第152話 櫻井の誕生日会はお好きですか? 2
「お、お前ら盛り上がりすぎだぞ! ちょっとは控えろよ!」
「全然盛り上がってないもんっ!」
「そうだよ~」
にへら、と笑いながら水城と葉月が、櫻井にしなだれかかる。
「やあやあ、盛り上がってるねえ」
「……なに」
それをはたから見る菜摘に、霧島は声をかけた。
「楽しいかい、菜摘ちゃん」
「どこが。全然楽しくないし。うるさいし、おにぃに付きまとう女はうるさいし、鬱陶しいし! 志緒姉ちゃんも由紀姉もデレデレして腹立つ!」
「そうかそうかぁ~、菜摘ちゃんは聡助が大好きなんだね」
「当り前だし! 本当いっつも人のことばっかり訊いてきてキモイ」
「わあ、それは誉め言葉だねえ」
からからと笑いながら、手に持ったジュースを飲む。
「じゃあ僕は次は由紀ちゃんのところに行ってくるよ!」
「勝手に行け!」
「はいは~い」
霧島は櫻井の輪の外にいる新井に声をかけた。
「由紀ちゃん由紀ちゃん、楽しいかい?」
「なんだし、霧島。楽しくないように見える?」
卓上の料理に手を伸ばす。
「いやいや、僕は皆の楽しさ観測マンだからね」
「なんだし、それ。聡助と一緒にいて楽しくなかったことなんかないし」
はあ、と、伏し目がちに吐息を漏らす。
「お、僕とはどうだい?」
「死ね! お前なんかといても何も楽しくない!」
「いやあ、光栄だなあ」
「褒めてないし!」
霧島の横腹を小突く。
「でも今は聡助の近くにはいないんだね?」
「まあ、ずっと聡助の近くにいれるわけじゃないし……」
「へえ……」
はあ、と何度もため息をつきながら、新井は櫻井を見る。
「いつからこうなっちゃったんだろうなぁ……」
「……」
それは独り言ちるような、自分に言い聞かせるような、そんなか細い声だった。
「最初は一人だったんだ」
「何がだい?」
「最後まで話聞けし」
「はいはい」
霧島は両手を上げて目を細める。
「私は聡助の幼馴染」
「知ってるよ」
「でも、いつからか聡助の近くに人がいっぱい寄り付くようになった」
「最初からじゃないのかい?」
素直な疑問を、霧島が投げかける。
「違うし。私の家はそこ、聡助の隣」
「それも知ってるねえ」
新井は隣の家を指さした。
「だから私と聡助はいつも二人で遊んでた。一番付き合いの長い幼なじみ」
「そうかあ~」
何かを咀嚼するように、霧島が相づちを打つ。
「もうずっと聡助と二人で遊べたら良かったんだけどなあ……」
「へえ~」
新井は天井を見上げた。何かを探し求めるかのように、視線を泳がせる。
「由紀ちゃんは二人で遊ぶのが好きなんだねえ。じゃあどうだい、今度は僕と――」
「そういう話じゃないし! はあ……もう、霧島と話してたら頭おかしくなりそう」
新井は立ち上がり、霧島から離れるように歩き出した。
「ちょっとちょっと、どこに行くんだい?」
「おーてーあーらーい!」
霧島の対応に疲れたと言わんばかりの相貌で、新井は言う。
「じゃあ僕もついて行くよ!」
「来んな! 死ね!」
「またまたツンデレだなあ、由紀ちゃんは」
霧島の最後の一言を聞き流し、新井は櫻井の家を見回りだした。
「ここは私と聡助が初めて遊んだ部屋だったなあ……」
ドアノブを触り、愛おしげに見る。
「ここは私と聡助が初めていい感じになった所」
壁を触りながら、歩く。
「ここは聡助の初めてドジな所が見れた所」
「ここは聡助が初めて私に料理を作ってくれた所」
「これは聡助の好きなお菓子」
櫻井との思い出に浸りながら、新井は歩く。
「ここは聡助の……」
櫻井の部屋の前で止まる。
「聡助の部屋」
