第154話 恋愛相談はお好きですか? 2
赤石はそれから、櫻井に関する話をいくつか聞いた。
水城がどれだけ櫻井を想っているかを。水城が櫻井にどれだけ想いを募らせてきたかを。また、水城が櫻井に告白したシチュエーションや回数も事細かに伝えられた。
そのうちのいくつかは実際に赤石も遭遇した場面でもあったが、赤石が思いを及ばないような告白シーンも、存在した。そしてその全ての告白が、失敗に終わっていた。
赤石自身、櫻井の取り巻きが櫻井に告白した、という話を聞くのは初めてだったので、他の取り巻きの面々が告白をしているのかどうかについても、いささか訝しんだ。
「でね、赤石君に恋愛相談とか出来ないかな~って……」
「ああ」
水城の言い分については理解出来た。
「も、もう私もこんなところまで言っちゃったんだから協力してっ!」
ぶんぶんと腕を振りながら困り顔で言う。
お前が頼んでもないのにつらつらと話しだしたんだろう、とは言わなかった。
「水城が言いたいことは分かった。けど、どうして俺なんだ?」
「え?」
それは、純粋な疑問だった。櫻井に取り込みたい、というなら自分よりも霧島の方が何倍も適役だと、間違いなくそう確信していた。
「それはどういう意味?」
呆けた顔で、水城が小首をかしげる。
「いや、俺なんかより霧島の方がよっぽど櫻井と近い距離にいるんじゃないのか?」
「あ、あ~……う、うん」
どもる。
「霧島君はあんまり協力してくれそうな感じじゃないような気がして……、あ、あはは……」
頬をかきながら、困ったように言う。
さしずめ、自分の方が御しやすいと思われたのか、と益体もなく考えた。
常にへらへらとしている霧島よりも扱いやすそうだと思われたか、あるいは霧島の底が見えなかったか、霧島に相談すれば自分の恋愛が軽く扱われると思ったのか。どちらにせよ、霧島よりは軽く見られているようだ、と思う。
「で、私の恋愛相談役……受けてもらえるでしょうか……!?」
「……」
水城が一度深く頭を垂れ、恐る恐る顔を上げてみると、
「ああ」
「やったーーーーー!」
赤石は水城の誘いを了承した。
「じゃあこれから何かある度に赤石君に相談したりもするから、カオフとか交換しない?」
「分かった」
「あ、でもグループがあるからそこから見てもいいかな? ま、いっか」
同級生としてそこそこ話したこともあるが、未だに一度も『カオフ』を通じて話していなかったことに気付く。
「でも俺はあんまりカオフとか見ないぞ。誰からも連絡とか来ないしな」
「またまた~」
言っちゃって~、と水城はにやけながら赤石を見る。
「なんでだよ」
「だって赤石君友達多いじゃん? 須田君とか、霧島君とか、暮石さんとか、八谷さんとか、三矢君とか山本君とか、いっぱいいるじゃん!」
「あ、ああ……」
水城が、自分と須田や暮石との関係性を知っていたことに驚く。櫻井だけに目がいっていたわけではないんだな、と今更ながら気付く。
「でも実際カオフで連絡とったりはほとんどしないな」
「え、じゃあ毎日使ってるわけじゃないの?」
「あ、ああ……」
赤石と距離を縮める生徒の人間性が原因か、実際須田ですら頻繁に赤石と連絡を取るようなことはなかった。唐突に赤石の家にまで行けるような距離に家がある、ということも関係していた。
「へ~、そうなんだ。毎日カオフ使わない人とかいたんだね~」
本当に、純粋な疑問かのように、水城は言った。
「そうだな。本当の関係性みたいなものを誰とも築けていないのかもしれないな」
「そ、そんな悲しいこと言わないでよ~」
水城が毎日誰かしらと連絡を取っているということの方が驚きを感じたが、やはり相いれない、別の人種だという感覚がする。自分がおかしいのか、相手がおかしいのか。マジョリティーがどちらかも分からない。
「で、ね」
水城が話を戻す。
「私赤石君に協力して欲しいのは私の恋愛相談を聞いて欲しいだけじゃなくてね……その……」
一旦、言葉が詰まる。
「赤石君の方から、水城さんが櫻井君のこと好きなんだって、みたいな噂を流してもらえればな~、とか思ったり思わなかったり……」
「噂?」
予想以上に面倒な頼みごとをされた赤石は眉間に皺が寄るのを隠せない。
「いや、なんで?」
