閑話 須田散歩はお好きですか?
エイプリルフール企画でした。
「はい、今日も始まりました! 夜のお散歩、須田散歩~!」
「……」
「いぇ~!」
黙殺した赤石の代わりに、須田は自分で盛り上げた。
「さあ、今日も早速ね、お散歩をしていきたいと思いますけど、赤石さん、どう思いますか?」
「最高の気分です」
上体を屈め、言う。
「だ、そうです! いや~、須田散歩の方もね、ありがたいことに三周年を迎えた所ですけど、今回はなななんと! スペシャルゲストさんに来ていただいています! それではスペシャルゲストさん! カモーーーン!」
「……」
「キャアアアアアアアァァァァァッッッ!」
須田はまたしても一人で盛り上げ役をこなす。
須田の黄色い声援に応え、道の端で待機していた高梨が姿を現した。高梨は周囲を見渡し、虚空に向かって手を振る。
「なんと、今日は高梨さんが来てくだしました! 皆さん、拍手ぅ!」
パチパチパチ、と乾いた拍手が送られる。
「やあ」
「この三文芝居は何なのかしら」
「須田散歩の最初はテレビ風になるというお決まりなのです」
「そうなの」
「ちなみに、悠はレギュラー」
赤石はああ、と適当に返事をする。
「でも夜のお散歩って言ってる割にはまだ夕方だぞ」
赤石は辺りを見渡した。
時刻は午後五時。夜と言うにはまだ余りにも日が高い。
「それは高梨の要望」
「そうよ。悪いわね」
「いや、別にどっちでもいいけど」
「お父様から夜に外出する許可が下りなかったのよ」
高梨は視線を泳がせながら、言う。
「許可が下りなかったって、今から散歩し始めても帰れるの夕食とか過ぎるんじゃないか?」
「夕食はいつも一人だから遅れても心配ないわ。門限は破れないの」
「そうか」
「だから散歩のついでに夕食でも買って帰るわ。猪とか」
「その狩るかよ。猟師か」
高梨はふふ、と笑う。
「でも夜に散歩するから面白いんであって、夕方にさんぽするんじゃなあ~」
「文句を言うのは止めなさい、統貴」
「まあいいか」
「良いのかよ」
赤石たちは歩き始めた。
「それにしても廃れた町ね。夕方だというのに、人が一人もいないわよ?」
「いや、いるいる、いるって!」
須田は近くの家を指さし、ぶんぶんと手を振る。
「あれが……家?」
「いや、家だろ! まごうことなき家だろ!」
高梨は不思議そうに首を傾げる。
櫻井の取り巻きの中でも、高梨は最も素封家で世間知らずだった。
「こいつこんなこと言ってますぜ、赤石の旦那」
「仕方ない。高梨は金持ちだからな」
「うらやましいな~」
赤石と須田がうんうんと頷く。
「多分、カップ麺? 何それ? とか言い出すぞ」
「カップ麺……?」
「はい出たー! 金持ち出たー!」
須田が両手で高梨を指さす。
「高梨、それはさすがにやりすぎだな。勉強のし過ぎで勉強以外の情報が抜けたんじゃないか?」
「知らないものは知らないわよ。そんなもの給食で出たことないわよ」
「給食でカップ麺なんて出ないんだよ。統、その嘘つき令嬢を一日縛っておけ」
「御意」
「止めてくれないかしら、変態的行為」
「ぐ……そう言われると紳士の俺は動けない……」
須田はゆっくり、機械のようにカクカクと動く。
「統貴、あれは何?」
「あれは田んぼ。ジャパニーズメインフードだ」
「赤石君、あれは何?」
「あれは三丁目の山田さん。たまに家を忘れてそこら辺を徘徊している」
都心部に住む高梨は赤石と須田に、目につく知らないものをどんどんと質問していった。
「っていうかお前本当に知らないのか? お金ってお札で出来てるんじゃないの? とか言うクチか?」
「さすがに私だってそれくらい知ってるわよ。でもこんなに人がいない所の方が珍しくないかしら?」
「まあそう言われればそうなのか……」
赤石は高梨との認識の齟齬を確認する。
「それに私たちの学校の近くも、もっと人がいっぱいいるはずよ」
「まあそう言われればそうだなあ」
高梨は都心部に居住しており、その行動範囲も都心部の中で済まされているのか、と赤石は思う。
「面白いわね……」
「え?」
高梨は今まで見たことがない風景に、心底うっとりしているように見えた。
「まあそう思って貰えたんなら須田散歩も実施した甲斐があったてもんですよ」
へへ、と須田が腰に手を当てる。
「でも高梨、帰るのに時間とかかからねぇか?」
「大丈夫よ。タクシー捕まえるわ」
「タクシーを使ってまでやるようなことじゃないぞ……」
須田と赤石は若干引いた目で高梨を見る。
「あら、いいじゃない。タクシー代だけでこんな新しい体験が出来るなら私は喜んでお金を差し出すわよ」
「急にアングラ感」
赤石たちは高梨と話しながら、最寄りのコンビニへと向かった。
「コンビニ……」
高梨がコンビニの前で立ちすくむ。
「お金持ちのお嬢さんはコンビニもご存知でない?」
「知ってるわよ」
赤石の揶揄に若干不服気に答える。
「ただ、こんな何もない所でもコンビニはあるのね、って」
「統」
「マイナス五千点だな」
「何がよ」
先んじてコンビニに入る赤石たちを、高梨は追った。
コンビニで適当なお菓子を買い、バス停で座りながら、食べる。
「でも高梨、お前ここに来るの初めてじゃないだろ」
「そうね。実は家の用事でも何度か来たことがあるわ」
高梨はここに来るのは初めてではない。赤石と神奈を結び付けたときや、家の用事でも神奈の家宅に赴くことが多かった。
「でも毎回忙しくてこんなにのんびり風景を楽しんだことはなかったわ」
「そうか……」
そういうものなのか、と赤石は思う。
「何もない割には、楽しい所なのかもしれないわね」
「だろお?」
漫然と景色を見渡す高梨に、須田は自慢げに言う。
「まあここもちょっと街はずれ、ってだけでド田舎って言うにはほど遠くもあるんだけどな」
「そうだなあ」
赤石と須田は互いにうんうんと頷く。
その後赤石たちは自分の家や神奈の家に立ち寄り、存分に街の紹介をして、散歩を終えた。
「今日はありがとう、赤石君、統貴」
「どういたしましてだぜ!」
「楽しかったわ」
「良かったな」
タクシーが来るまでの間、赤石と須田は高梨と雑談を交わす。
「あら、もう来たようね」
高梨は首をめぐらせ、視線の先にタクシーを見つける。
「じゃあ赤石君、統貴、さようなら」
「じゃあな」
タクシーのドアが開く。
「じゃあ、ね」
「おう!」
高梨はそう言うと、タクシーに乗り込んだ。
思えば、この時から既に高梨の異変はあった。
赤石はそのことに気付かずに、須田と帰途についた。




