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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第4章 夏休み 前編
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第150話 八谷の料理はお好きですか?



「水城ってなんか下の名前みたいだよな?」

「え?」


 櫻井が水城に、そう言った。


「ほら、水城って本当の名前志緒だろ?」

「え、う、うん、そうだけど……」


 唐突に名前を呼ばれ、水城は頬を染め俯いた。


「で、水城って下の名前にも似てるよな、って」

「そ、そうだね」

「だから水城って言うだけでもちょっと気恥ずかしい……よな」

「う……うん」

「……」

「……」


 櫻井と水城はお互いに向き合ったまま、恥ずかし気に頭をかいた。






 自らが慕っている人との思い出の夢を見た少女、水城は目を覚ました。 


「櫻井君……」


 ぼそ、と呟いてみる。


「……」


 水城は布団をかぶった。


「櫻井君はいつも優しすぎるよ……」


 水城は櫻井への恋慕を何度も、呟いていた。






『赤石、明日料理を振舞ってあげるわ。朝10時ね』


 朝。目を覚ました赤石は『カオフ』に通知があることに気付いた。

 八谷からの連絡だった。送信された時刻は昨日の21時51分。


「また微妙な時間に……」


 基本的に連絡がこない赤石はあまり『カオフ』を確認する癖がない。


『唐突すぎる』


 朝の8時40分、赤石は返信した。間を置かず返信がやって来る。


『早起きね』

『お前もな』

『いいじゃない。来なさいよ。明日手料理を振舞わないといけないのよ』

『櫻井の誕生日会か』

『うん』


 布団から一歩も出ることなく、他愛もないやり取りを交わす。


『もうちょっと早く言ってくれ。唐突に連絡するな。少なくとも二週間以上前から、実施日と実施会場と、費用と持ち物と補足を伝えてもらわないと行く気にならない』

『なんでそんな堅苦しいのよあんたは。もういっぱい材料買って来たんだから来てよね。あまらしたらどうする気よ』

『他人に裁量を委ねすぎだろ』


 相も変わらず強引な奴だな、と思いながらのろのろと支度を始めた。

 八谷とは積極的に関わる。赤石はそのつもりで、いた。


『じゃあ適当に時間が経ったら行く。9時49分ごろに到着する』

『また正確な時間ね……』


 赤石は親に軽く連絡した後、近くの服を適当に羽織り、出発した。

 





「よく来たわね。四分遅刻よ」

「ああ」


 9時53分、赤石は八谷の家宅に着いた。ベルを鳴らすと早速、エプロン姿の八谷が扉を開けて出て来た。


「あんたにしては上出来じゃない。来ると思ってなかったわ」

「まあ前に約束したからな」

「赤石、あんた最近付き合い良いわね。何かあったわけ?」

「…………」


 まるで聞こえなかったかのように、赤石は八谷の家の中へと入って行った。


「まあいいけど……」


 櫻井のハーレムを崩壊させるためだよ、とは、言わなかった。

 

「明日は櫻井の誕生日会なのか?」

「うん……」

「櫻井の誕生日会で手料理を振舞うのか?」

「うん……」

「お前以外にも料理を持って来るのか?」

「うん……」

「そうか」

「うん……」


 荷物を置いた赤石は適当な場所で腰を下ろした。


「腹が減った」

「料理ね!」

 

