第147話 合コンはお好きですか? 1
夏休みが始まり、数日が過ぎた。
「サインコサイン、コサインサイン」
赤石は数学の定理を呟きながら、自室で勉強をしていた。
ブブ、とスマホが震える。ちら、と横目で見ると『カオフ』を開いた。
『やあ悠人くん、元気かい? 僕は霧島、十六歳独身さ』
「独身はいらねぇだろ」
一人、自室で呟く。
『今日は君に相談事があったんだけど、どうやら忘れちゃったみたいだよ』
「じゃあ連絡してくんなよ」
『あ、思い出したね! そう、明日他校の女の子たちとボウリングして遊ぶ予定なんだけど、どうだい?』
「……」
霧島から遊びに誘われる。他校の女の子たち、という、赤石が今まで全く関わってこなかった人間たち。
『行くわけ』
ここまで返信に打ち込み、手を止めた。
「……」
行くわけがない。当たり前だった。赤石がおよそ行くような場所ではなかった。
だが。全く赤石のことを知りもしない人たち。全く関係のない人たち。面識も予備知識もない、初対面の同級生。
赤石はどんな反応が返って来るのか、気になった。櫻井の真似をしたときに一体どんな反応が取られるのか、気になった。
赤石の。そして霧島の予想は正しいのか。導き出した結論はどこででも使えるようなメカニズムなのか。
「……」
ポチポチと、返信を打ち込む。
『分かった。行く』
その一文だけを、返信した。
赤石は霧島とボウリングに行くことになった。
翌日――
「やあやあ、おはよう悠人くん」
「よう」
最寄りの駅で待ち合わせをしていた赤石は霧島と落ち合った。
「いやあ、悠人くんと遊べるなんて感動だなあ、初めてじゃあないかい?」
「そうだな」
「いやあ、今日もつれない態度だねえ、悠人くん」
「櫻井は呼んでないのか?」
気になって、訊いた。
「もちろん呼んださ。クラスメイトとボウリングに行くけど来るかい、ってね」
「……」
「おや、そんな誘い方で来るわけがない、とでも言いたげな顔だねえ。やだなあ、クラスメイトっつったってどうせ男だろ、と思わせるような言い方をしたわけじゃあ、ないよ」
語るに落ちる。やはり、櫻井への認識が、同じ。
「まあ、悠人くんも今日来たのはそのためじゃないのかい?」
「……どういう意図だ」
半眼で瞥見する霧島を奇異な目で見る。
「いやあ、僕も知りたいのさ。女の子にモテる秘訣ってのをね。ひ・け・つ。悠人くんが今回来てくれたらその身で僕に教えてくれるんじゃないかなあ、と期待してたわけだよ」
「……」
確かに、霧島の言う通りだった。
「櫻井がモテる理由を、俺も知りたい。だから来た」
「お、さっすが悠人くん、頼りになるねぇ! 文化祭の映画も良かったよ! よっ、演技派女優!」
「女優ではない」
「じゃあ今日も頑張って行って来ましょう!」
霧島はやって来た電車に向かって歩き出した。
「いやあ、悠人くん。僕は幸せだよ。僕と思想を同じくする人間と出会えるだなんて」
「俺とお前は違う」
「またまたあ。僕と悠人くん似てるよ。目的が違うだけで思想は同じ。見てるものも、他人に対して思ってることも、似てるよ」
「どんなだよ」
「僕も君も、他人に対して興味がない」
「……」
そんなことはない。絶対に、そんなことはない。
「否定するかい? 違うと言いたいかい? だけど、それも違うね。確かに、君は三矢君とか山本君とか須田君とか色々仲が良い人はいるだろうね。でも、それだけさ。自分から人に対して距離を縮めようとしない。皆、そうだろう? 君は君の友達に一人でも自分から距離を縮めたことがあったかい?」
「……」
「君が人に興味がないと思ってる理由は、そこだよ。何も頓着してないんだよ。去る者追わず、来るもの拒まず。それはそれで、他人に対して何も期待もしていない、駄目な人間の発想だよ」
