第17話 家宅訪問はお好きですか? 3
翌日、赤石は八谷と別れた駅に到着し、八谷と電話していた。
プルルルルル。
プッ。
「もしも……」
「起きてるわよ!」
「うるせっ……」
電話をかけるや否や八谷の声が大音量で耳朶に響いたため、赤石は即座にスマホから耳を離す。
気を取り直し、もう一度スマホを耳に当てる。
「おはよう。お前の家を教えてくれ」
八谷の第一声はいつもと変わらず居丈高であったため、赤石も様子を変えず通常通りに返答した。
赤石は八谷から家の場所を教えて貰い、歩いて八谷の家へと向かった。
赤石は、ひどく憔悴していた。
昨日の一件で、赤石は自責の念に囚われていた。
自分が八谷の家に行くという、むしろラブコメ的な展開を不審に思った。
八谷のコンプレックスを抉るようなことを言い断ろうとしたが、それが逆に八谷の心に傷をつけたかのように感じていた。
赤石にとって、それは初めての感情だった。
親と深く喧嘩することはあっても、同年代の誰かしらと喧嘩するようなことは、今まで一度もなかった。
それも、同年代の異性からあそこまで自身の心情を吐露した怨嗟の言葉を吐き出されるとは思っていなかった赤石にとっては、まさに青天の霹靂のような出来事だった。
全く、八谷の家に行こうとは思っていなかった。
しかし、八谷の発露が赤石の心を変えた。
どうしてあそこまで人を怒らせておいて家に行くことを拒否していたのか、どうして八谷はあそこまで怒ったのか、赤石は興味と恐怖とが混合した、筆舌に尽くしがたい感情のまま、八谷の家に行くことを決めた。
そして、八谷の言っている事もまた、的を射ていた。
事実だった。
多少嫌味が入っていたこともあったが、自分が合理主義で友達が少ないということも、また事実だった。
友達が少ないというよりは、友達を作ろうとしない、人を遠ざけるきらいが自分にはあると、そう感じていた。
八谷の言っていることは全て一〇〇パーセントとは言わないまでも、正解だった。
電話がかかってきたことも、赤石をひどく驚かせた。
返信しないから事故にでもあったと思われたのか、と赤石は感じたが、すぐさま返答できる程の平素の心境ではなかったので、電話を受け、すぐさま切った。
赤石は八谷の行動に、ひどく狼狽していた。
そして、自分自身このままではいけないということも十全に理解していた。
「いや…………」
赤石は、先ほどまでの自らの言い訳にも似た感情を、全て否定した。
「認めよう……」
赤石は、自認する。
自分に怨磋の言葉を吐き出した八谷が気になったから、怒られても行かないほどの人間ではないから、八谷の言うとおり友達を作らなければいけないから、そんなものは、全て詭弁だ。
赤石は自らの感情を、詭弁と決定した。
何だかんだと自分に言い訳をつけ、八谷の家に行く理由を探しているだけだ、と。
詭弁であり、八谷の家に行きたいから、という感情が出ないよう、免罪符のような感情を垂れ流す。
「認めよう。自分の感情を」
自分が、櫻井のように女と蜜月の関係になってみたい、周りに女の取り巻きが欲しい、というどす黒く醜い下心を。
「よし……」
赤石は自身の感情と決別し、八谷の家へと向かった。
自分は櫻井と同じく一端の男として、女と仲良くなりたいという下心を持っている、と自分を理解し、一歩足を踏み出した。
「出ーーーたーーー………………」
赤石は八谷の家へ、たどり着いた。
八谷の家は、赤石の想像の遥か上を行く豪邸だった。
お金持ちのヒロインが一人はいる、というラブコメのお決まりに違わない八谷の豪邸を見て、つい言葉が漏れた。
「でっけぇ……」
平々凡々な木造建築一戸建ての自分の家とは違い、八谷の家は、家というよりかは屋敷と形容した方が良いかのようなたたずまいだった。
洋館だともいえるかもしれないな、と益体もないことを考える。
赤石は屋敷のベルを押し、インターホンに声をかける。
「入りなさい」
