第149話 合コンはお好きですか? 3
「よっしゃぁ! ついにコツ掴んだぜ!」
ボウリングも終盤になり、赤石はストライクを出した。
いぇ~い、と喜びながら船頭と天音とハイタッチする。
「ゆか、いぇい、いぇい」
船頭に詰め寄り、ハイタッチを迫る。
「しゆうこの短時間でまあまあボウリング上手くなったじゃん」
船頭は赤石とハイタッチをした。
「ゆかと志乃りんの手ほどきのおかげだなあ~」
あっはっは、と笑いながら赤石は席に着く。
席に着く赤石の隣で、天音と三垣が楽し気に話し合っていた。
「そういえば最近良い自転車買ってさあ、これがまた気持ちいいんだよな~」
「えぇ~、そうなんだ、すごい!」
「それでさあ、やっぱり良い自転車ってどんだけでも乗ってられるから、ついついメンテナンスとかしないで何キロも走っちゃうんだよな~」
「体力凄いね!」
三垣が自身の自転車話に華を咲かせ、天音が手を叩いて賛辞を送る。
「だからさ、今度……」
「いや、そういうの本当良くないと思うよ」
「え……」
だが、その楽し気な会話を、赤石は一言でぶち壊した。
「いや、ほらさあ、やっぱ最近自転車事故多いじゃん? 何もメンテナンスとかしないで走るのはちょっと早計がすぎるなあ。走る前はちゃんと自転車のメンテナンスをするのは基本だろ? もうちょっと考えて自転車乗ってやんねぇと自転車もかわいそうだぜ」
「あ……ああ」
三垣は一方的に拒絶をぶちまける赤石に、しり込みした。この場で反論しその場の空気が悪くなることを避け、明確にはその意を示さない。
「あ、ほらほら見てみなよ」
赤石はスマホを天音に見せた。
「自転車に乗る前はタイヤの空気をいっぱいにしろ、って書いてあるぜ。拓真も気を付けろよ~? スピード出しすぎてブレーキとか効かなかったら大変だろ?」
「そ、そうだな」
三垣は苦虫を噛み潰したように赤石を見る。
櫻井は他者の意見を否定する。他者の意見を否定することで、自身の正しさを余人に認めさせようとする。
櫻井は自分が善だと信じて疑わない。
櫻井は自分の正義を疑わない。常に他者が間違っていると信じて、疑わない。
それが全く自分の感知しないものであったとしても、居丈高に、まるで自分の方がその物事について何倍も知識があるかのように振舞い、講釈する。
赤石が自転車に対して何かしらの強い思いを持っている訳でも、自転車が好きなわけでもなかった。かといって三垣の心配をしているわけも、さらさらなかった。
これといって自転車に対する知識すら持っていなかった。
だが、赤石はあえて否定する。否定することで三垣と天音との会話が軋むように、そう目論み、言う。
櫻井は他者が異性と楽し気に話している場面を、指をくわえてみていることが出来ない。まずは否定し、自分がその場において一番優位に立つように仕向ける。
他者の意見を否定することで櫻井は、赤石は、その場の空気を掴んだ。
お前たちは間違っている。俺だけが常に正しい。櫻井の、赤石の、妄信じみた思考は揺らがない。
「拓真ももう受験シーズンだろ? もうちょっと勉強とかしようとか思わねえのか? まあ、自転車でたまには気分転換すんのも悪くはないかもしんねぇけどさあ」
「そうだな……」
目に見えて三垣の声の調子が落ちていく。
三垣がしたかったことは自転車の専門的な話でも、受験の話でもない。ただ単に話の一つとして自転車の話題を提供しただけであり、怪我やメンテナンスの話をしたかったわけではなかった。とりわけメンテナンスを欠かしている訳でも、注意を怠っているわけでもない。
赤石にとっても、そんなことは分かり切っていた。
「今回スペアだった~。まあぼちぼちかな?」
スペアを取り小躍りした船頭が赤石たちの下に戻って来た。
「じゃあ次は俺か」
明らかに不本意ながら、三垣は立ち上がった。
「ゆか、いぇい」
「いぇーい!」
船頭は赤石とハイタッチする。
「ほらほら志乃りんも」
「ゆかりちゃん、いぇー」
「いぇー!」
手を取った赤石に言われるがまま、天音も船頭とハイタッチした。
赤石はこの場で、他の三人を手玉に取るだけの主導権を得ていた。
船頭も天音も赤石の一言一句に破顔一笑し、三垣は他のボウリンググループに話しかけに行くほどに迫害されていた。
「本当しゆうさいっこう!」
「しゆう面白すぎるよ!」
「だろ~?」
船頭も天音も舞い上がった表情で赤石と喋喋喃喃話し合う。
本当にどいつもこいつも。
笑いながら。嗤いながら。赤石は二人を見た。
どいつもこいつも、どこに目付けてんだよ。
赤石はモテるということを、知った。