ゆっくりとドアノブに身体を押し付け、微睡むようにして体を預けた。
「由紀、どうしたんだ?」
「ぴゃいっ!」
唐突に背後から声をかけられたことで、新井は肩をびくつかせる。
背後を振り返ってみると、紙コップを手にした櫻井が、そこにいた。
「い、いやあ、ちょっと聡助のお家探索なのだ!」
「何言ってんだよお前、何回も来たことあるだろ」
仕方ねえなあ、と苦笑しながら櫻井は新井に近づく。
櫻井が一歩近づくごとに、緊張と恋慕の汗が流れる。
「由紀、楽しんでるか?」
「た、楽しんでるし!」
「俺は由紀が楽しんでくれないと悲しいぞ?」
「だ、だから楽しんでるって!」
ばかばかばか、とぽかぽかと櫻井を叩く。
「由紀」
「……?」
新井の目を見つめるように、櫻井は中腰になる。
「何か困ったことがあったら俺にすぐ言えよな」
「……え」
「だって俺ら、幼馴染だろ」
「聡助……」
笑みを湛えながら櫻井は、新井の頭にポン、と手を乗せた。
「お前の苦しみは俺の苦しみでもあるんだからな。あんまり一人で抱え込むなよ?」
「うん……」
緊張で頬を染めながら、新井は撫でられる頭にしか意識が行かなかった。
「さあ皆、ここでビンゴゲームをしようか~!」
「あれ、櫻井君はどこに……?」
「櫻井君~~~っ!」
リビングで霧島がビンゴゲームを始めようとしたそのころ、櫻井がドアノブを開けた。
「あ、櫻井君、今からビンゴゲームするらしいよ……って、由紀ちゃんも?」
櫻井の後ろからついてくる新井に、水城が気付いた。
「お、おっす!」
「あ、あはは、何それ由紀ちゃん、どこ行ってたの?」
「ちょっとお手洗いに……ね、聡助?」
「お、俺は別についていったわけじゃねぇよ!」
突然に話を振られ、櫻井はあたふたする。
「あ、あははは」
水城は櫻井たちに笑みを向ける。
本当に櫻井君は、可愛いんだから。
そんな気持ちを声には出さず、櫻井にビンゴカードを手渡した。
「じゃあ今からルールを説明しようか!」
「ビンゴゲームにルールなんかないでしょ! 早くしろー!」
「はい菜摘ちゃん、文句言ったから真ん中のやつあけちゃ駄目ね」
「横暴だー! 権力を正しく行使しろー!」
相変わらずだな、と櫻井は水城たちに笑いかける。卓上に戻り、料理に手をつけた。
「お、この料理……ふ、普通に美味い! これ作ったの誰だ?」
「あ、私だけど……」
霧島のビンゴゲームのルールを聞いていた八谷が、おずおずと手を上げた。
「お、お前こんなに美味い料理作れたのか! 嘘だろ! 前はあんなに……」
「な、何よ! 言いたいことがあるならちゃんといいなさいよ!」
八谷はがるるる、と櫻井に牙をむく。
「い、いや、お前……」
櫻井は八谷の目を見た。
「頑張ったんだな」
「な、何よ……」
八谷は頬を染め、目を逸らす。
「お前ならきっといいお嫁さんになれるよ」
「は、はぁ!? 何言ってるわけ!? 本当意味分かんない!」
顔を真っ赤に染め、八谷はそっぽを向いた。
「櫻井君、私のもた、食べてっ!」
「お、おお、ありがとう冬華」
櫻井は葉月の箸で掴んだ料理を、葉月に食べさせられた。
「か、間接きしゅう……」
ぷしゅう、と音がしそうな動きで葉月は虚脱した。
「ちょ、ちょっと、聡助、私のも食べるし!」
「さ、櫻井君、私の作ったのも食べない……?」
「ちょ、ちょっと待てって! そんな一気に食えねぇよ!」
押しかける新井と水城に少し待ったをかける。
「さあ、皆ビンゴゲームのルールは理解できたかなぁ!?」
「誰も聞いてないよ」
「ふう……」
霧島は菜摘にやれやれ、と肩をすくめた。
櫻井の誕生日会は大盛り上がりのうちに終わった。