「だ、だってそういう噂が出たらやっぱり櫻井君も意識してくれるかな~……とかなんとか思ったり思わなかったり……」
それは確かに、水城にとっては大きなメリットがあるんだろう、と赤石は思う。だが、自分自身に対する負荷が大きすぎる。
噂を流すということは、それだけ信用が減るという事でもある。噂を流すような人なんだ、というレッテルを張られる可能性もある。水城のためを思えばそうなのかもしれないが、あまりにも相手の立場を考えていなさすぎる。友達ですらなかった仲の相手に簡単にそんなことを言える水城が、少し怖くなった。
「それは却下だ」
「そ、そうか~……」
しゅん、とする。
恐らく水城自身何も思っていないんだろう、と思う。噂を流すように頼むことが悪いことだとも、大して何の関係性もない赤石にそんなことを頼むことも、何も悪いことだとは思っていない。何も悪いと思っていないことに、余計に腹が立った。
「じゃ、じゃあ櫻井君に直接言うくらいならいい?」
次善の策として、水城が代案を用意した。
噂を流すような間接的な方法でなく、もっとプリミティブで原始的な代案を、用意した。
「最善は尽くす」
「やた! ありがとう!」
相手の負担を考えない奴だな、と渋面を作りながら、しぶしぶ赤石は了承した。飽くまで最善を尽くすだけである。
「もうすぐ卒業でしょ?」
「まだ二年だぞ」
「でも三年生になってから自由登校とか増えるでしょ? もうあんまり時間もないし、せめて卒業するまでに櫻井君にこの気持ちを伝えれたらな~って」
「……」
もう卒業まで時間がない。
高校を卒業すれば、否応なく大学に進学しないといけない。
離れ離れになる確率が、非常に高い。
「そうか……」
赤石は空を仰ぎ見た。
高校二年の夏、赤石の視界の端に、空蝉がいたような気がした。
「悠~、ご飯よ~」
水城と恋愛相談の関係性を結び、帰宅した赤石は自宅で階下からかけられる声を聞いていた。
「悠、ご飯って言ってるでしょ! 早く降りてきなさ~い!」
新たに水城と恋愛相談の関係性を結ぶことになった。八谷が櫻井と付き合うことの手伝いは、すでに終わっている。八谷の次は水城か、となんともなしに思う。
櫻井のハーレムをぶっ壊す。その思いは変わらない。
そう遠くないような気がした。卒業すれば、否応なく櫻井のハーレムは解散する。その時櫻井はどうするんだろうか、とも思った。
「もう、悠ったら遅いんだから!」
そんな声と共に階上に上がって来る声を聞いた。
「悠、ご飯よ!」
「うっせぇな、まだ十六時だろ統」
バン、とドアを開けて入って来た須田に、赤石は言った。
「どうして俺だと分かった……?」
「声」
何度か自分の喉を触り、須田はハッとした。
「いや、三文芝居すぎるだろ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「変な笑い方をするな」
「ところで君に相談がある」
「話を滑らかに返るな」
赤石のベッドの隣に来た須田と、対面した。
「こいつがターゲットだ……」
「やめろ、裏組織みたいな感じのやつ」
夏祭りの広告を指さす須田の頭を軽くはたく。
「悠、明日夏祭りじゃね?」
「そうだな」
八月の上旬、翌日は夏祭りだ。
「夏祭り、行かね?」
「考えとく」
「悠の好きなのは、お金?」
「嫌いな奴いないだろ」
「幽霊っておっかね~?」
「おっかないな」
「ワシの靴は知らんかね」
「玄関で脱いできたんだろ」
流れるようなボケを、適当に処理する。
「すうも誘った所、来るとのことでした」
「なんか前も言ってたな、そんなこと」
「ということで行きましょう」
「強引な……」
赤石は苦笑いで返した。
「まあ、勉強もちょっと飽き飽きしてたところだ」
「今は夏夏だけど?」
「まあ、勉強も丁度夏夏してたところだ。いい、行くか」
「やったね! 俺が大喜びしてるぜ!」
「自己アナウンス」
赤石は翌日、夏祭りに行くことにした。
『いやあ聡助、明日の夏祭り、楽しみだねえ』
『そうだなあ。八谷たちには連絡とったのか?』
『当たり前じゃないか、聡助。僕が連絡を忘れたことがあったかい?』
『しょっちゅうあった気がする』
『はははは、今となってはいい思い出さ』
『なんでだよ!』
翌日の夏祭りに、櫻井たちも来ることになっていた。




