第160話 高梨の家出はお好きですか? 2
「なんで俺がお前を泊めないといけないんだよ」
あまりにも意表を突いた高梨の要望に、赤石は一歩後ずさった。
「言ったでしょ。私帰る所がないのよ」
「だから櫻井の所行けよ。今から電話してやろうか?」
「櫻井君の電話番号知ってるのかしら?」
「グループカオフから辿ればいいだろ」
「……」
高梨は無言を貫いた。その行為を諾と捉え、カオフを開く。赤石は無感情に画面をスワイプした。
「……めて」
赤石は櫻井のアカウントを見つけた。
「止めて!」
「……」
そこで、手を止めた。
「なんでだよ」
「……」
意味が、分からなかった。
今までずっとずっと櫻井に正妻だ正妻だ、とアプローチをしてきた人間が今更何を言っているのか。意味が、分からなかった。
「今は駄目なの。今だけは、本当に駄目なの」
「……」
何がだよ。一体何が駄目なんだよ。
赤石には何も、分からなかった。
「じゃあ八谷か新井か神奈先生か、そこらへんの人に泊めてもらうか?」
「あなたがいいの」
「だからなんで――」
「赤石君」
高梨がきっ、と赤石を見た。
「話したいことがあるの」
「……」
その目に何らかの意志が、見えた気がした。
いや、高梨を家に泊めたいという感情が勝っただけなのかもしれない。それはひどく下賤で、忌むべき感情だったのかもしれない。
「分かった」
「ありがとう」
赤石は高梨を泊めることを許可した。
「でも櫻井たちには電話するぞ。教えないとあいつらはいつまでも探しかねないし、何も説明しないまま今見られたらまた面倒なことになる」
「良いわよ」
赤石は櫻井のアカウントを友達登録しようとした。
「……」
が、やはり手を止めた。櫻井のアカウントを友達登録することすら吐き気がした。赤石は八谷に、電話をかけた。
「……あ」
八谷はポーチで震えるスマホに気が付いた。
「赤石…………!?」
電話の送り主に驚き、つい声を出す。それと同時に、高梨が赤石に告白した、と言っていたことを思い出した。
「まさか……」
八谷はすぐさま電話を取った。
「もしもし!」
『うっせ』
焦った八谷の声に、赤石がスマホの向こうから反応した。
「わ、悪いわね。もしもし、赤石? 今どこ?」
『ムービーシアター賞の授賞式会場だ』
「なんであんた名俳優になってるのよ」
『冗談だ。象の遊具がいっぱいある公園にいるぞ』
「そうなの、私もそっち行くわ』
『なんでだよ、来なくていい。高梨が見つかった』
「――――っ」
やっぱり。八谷は下唇を噛んだ。
『高梨はこっちで預かるからお前はそっちの奴らに伝えてくれ』
「ちょ、ちょっと待って、どうしてあんたが高梨さんと一緒にいるのよ!?」
『知らん。俺らが花火楽しんでるうちに俺の家に来てたらしい。とにかく、高梨はこっちで預かるからよろしく』
「あんたの家に!? 預かるって何、高梨さんを泊める気!?」
『ああ、そうだ』
「そ、そんなの駄目よ! 不純異性交遊よ!」
『毎日櫻井と乳繰り合ってる奴が言っても説得力ないぞ』
「…………」
返す言葉がない。
『とにかく、高梨のことは任せてくれ、俺が何とかする。じゃあな、八谷。そっちは頼んだぞ』
「わ……かったわ」
『ああ、ごめん。ありがとう』
「……うん、私もありがと」
そう言うと、赤石からの電話は終了した。
「……」
雨の中、八谷は力なく櫻井たちの下へと進んだ。
「聡助」
「お、え、恭子、どうしたんだ?」
櫻井が八谷の顔を覗く。
「高梨さんが見つかったわ」
「高梨がっ!?」
櫻井が叫び、周りにいた取り巻きたちの視線を集めた。
「え、今どこにいるんだ!? 俺が高梨を……」
「高梨さんは、今赤石と一緒にいるわ」
「あ……かいし」
途端に、櫻井の顔は蒼白になる。
「な、なんで高梨が赤石と一緒に!?」
「え、あ、赤石君!?」
やって来た水城も驚きで目を見開く。
「高梨さんが赤石の家に行ったらしいわ」
「な、なんで赤石君の家に……?」
水城はきょとんとする。
「赤石が夏祭りに行ってる間に赤石の家に行ったらしいわ。その後公園で見つかったって言ってたからあいつの家からそう遠くないところで雨宿りしてたんじゃないかしら」
聞かれてもいないのに克明に、そして独断と偏見を交え、状況を説明する。
高梨は赤石がいない間に赤石の家に立ち寄り、見つけて欲しいかのように振舞っていたということを、悪意混じりに、なじる。
赤石の家に行った、ということを批難していることを悟られないように、八谷にしか分からないように、話す。
「高梨さんは赤石に見つけて欲しかったのかもしれないわね」
「高梨さん……」
光のない目で、八谷は言った。
「そう……か」
櫻井は視線を下に向けながら、返答した。
「そうかそうか、ひとまずは良かったぞお前ら!」
後からやって来た神奈がその場を締めくくるように、言った。
「高梨に何があったかは分からねぇけど、取り敢えず良かった! もう遅いしお前ら帰れ! 高校生が出歩いてていい時間を過ぎかけてるぞ! ほら、お前ら送ってやるから帰るぞ! また何か分かったら私が報告する」
「美穂姉……」
先導して前を歩いた神奈の後を、櫻井たちはついて行った。
「統、高梨が見つかったぞ」
『おぉ!? マジか!?』
赤石は電話口で須田の声を聞いていた。
「多分そっちすうもいんだろ?」
『あったりぃ~!』
『ちょ!』
須田と三千路がはしゃぐ声が聞こえる。
「どうせお前らは言ったって帰ってねぇと思った。お前らも早く帰れ。後はこっちでなんとかする」
『そうかそうか。いや、取り敢えず高梨が見つかって良かった! ありがとう、悠』
『高梨さんって生徒会長の高梨さんよね? 良いなぁ、悠らと同じ高校』
深刻さの微塵もない三千路は言う。赤石はふふ、と笑った。
「じゃあお前ら、またな」
『次何して遊ぶ?』
『今言うことじゃねぇ!』
赤石は電話を切った。
「相変わらず仲良しね、あなたたち」
「幼馴染だからな」
高梨は隣で傘を持って待つ高梨の横についた。
「じゃあ帰るか」
「私今日着替えるもの持って来てないのよ」
「風呂なんて入らせねぇよ」
「どんなめくるめく夜を過ごすつもりなのかしら」
「一日くらい風呂に入らずにいろ、ってことだ。そこまで気を許してない」
赤石たちは、家に帰った。




