第145話 復讐はお好きですか? 2
「おい何帰ってんだよ」
「え?」
後方から声がかけられた八谷は振り向いた。
赤石が、そこにいた。
「赤石、あんた何してたのよ!」
「何って、トイレ」
「何って、トイレ、じゃないでしょ! なら教えなさいよ!」
「いや、机の上に紙置いてあっただろ」
「え?」
八谷は赤石の席に戻った。赤石の机の上には置手紙が、あった。
「……」
「ほら」
「見てなかったわ」
「見ろよ。というか教室開いてんだから誰かいるだろ」
「うるさいわね! 静かにしなさいよ!」
ぼかぼか、と赤石を叩く。
「でもお前、俺と帰っていいのか?」
「え?」
八谷はきょとんとした。
「櫻井とか水城とかいるだろ」
「あ……あ~、うん」
歯切れ悪く、八谷は言った。今日はやることがあるから、と嘘を吐き、八谷は櫻井たちに先に帰って貰った。
「まあ聡助たちとは夏休みも誕生日会あるのよ。でもあんたとは夏休み会わないでしょ?」
「そうだな」
確かに、と赤石は頷いた。
「じゃあ帰るか」
「……はい」
赤石と八谷は互いに帰り始めた。
「ご飯でも食べていくか?」
「え、あ、行く行く」
二つ返事で八谷は言う。赤石から誘われたのは、初めてだった。
「じゃあ一番近くのファミレス行くか」
「行く行……え」
赤石から、そう提案された。八谷は歩調が遅くなる。
「い、いや、別にあそこじゃなくてもいいじゃない。ほら、私たち降りる駅一緒でしょ? 駅の中だと食べる物もいっぱいあるし、あそこで食べるわよ」
「いや、別に近くのファミレスでいいだろ」
「駄目よ、そんな安い所。それに私が行きたくないのよ。ほら、終電とかも怖いわよね?」
「いや、終電までには絶対終わるだろ。どんだけ長居する気だよ」
八谷が拒絶するも、赤石も譲らない。あのファミレスで、八谷は櫻井とさんざ食べさせあい、赤石をけなし、利用してきた苦い過去があった。その過去を思い出したくなかった。
「だから嫌よ。あ、ほら、前コンビニ寄ったでしょ? あそこでまた買い食いするわよ」
「いや、二回も同じパターンは飽きるだろ。ファミレス行くか」
「い、嫌だって」
「いや、別にファミレスで良くないか?」
ぐ、と八谷は力を入れ、
「嫌って言ってるでしょ!」
赤石を罵倒するように、大喝した。叫び、止まる。赤石の足が止まった。
「……あ」
言ってしまった。八谷は自分の行動を後悔した。
「ご、ごめん赤石。私別にこんなに言うつもりなくて、なんていうか、えっと、こんなに怒るつもりなくて」
「そうか。じゃあ違う所にするか」
「え?」
八谷の想像以上に、赤石は何も感じていなかった。怒りも驚きも、赤石の瞳からは感じられなかった。
「赤石?」
「ん?」
「怒ってない?」
「いや、こっちこそ悪かった。強引に」
「い……」
怒っていなかったのか。八谷は、ほっとした。
「いや別にいいわよ、赤石が謝ることじゃないわよ。いやあ、悪かったわね、本当!」
あはは、と笑い、また先程と同様の空気が醸成された。
だが、八谷は気が付かなかった。赤石がどうして近くのファミレスを勧めたのかを。そこに赤石のどす黒い意図があるということに気が付かなかった。
ファミレスに嫌な思いがあるのは、赤石も同様だった。
「じゃあ天ぷらそば一人前で」
「こっちは炒飯で」
赤石と八谷は駅前にある適当な店に入り、ご飯を注文した。
「いや、あんたが自分から誘ってくるなんて珍しいわね」
「まあ、最後だしな」
「そう……ね?」
最後? 言葉の違和感に、八谷は引っかかる。
「いや、最後って何よ! 夏休み前の最後って言いなさいよ。全く、赤石は抜けてるわね」
「そうだな、あはは」
乾いた笑い。
八谷は不思議に思った。
「赤石、もしかして今日熱ある?」
「ん? さあ。なんでだよ」
「いや、なんか……ちょっと変かなって……?」
気のせいかな、と思う。
「ちょっと熱測るわよ」
八谷は赤石の額に手を伸ばした。そして、触れた。右手を赤石の額に置き、左手を自身の額に置く。
「ん~……ちょっと熱あるかも?」
「そうか。じゃあ離してくれ」
言いながらも、やはり変だと思っていた。愛想が良すぎる。何かが、変だった。
「赤石、夏休みあんた夏祭り行くのよね?」
「ああ。お前は?」
「私は――」
夏休みも明日からだし皆で夏祭りに行こうと、櫻井と約束していた。
「私も夏祭り行くわ」
「そうか」
「そうね」
「……」
「……」
沈黙。
「赤石、夏休みって何日くらいあったかしら?」
「四〇日くらいじゃなかったか?」
「そんなにあったのね……」
夏休み中赤石と一日くらいは会いたいな、と思う。それを言うために、一緒に帰った。
「あ、そういえば私料理上手になったのよ!」
「へえ、そうなのか」
感嘆も何もない。やっぱり変だな、と思う。
「あのまずいのが?」
「もう美味しいわよ!」
少し赤石っぽかったな、と思う。
「だからさ、それにちょっと料理しなきゃいけないこともあって――」
櫻井の誕生日会のことだった。
「夏休みいつか私の家に来て料理食べてくれない? さすがに人前に出すのもまずいのは憚られるのよ」
あ、あはは、と笑う。赤石を誘うのにいつも櫻井を引き合いに出さなければいけない自分を、八谷はいつも恥じていた。
「いいよ」
二つ返事。また赤石は即断した。
「え、いいの?」
「いいの? ってお前が訊いてきたんだろ。誕生日会までに一度はテイスティングがあってもいいんじゃないか」
「え、あ、ありがと」
やけにあっさりすぎる。勇気を出して誘ったのが馬鹿らしいな、と思った。
「あ」
赤石が思いついたかのように、言った。
「折角だし他の人にも来てもらったらどうだ?」
「え?」
善意からの提案なのかどうなのか。赤石はそう言った。
「ほら、誰か誘えばいいんじゃないか他にも。新井とか葉月とか水城とか」
「え、い、いや、えっと」
今までされたことのない提案に、八谷はうろたえた。何より、その誰とも良好な関係は築けていなかった。
「い、いや、料理が上手くなったことは皆に秘密にしたいのよ!」
「そうか……」
またあっさりと、赤石は引き下がった。
「まあ、じゃあまたカオフで連絡してくれ」
「分かったわ」
そして、話はまとまった。
「…………」
その日の赤石は、何一つとして面白くなかった。