八谷はいつもと全く変わらぬ口調のまま居丈高に喋り、屋敷の門が開いた。
「お邪魔します」
一応人の家に入るということで、赤石は挨拶をしながらゆっくりと八谷の土地に足を踏み入れた。
屋敷の入り口に辿り着いたとき、八谷が扉の前で待っていた。
「よく来たわね。あんたには言いたいことが沢山あるわ」
「はぁ」
扉の前で腕を組み、胸を張って直立不動の姿勢を取る八谷に、既視感を覚える。
赤石は招かれるがまま、屋敷の中へと入った。
「まずは貴方に言いたいことがあるわ。取り敢えず私の部屋に入りなさい」
「はぁ」
八谷は自分の部屋の扉を開け、赤石を招き入れた。
「適当に座りなさい」
「じゃあ」
赤石はどこに座るか、考える。
ラブコメの主人公ならここでベッドの上とかに座るんだろうな、と思いながら八谷から最も離れている床に座った。
「冷たっ!」
だが、何故か床は冷たかった。
「なんか湿気ってないか、ここ……?」
「あ…………」
赤石が八谷に質問すると、八谷は困ったかのように紅い顔をした。
「こ…………この部屋は日の光が全然当たらないから湿気がたまるのよ!」
「いや、今まさに日の光が当たってるが……」
八谷のあからさまな嘘に、いぶかしげな顔をする。
ラブコメの主人公なら持ち前の鈍感さを活かして何も理解することは出来ないんだろうが、大方何かしら恥ずかしい理由があるんだろうな、と赤石はあたりを付ける。
つい前日粗相をした、とかなら嫌だな、と思いながら赤石は立ち上がる。
「こ…………ここ! このベッドは湿気てないから大丈夫よ!」
「あぁ、そう。櫻井に恨まれそうだし、立っとくわ」
八谷はバンバンとベッドを叩くが、ベッドの上に座ってしまったら自分が何かラブコメの主人公と同格化するような気がして、赤石は立つことを決めた。
櫻井と同じく下心を持っていると自認しても、譲れないところはあった。
家に来たことで既にラブコメの主人公然としているのかもしれないが、と自嘲気に嗤う。
「で、話って?」
その事実を頭の片隅にやるかのように、赤石は話を再開した。
「そのことよ」
八谷はベッドの上に座り、口火を切った。
「あんた、どうして昨日電話すぐ切ったのよ」
「いや、なんかお前が怒ってる感じだったから狼狽しただけだ」
「ふ~ん…………」
適当な事を言えばまた碌なことになりかねん、と学んでいる赤石は事実を淡々と話す。
「返信が遅かったのは何なのよ」
「お前が怒ってるから狼狽えたんだ」
「ふ~ん…………」
聞いているのにも関わらず、何の興味もない表情を見せる。
「じゃあ質問はあと一つにしてあげるわ。『ごめん』って、何よ」
「…………」
赤石は、返事に詰まった。
自分でも、よく分からなかった。何故ごめん、なんて言葉が出たのか。怒っている相手を宥めるのに『ごめん』というのが一番効果的だと思ったのかもしれない。だが、そういう理由では片付けたくなかった。
赤石は少し考え、結論を出した。
「お前を不快な気分にさせたから…………かもな」
「…………そう」
赤石の返答で、八谷は納得したように目を閉じた。
「でも、お前は櫻井が好きなんだから俺の言ってることは間違ってたとは、今でも思わない」
「…………それでいいわよ」
八谷は質疑応答に結論を付け、部屋の扉を開けた。
「ついてきなさい」
「……」
赤石は無言で、八谷に追従した。
案外予想ほど怒ってはなかったな、と赤石は少しホッとした。
「今日は両親、夜遅くになるまで帰ってこないのよ」
「……あぁ、そう」
まるで昨日の朝ご飯でも言うかのように、八谷は何気なしにそう教えた。
自分は八谷に何かしら女子としての魅力を感じることはない。
ラブコメ然としたように、自分にも相手にも、そういった恋の高揚は存在しない。家で二人きりだったとしても、なんら間違いが起きるはずもない。
赤石はそう自分に言い聞かせ、自分が櫻井と同じような人間になっているのかもしれない、という事実を必死に頭の片隅に追いやった。