 唐突に八谷は、声を張った。響く大声に、赤石は迷惑そうな顔をする。

 櫻井の話に無闇に切り込むことは止めた。


「朝も食べてない。昼も食べてない。腹が減った」

「全く……そんなに私の手料理が食べたかったのね」

「まずくないならなんでもいい」

「そんな照れ隠し、私にはお見通しよ!」


 るんるんと鼻歌を歌いながら、八谷はエプロンを着る。

 これ以上は何を言っても無駄だな、と悟った赤石は黙った。


「あれから私も料理の腕を積んだのよ! 今じゃ世界目指せるわね!」

「大言壮語もいい所だ」


 赤石は数学の公式が書かれた小冊子を読みながら言葉を返した。




 八谷が料理をしている間、赤石は漫然と公式を呟いていた。


「あ! あんたまたそんなの読んで……ちょっとそういうの止めてくれない? 本当に気分盛り下がるんだけど」

「いいだろ別に、暇なんだから。時間を無駄にしないべきだろ」


 眉をひそめて振り向いた八谷の非難を、柳に風と受け流す。


「まあ、あんたもこの料理を食べたらもうそんな軽口も言えなくなるわよ」

「どうも」


 料理を終えた八谷が赤石の前に皿を置いた。


「さあ、まずはこれよ! 召し上がりなさい、赤石!」

「……」


 赤石は眼前に盛られた玉子焼きを見ていた。


「ま、まああれよ! 形は気にしないで良いわよね! 問題は味よ! 味!」

「それは食べる側の人間が言う言葉だ」


 ぐちゃぐちゃと形を保っていない玉子焼きを前にしたまま、赤石は八谷を半眼で見る。


「じゃあ実食しなさい!」

「……」


 赤石は戦々恐々、玉子焼きを口にした。


「……」


 無言で食べ進める。


「どうかしら!」


 赤石の反応を待つ八谷を見ると、


「……まずくはない」

「やっぱり!」


 赤石はそう言った。


「が、美味くもない」

「なんでよ!」


 ほんの数秒による手の平返しに、八谷はエプロンを地面に叩きつけた。


「まず一つ目に、見た目が悪い。食欲減退」

「それは要改善ね……」


 八谷はエプロンのポケットからメモランダムを取り出し、赤石の言葉を書きだした。

 

「そして次に、焼き加減が悪い。ほぼ生卵」

「うっ……それは、だって、レシピ見ろって言ったから……」

「生卵状態が美味しいって書いてあったのか?」

「半熟の玉子焼きの作り方が書いてあって……」


 ごにょごにょと八谷はどもる。


「素人が趣向を凝らそうとするな! 何回言ったら分かる! 馬鹿か! ちょっとは頭を使え!」

「う、うるさいわね! 文句ばっかり! そんなこと言って、あんた作れんの!?」

「手料理を食べて欲しいって言ってきたのはお前だろ。今その反論は論理的におかしい」

「うるさいうるさいうるさいわよ! じゃああんた作ってみなさいって!」


 八谷はエプロンを赤石にむっ、と突きつけた。


「はあ……」


 赤石は八谷のエプロンを横にのけ、調理場へと向かった。


「下手に美味しい物を作ろうとせず、あくまで等身大に等身大のものを作る。それが料理の、ひいては人生のコツだ」

「なんで同級生に人生のコツを教わらなきゃいけないのよ」


 赤石は八谷から材料とレシピを受け取り、玉子焼きを作った。



「出来たぞ」

「ん」


 赤石は八谷の眼前に玉子焼きを出した。


「実食あれ」

「ん」


 八谷は玉子焼きに箸をつけ、一口、頬張った。


「…………」

「……」

「……おいしい」

「だろうな」


 悔しげな顔で八谷は赤石を見上げる。


「あ、あと三つ目、お前の生卵味が薄かったぞ」

「素材の味を活かそうと……」

「じゃあ生卵をそのまま食べた方が賢明だな」

「うるさいうるさいうるさーーーい! 黙りなさいよ!」


 八谷は勢いよく立ち上がり、赤石に怒った。


「じゃああんた私に教えなさいよ!」

「またかよ……」


 調理場に勢いよく走った八谷について行く。


「廊下を走るな! 危ないだろ!」

「家よ!」

「同級生に当たったらどうする!」

「いないわよ!」

「高い物を壊したらどうする!」

「それはまずいわね」


 歩調を遅めた八谷に、赤石は嘆息しながらついて行った。



 赤石は八谷にまた料理の基本を教え、自宅へと帰った。

 楽しそうだな、と八谷に対して言いしれない感情を得ていた。




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