「じゃあ皆終わったか~い?」
「「終わったー!」」
「皆楽しかったかな~?」
「「「最高―――――!」」」
ボウリングも終わり、各所でバラバラになっていた男女が再び集散した。霧島が音頭を取り、今回のボウリング大会を締めくくる。
「はい、じゃあこれでボウリング大会はおしまいとしましょう!」
パン、と手を叩く。
「皆さん、カオフとかもう交換したと思うんで、あとは個人で適当にやっちゃってくださ~い。まだカオフ交換してないよ、って人は僕の個人アカウントから後々斡旋させてもらうんで、ご心配なく~。それじゃあお前ら! 準備はいいか!」
「「「いぇーーーーい!」」」
何の準備か分からないまま、赤石は周りの調子に合わせる。
「俺たちで最高の夏にしようぜ!」
「「「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」」」
各々が手をかざし、大きく掲げた。
集まった男女はここで最高のボルテージに達した。
「じゃあ解散!」
「「「いぇーー! じゃあ、また!」」」
「またー!」
その場を締めくくった霧島は赤石に歩み寄った。
「や、悠人君。どうだったかね?」
「ああ、そうだな」
赤石は既に帰路についていた。少しペースの早い歩きで帰る赤石の隣につく。
「女の子のカオフはゲットできたかい?」
「一緒のグループにいた二人のカオフと交換した」
「おぉ! そうかい! それはまた上々。悠人君、すごい進歩じゃないかい!」
「何がだよ」
ふっ、と、鼻で笑った。
「僕も君が一人あぶれてないか心配になってたまに見たりしてたけど、あの場を制してたじゃないか。いやあ、悠人君にあんなことが出来るなんて思ってもみなかったなあ」
「そうだな」
「聡助の真似、かい?」
「……」
赤石は少し歩調を落とした。
「どうだい、聡助になった気分は?」
「……」
「モテなかったかい?」
「モテたよ。死ぬほどな」
「だろう? 悪くないだろう、こういう気分も?」
霧島はからからと笑う。
「どうしたって、結局聡助みたいなのがモテるのさ。他人を蹴落として、平気で罵詈雑言を吐き散らして、そうしてその場を征服したかのように振る舞う、そんな奴が結局モテるんだよ。君みたいに何も言わずに鬱屈したままじゃあ、誰も好きになんてなってくれないのさ」
その通りだった。
「船頭って女から次は二人で映画館でも行こう、と言われた」
「そりゃあすごい! もう交際まで秒読みじゃないか!」
「そうだな」
まるで、嬉しくもない。
「でも、これは俺じゃない」
「……」
明るかった霧島の顔が曇った。
「……へえ」
「これは、俺じゃない。俺は櫻井じゃないし、櫻井にもなれない。こんな無理を通しているといつかはひずみが起きる。ぼろぼろと崩れ落ちる時が来る」
「まあ、それはそうだろうね」
霧島はこともなげに言った。
「でも、じゃあ船頭さんはどうするんだい? タイプじゃなかったといって会うのも断るかい?」
「そんなことはしない。約束をした以上はちゃんと会う」
「それはまた殊勝だねえ」
自分の利益と目的のためだけに他人を利用することは、避けたかった。
「じゃあ本当の君を知っても、それでも尚、船頭さんが君に好意を寄せるとなったらどうかな?」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まる。
「それはそれでいいだろ。ちゃんと俺のことを好きになってくれるような人がいるなら、それはそれでいいことじゃないか」
「なるほどねえ」
「そうならないから俺はこんなことになってる。俺の本心が誰にも受け入れられないものだから、こんなことになってる。最初から受け入れられるようなら、あんな無駄なことはしていない」
「そうかいそうかい」
また、霧島はからからと笑った。
「自分を偽ってモテるのはどういう気分だ、霧島?」
冷たい目で、言う。
「それはそれは、最高の気分さ。悠人君も、もうちょっと世間と折り合いをつけて生きていくべきだと思うね」
「そうか」
何も言うまい、と口を噤む。
「でも船頭さんは偽物の君に好意を抱いてくれてるんだねえ」
「そうだな……」
船頭に対し、若干のバツの悪さを感じる。
「人を騙したのはどういう気分だい?」
意趣返しとばかりに、霧島が満面の笑みで訊いた。
「船頭には、悪いことをした。あとで謝っておく」
「よろしい」
赤石は一日で精神の疲労が限界に達していた。
「なんで分からねぇんだよ……」
赤石は小声でそっと、呟いていた。




