第168話 高梨の別荘はお好きですか? 4
「こんな所で何をしてる」
「え、なに、いきなり」
二度目となる邂逅に要を得た赤石はずんずんと新井へと歩み寄った。
「いや、別に、ここに来たら面白い物が見れるって見たから来ただけだし」
葉月と同じ理由なら、また霧島が絡んでいるのだろう。
呆れて物も言えない。
「そんなものはない。帰れ」
「え、なんだしその言い方。逆に何か隠してるみたいで気になるし」
「何もない」
「何かあるし」
「何もない」
「あ、八宵っち関係の何かとか?」
「……」
無言で、新井を見る。
赤石は新井と朝の当番を共にする仲であり、多少新井の素性は知っていた。
「お前は高梨探しに同行してたのか?」
「だったらなんだし」
櫻井の機嫌を伺い、おもねるためだけの同行。
「……」
「……」
「はぁ……」
新井は一つ、大きなため息を吐いた。
「もうどうでもいいし」
「……?」
突然の言葉に、赤石は頭を振る。
「正直八宵っちとかどうでもいいし」
「……」
沈黙。
「そもそも八宵っち前からずっとウザかったし。毎回毎回聡助に絡んできて鬱陶しいことばっかり言って、本当いなくなってせいせいしたっていうか」
「……」
「大体八宵っちの言い方毎回毎回キツくて正直一緒にいるのも嫌だったし」
「……」
「あぁ~、本当いなくなってくれてよかった」
新井は瞳孔を見開いた。
「本当、いなくなってくれて、せいせいしたし。家出とかしょうもないことして苦しんでくれて、せいせいしてるし」
明らかに、悪意のある、それ。
「何? 何か言えよ」
新井は赤石に言葉を急かす。赤石も、口を開いた。
「お前は、いつまでも変わらないな」
新井は初めて朝の当番を共にしたときから、ずっとこうだった。
「お前は自分の思ってることを全く隠そうとしない。自分の言葉に自信を持ってるのか?」
「は? 保護者ぶるなし。うっざ」
頬をかき、足元の石を蹴った。
「もう八宵っちも、八宵っちに味方するお前も関係ないから言うけどさ」
顔を上げ、赤石を見下し、
「お前って本当キモイよね」
手に持った石を赤石の足元に投げつけた。
「死ねばいいのに。本当、死ねばいいのに」
二度。
「お前見てると本当不愉快なんだわ。今まで聡助と仲良いかも、と思ったから仲良くしてやったけどさ、どうせお前と関わる機会もうないし言うわ。私、お前見るたび正直吐き気しそうだったわ。」
「仲良くしてくれなんて頼んでいない」
関わることによるメリットがなくなったからか、櫻井が高梨を探すことに躍起になっていることへの嫉妬か。どちらにせよ負の感情から吐き出される事実、真実。
「私八宵っちと同じで、思ったことなんでも言っちゃうから。ごめんねぇ、悪い気分になったら」
馬鹿にしたような顔で、せせら笑う。
「私あんた嫌いなんだわ。赤石。いっつもいっつも聡助見てぶつぶつぶつぶつ、気持ち悪いんだわ。文句ばっかり言って、そうやって圧倒的な高みから他人を見下ろして見物してやってるって思ってるの分かるから。そうやって人を馬鹿にして自分だけは他人より優れた観点から物を見てる、とかそういうスタンスで人評価してるのバレバレだから。他人を評価して悦に入ってるのが目に見えるから」
赤石は無感情に、新井を見る。
「自分は凄い、自分はあいつらとは違うんだ。自分だけはあいつらのしてることを馬鹿に出来る人間なんだ、あいつらは見下すべき人間だ、ってそう思ってるって顔に書いてあるから。私が今までずっとお前の気持ちの悪い独り言に付き合ってきたの分かる訳? わかんないよねぇ! お前みたいな何かを分かった様な気になってるような奴に!」
語気を荒げ、粗雑な足取りで赤石に近づく。赤石は、退かない。
