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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第5章 夏休み 後編
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第162話 高梨の事情はお好きですか? 2


「詳しく話せよ、高梨」

「……」


 赤石の問いかけに、高梨は答えない。


「もう潮時かしらね……」

「何がだよ」

「隠し通すのも時間の問題かしら、って意味よ」

「分からねえよ」


 高梨は大きくため息を吐いた。


「赤石君、これから私が何を言っても怒らないで聞いてくれるかしら?」

「保証はしないが努力はする」

「あなたらしいわね。こんなことにならなかったら、私は一生誰にも言わないままだったかもしれないわね……」


 自嘲気に、聞こえた。


「赤石君」

「ああ」

「全部、話します」

「……」


 高梨が寝返りを打つ音だけが聞こえる。高梨の方からごそごそと物音だけがした。


「赤石君」

「なんだ」

「実は私、櫻井君の婚約者なのよ」

「…………は?」


 唐突な高梨の告白に、赤石はそう言うことしか出来なかった。


「……は? お前は何を言ってるんだ」

「何をって、ただの事実の一つよ」

「お前がいつも言ってる、正妻、ってやつか?」

「そうよ」


 冗談で言っているのか本気で言っているのか、顔が判然としないため分からない。声は妙に落ち着いているように聞こえた。

 あるいはお互いの顔が判然としないからこそ言えたことかもしれなかった。


「冗談だろ?」

「本気よ」

「そんな、今の時代に婚約者なんて……ましてや櫻井とお前なんて――」

「そうよ、その通りよ」


 高梨は肯定する。


「後者はその通りよ、赤石君。彼を私の婚約者に据えるには確かに釣り合わないわ」

「だろうな」

「でもね、赤石君」


 即座に返事が来る。


「今の時代でも政略結婚という制度は、存在するのよ。確かに、厳然と、ね」

「……」


 赤石のような平凡な人間には、それが嘘なのか本当なのか判断できない。 

 高梨は世界でもトップシェアを誇る大企業の令嬢だ。その高梨が言うのなら本当なのかもしれない。それが嘘だと決めつけることが、出来なかった。


「私の場合は昔ほど酷いものでもないわ。でもね、そういう空気があるのよ」

「空気」

「そうよ。何度も他の大企業の息子と食事をさせられたり、それとなく結婚をほのめかされるのよ。この子と結婚しなさい、そういう親の期待が、ありありと見えるのよ」

「そう……か」


 それはプレッシャーだったんだろう。高梨のような完璧な人間が親に期待されることは当然だとも思えるが、結婚となれば話は変わる。


「あなたはどう思うかしら、赤石君。大して好きでもない異性と何度も何度も執拗に接触させられて、自分の意志も無視されて、親から自分の意中でない人と結婚されることを切望されたら。自分の意志がねじ曲げられたら、あなたはどう思うかしら」

「辛い……かもな」

「そうよ、辛いのよ!」


 激高するように、高梨の声が大きくなる。


「おい高梨、夜だから声は控えてくれ」

「ごめんなさい……」


 先程とは打って変わって、か細い声が聞こえてくる。


「辛い……のよ、私の意志も無視されて、好きでもない男と結婚させられるようなことは、辛いのよ。沢山なのよ。私は私の人生を生きてるのよ。誰かの期待と希望のレールを歩いてる訳じゃないのよ。空気? は? 何それ? 私は私がやりたいことをやるのよ。誰かに強制されて生きてる訳じゃないのよ。私は、私がしたいことをしたいの。自分の意志で、自分の好きな人と添い遂げたいの」


 深く、共感できた。

 他人に強制される人生なんて、まっぴらだ。


「……だろうな」

「待ってて」


 高梨が姿勢を崩した。がさごそと物音がし、ほのかな光が部屋を照らした。


「なんでスマホ……」

「待ちなさい」


 高梨は赤石の方へと向かい、手帳を手渡した。


「お前こんなの持って来てたのかよ」

「一番前のページを開けてみなさい」

「分かった」


 言われるがまま、高梨に光を向けられながら、手帳をめくる。


「これは……」


 見たこともない男の写真が、そこにあった。


「……誰?」

「でしょうね。最近私がお見合いをした相手よ」

「……そうか」


 声を絞り出すことで、精一杯だった。


「顔は整ってるように見えるけどな」

「嫌よ、こんなの。自尊心ばかりが肥大化して肝心の実力が伴っていないもの」

「お前酷いこと言うな」


 苦笑する。


「じゃあなんでこんな写真持ってんだよ? やっぱり好きなんじゃ――」

「ないわ、絶対に」


 断言される。


「これを持ってないとお父様に叱られるのよ」

「……」


 高梨の家庭の事情が、透けて見えた気がした。

 思えば高梨はお父様、お母様、と、いやに両親の呼び名が丁寧だな、と思ったことがあった。それが令嬢である所以ではなく両親への恐怖から来ていたものなのか。


 呼び名は、大切だ。嫌いな奴の名前は呼びたくないし、好きな奴の呼び名は特別なものにしたくなる。人の呼び方ひとつでその交友関係が分かると言っても、過言ではない。


「もしかして前、手帳から落としてたのも……」

「そうよ。あの時は悪かったわね」


 高梨は写真を手帳に戻し、元の場所へと戻った。

 高梨が以前手帳から写真を落とし、激昂したことがあった。あれはこの写真を見られることを忌避してのことだったのか、と得心がいく。


「じゃあお前手帳に貼っとけよ」

「嫌よ、こんなの手帳に貼りたくないわ」

「じゃあそもそも手帳持って歩くなよ」

「それは……」


 言い淀む。


「焦ってたから……」

「何を?」

「打ち上げを……」

「は?」


 ぼそぼそと喋る高梨から、予想外の言葉が飛び出る。


「だから、打ち上げに行きたかったからって……言ってるでしょ」

「いや、じゃあ来たら良かっただろ」


 高梨は実際、打ち上げには来なかった。


「私が櫻井君との仲を発展させられないからお父様にそこらのぼんぼんを紹介させられたのよ。急遽食事をすることになって、行けなかったのよ」

「なるほど」


 他の男との食事会をセッティングされ、それが打ち上げと被っていたから。予定を確認するために手帳を見ていた。


「私も本当は打ち上げに行きたかったのよ。だからどうにか日程を変えられないか、あるいはあなたたちの周りだけでも別日に行かないか、誘おうかと思ったのよ」

「お前……」


 案外かわいい所あるな、と思った。


「案外かわいい所あるな、とか思ったのなら怒るわよ」

「いや、悪い。思った」

「裸足で食べかけのガムでも踏むといいわ」

「結構嫌だな」


 笑う。


「相談する前に自分で怒ったから提案できなかったのか?」

「恥ずかしながらそうね」

「堂々と言うな」

「顔見えてないじゃない」


 くすくすと、高梨は笑う。高梨の人柄と家庭の事情、両方が少しずつつまびらかになっていく。完璧超人だと思っていた高梨にも欠点も、悩んでいることもあった。


 あんなに完璧に見えても、悩んでいることがある。目に見えているものだけで高梨を判断してしまっていたんだろうか。


 くつくつと喉から笑う高梨は、いつもよりあどけなく思えた。





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