「……」
「違うかい?」
「……」
違うとは言い切れなかった。間違いなく違うとは、言い切れない。実際赤石が自分から距離を縮めた人間はいなかった。自発的に動いて、自分から行動して、そうして獲得した交友関係は、一つもなかった。だが、それが他人に興味がない、と結びつくのかどうかは分からなかった。
「自分に近づく人間にしか興味を持てないのに他人に興味があるだなんて言うのは、無責任だよ。ちゃんと自分を理解するべきだと、僕は思うね」
「そうかもな」
「ま、僕も同じような感じだけどね」
「お前はいっぱい友達いるだろ」
「誰さ?」
きょとんとした顔で霧島が赤石を見る。
「櫻井」
「あははははは、まさかあ。そもそも、君は僕が聡助と仲が良いと信じて疑わないよねえ。違うって言ってるだろう? 僕は聡助にすり寄る代わりに学校一の美少女たちとお近づきになれる。聡助は僕を利用して、男と仲が良いナイスガイを気取れる。ウィンウィンの関係だろ?」
ウィンウィンかと言われれば、そうかもしれない。
「悠人くん、これを見てみなよ」
霧島は『ツウィーク』を開いた。フォローしている櫻井のアカウントを見た。
「ほら、見てみなよこのお気に入り欄を」
霧島は櫻井のアカウントのお気に入り欄を指さした。
「聡助のお気に入り欄、見たことがあるかい?」
「いや……」
櫻井の発信した投稿を何度か目にしたことがあったが、そこまで櫻井に頓着していたわけでもなく、赤石自身櫻井のアカウントには詳しくなかった。
「じゃあ、早速見てみようか」
「いや……」
赤石は逡巡した。
「他人のお気に入りを見るのはあまりマナー的にいいことじゃないんじゃないか?」
「何をまた……」
はっ、と霧島は失望半分、嘲笑半分の目で赤石を見る。
「君はマナーだとかモラルだとか、そんなものを気にする人間だったのかい? マナーだとか常識だとかモラルだとか、そんなものは守る人間を不幸にするように作られたものだよ。マナーもモラルも常識も倫理も、守らない人間が得をして、守る人間が損をする。この世界はそういう風に出来てると僕は思うけど、どうかな?」
「俺はお前ほど開き直ってねぇよ」
「そうかいそうかい。まあ、あまりいいことではないのかもしれないねえ。でもシステム上見ることが出来るということは、見ることを規制されてもいないということだよ。作成者は他人のお気に入りを見ることがマナーに反すると思っていなかったということだよ。第一、僕たちのお気に入りだって誰に見られてるか分からないものだろう? そんな生き方をしてると損をするよ」
霧島は熱く、そう語った。
実際櫻井のお気に入り欄なんてものを見たくはない、と言う気持ちが強く働いていたが、赤石は自身のスマートフォンを取り出し、半分強制される形で櫻井のアカウントを見た。
そして、櫻井のお気に入り欄には――
しおりん
今日はすっごい張れてた! いい天気!
しおりん
誤字しちゃった……(笑)
雪由紀
ねぇ待って、スマホ家に忘れたんだけど。超ショックww
恭子
今日も疲れた。
しおりん
今日飴なの!? カッパない!
しおりん
また誤字しちゃった……(笑)
雪由紀
聡助が家から出て来ない
雪由紀
聡助が出て来た
雪由紀
焦ってるしwww
櫻井の取り巻きのお気に入りで、いっぱいだった。
上から適当にスクロールするが、誰も彼もが、櫻井の取り巻きだった。
「見たかい?」
赤石はゆっくりと霧島の方を向き、スマホをしまった。
「いやあ、僕も同じように投稿してるはずなんだけどねえ。どうして僕の投稿だけはお気に入りされないのかなあ。不思議だなあ」
あまりにも白々しく、まるでわからない、というポーズをとる。
こんな明々白々な行為を、誰も分からない。
「下心クソ野郎」
赤石はそう、呟いた。