「他人を見下して悦に入ってるような人間に私の言ってることなんて分かる訳ないよねぇ!? 今まで私のことも馬鹿にしてたんでしょ!? 聞いたことあるから! 私のことずっと馬鹿にしてたって聞いたことあるから! 自分は何もしないのに優れたような顔出来るんだから良いよねぇ、孤独気取って独りで気持ちよくなってんだから!」
誰に何を聞いたのか。そんなことは、今ここで訊いたところで何もわからない。
「私の気持ちわかる!? こんなぶつぶつ言ってるような奴に見下されてるなんて知ったら我慢出来る訳ないよね⁉ なんで私がこんなやつに見下されなきゃいけないんだ、って思って当然だよね! だってお前何してたって私より下なんだから! 顔も、運動も、社交力も友達も、何もかもお前より私のほうが優れてるから! お前より下なわけないから! 何気取ってんだよ!」
新井は赤石に顔を近づけ、衝いた。
「ふざけんなよ! 私はお前より優れてんだよ! 私を見下すんじゃねぇよ! 良かったなぁ、お前! これがお前の大好きな高梨ちゃんと同じ、自分の思ったことをそのまま口に出す女だよ!」
新井は赤石を突き飛ばした。赤石は軽く後ずさり、その場にとどまる。乱れた服装を直した。
深く息を吸い、赤石もまた、新井に向いた。
そして、
「よくもそこまで人伝に聞いたような言葉で怒れるもんだな。俺よりも他人が言ったことの方が正しいと思ってるなら、情報収集能力ではお前の方がはるかに下だな」
同様に、一層馬鹿にしたような顔で、赤石は言った。
「こ……のっ!」
新井は赤石につかみかかろうとする。新井の右手から放たれた平手打ちが赤石の頬に到達する前に、赤石は新井の手首を掴んだ。
「どうやら力じゃ俺の方が上みたいだな」
「クソがっ!」
次いで放たれる左手を、同様にして赤石は掴んだ。
「死ねっ!」
右足の蹴りを、赤石は足で止める。
「死ね死ね死ねっ!」
武器を失った新井は赤石の腕にかみつこうとした。
「みっともねぇぞ!」
大喝で、新井の動きを止める。
う、と新井は怯んだ。
「高校生にもなって喧嘩して人にかみつこうとしてんじゃねぇぞ。分別知れよ」
「うっせぇんだよ!」
新井は赤石に頭突きをした。痛み分け。赤石も新井も、怯む。赤石は新井の手首を掴んだまま、新井に顔を近づけ、小声で言った。
「お前、いつまでそうやって馬鹿やってるつもりだよ」
「~~~~~~~~!」
新井は掴まれた腕に力を入れる。
「お前の言葉はなぁ、自分勝手なんだよ!」
赤石は、言った。
「なんだ、思ったこと言っちゃうからって? 何言ってんだよ、お前。そう言っとけば何言っても許されるとでも思ったのか? 勘違いしたのか? お前はそうやって、今までずっとそんな態度でお前の周りの連中に接してきたんだろうなぁ! 自分は思ったこと言っちゃうから許してね、思ったことつい口に出しちゃうからごめんね。そうやって自分に甘やかして生きてきた結果がこれか? そうやって自分の思ったことに歯止めをかけずに生きてきた結果がこれか? 結局お前は他人に噛みつくような精神性しか育めてねぇじゃねぇか! 何だよ、思ったこと言っちゃうから、ってよ! そんなだから手前の周りは誰もいねぇんじゃねぇのか!?」
新井は他人との距離は近いが、昵懇の仲と言えるような親友は存在していない。
岡目八目八方美人。
「あぁ、そうだなぁ。その点で言えば俺はお前よりちゃんとした友達がいるから、その点でも俺はお前のこと上回ってんだろうなぁ!」
「うううぅうぅぅぅ!」
ぐるぐると唸りながら、新井は体に力を入れる。運動こそできるものの、体格差と性差にはばまれ、新井の攻撃は赤石には通らない。
「どうした、ほら、何か言い返してみろよ。ここでお前の思ったこと言ってみろよ! どうした、ほら、ほら! お前の思ったこと全部口にしてみろよ! 俺を屈服させてみろよ!」
