 親と一緒に仲直りさせる、って。私は別に親と仲直りしたいなんて言ってないでしょ? なんで私が親と仲直りがしたい、親と喧嘩した可哀想な女だ、ってレッテルを貼るわけ? 別に親と仲直りしたくない人だっているでしょう。自分の善意を押し付けたいからって、勝手に人の気持ちを決めつけないでよ。私はもう絶対にあなたには近寄らないし係わりたくもないわ。精々残った女の子たちでハーレムでも楽しめばいいわ。消えて」

「…………」


 櫻井は無言で踵を返した。


「……」


 櫻井はゆっくりと、一歩ずつ歩く。そして、高梨の家から出た。


「くそっ!!」


 櫻井は大声で叫び、近くの石を蹴り飛ばした。


「……っ」


 高梨はその場でくずおれた。


「はあ……はあ……」


 息が切れる。首にじっとりと、汗をかいていた。

 首から、腕から、足にかけてびっしょりと書いた汗を、高梨はぬぐった。


「はあ…………はあ…………」


 ゆっくりと、息を整える。


「怖かった……」


 高梨は恐怖していた。櫻井と対峙することに、恐怖を感じていた。


「やっぱり赤石君と統貴を残しておいたほうが良かったわね……。こんな怖いとは思わなかったわ……」


 高梨は背後に隠していたスタンガンを見た。


「これを使うようなことにならなくて本当に良かったわ。赤石君、私が犯した罪は自分でそそいだつもりよ」


 高梨はその場にいない赤石に向けて、自分の罪を懺悔した。


「本当に良かったわ……」


 高梨は櫻井が入って来たドアを閉めに行った。


「さようなら、櫻井君」


 高梨はぼそり、と独り言ちた。





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