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!」
新井は唾を飛ばしながら怨嗟をひたすら叫ぶ。
「どうした、ほらほら! やっぱり自分の間違いを指摘されたらそんな小学生じみた悪口しか出て来ないのか? 論理的に、何が悪いのか言ってみろよ! 俺の何が嫌いで何が駄目で、自分の何が良くて何が勝ってるのか言ってみろよ! 何が悪いかを聞かねぇと俺も何も直しようがねぇよなぁ! 俺の何が悪いかなんて、言えねぇよなぁ! 自分が上回ってるなんて宣言しなきゃ精神性を保てない奴にそんなこと言えねぇよなぁ!」
「あああああぁぁぁぁ!」
新井は足に力を入れ赤石のブロックを崩すが、再び止められる。
「お前は自分の思ったことを言っちゃう、竹を割ったような人間なんかじゃねぇよ! お前は他人の欠点を指摘できる出来た人間なんかじゃねぇよ! お前は他人の心を軽んじて来ただけだろうが! 他人の心を軽んじて、知ろうとしなかっただけだろうが! その結果が今のお前だろうが! まともな友達も出来ずに櫻井に依存するばっかでよぉ! お前の言葉を聞いた人間が何を思うのか考えたことがねぇのか! お前が言ったその一言で一生傷つく人間もいるんだぞ! 自分の発言に責任を持て! 思ったこと言っちゃうなんて保険かけて自分のしてること正当化してんじゃねぇよ!」
「うるさいうるさいうるさい! 意味分からないから!」
新井は赤石に拘束されながら、もがく。
「お前は俺のことを想ってそんなこと言ったんじゃねぇだろ! お前は俺に直してほしくて、気付いて欲しくてそんなこと言ったんじゃねぇだろ! お前が俺にそう言うことで俺が何を思うのか考えなかったのか! お前の言葉で俺が何を思うのか考えもせずに、ただ自分の言いたいことを言っただけだろうが! そんな自分勝手な、自己満足な言葉に俺が心動かされるとでも思ったのか! そんなわけねぇだろうが! 他人の心を考えて、自分の発言に自覚を持って、責任を持って、お前の言葉を受けた人間が何を考えるか常に考えて喋れ!」
赤石は新井を突き飛ばした。しりもちをつき、木にぶつかる。
「うっ……」
新井は嗚咽する。悲鳴とも泣き声ともつかない声が新井から漏れ出た。
言い過ぎた、とは思わなかった。
赤石はゆっくりと新井に歩み寄り、しゃがんだ。
「なぁ新井、お前今まで自分の思ったことばっか言って何も思わなかったのか? あ、嫌われてる、とか、あ、私悪いこと言っちゃったかも、とか、何も思わなかったのか? 自分の言葉で他人が何を思ったのか、考えて来なかったのか?」
「うあああぁぁぁっ…………うっ……」
新井は、泣いた。
「お前、俺にあんなこと言って、俺にどうして欲しいんだ? だから止めて欲しいのか? 身の程を知って欲しいのか? 俺に何を伝えたかったんだ? 俺に何を思って欲しかったんだ? ちゃんと自分の言葉の意味を考えねぇと何も伝わらねぇだろ? 自分の言葉の意味を考えねぇと他人からも距離を置かれるだろ? なんでか考えて来なかったか? あぁ、この子といたら私大切にされないな、って思うからだよ。私の意志を無視して自分の言いたい事ばっかり言って、私この子といると大切にされないな、って思うからだよ」
「ひっ……そんなの知らないし……」
新井は、泣く。
「なぁ新井、もうちょっと他人の心を考えてみてくれよ。俺が何を思ってるのか、あいつらが何を思ってるのか。お前の周りのやつらが何を思ってるのか。考えてみてくれよ。人の心を、軽んじないでくれよ」
「うっ……」
新井は服についた土を払い、立ち上がった。
「赤石……」
「新井、何があってなんでこんなことしたんだよ? お前そこまで無謀なやつでもなかっただろ」
「……」
赤石は同様に立ち上がり、新井にハンカチを差し出した。




