第143話 モテる秘訣はお好きですか? 6
翌日、夏休みも近いということで短縮授業になった放課後、赤石はいつものように掃除していた。
いつものように掃除を終わらせ、赤石は帰ろうとした。
「あ、赤石」
そこで、八谷に呼び止められた。
「赤石、今日は夏休みも近いから床雑巾がけして欲しい、って。まだあっちの掃除終わってないからまた五分後くらいに来て欲しいらしいわよ」
「……分かった」
そう言うと、赤石は忘れ物がないか一旦教室へと戻った。
「……あ」
赤石は前方で大量の掃除道具とゴミ袋を持つ暮石の姿を見た。一人で持てる量ではあるが、いささか大変そうにしていた。
「……」
クズほどモテる。昨日出した霧島との答えがどうなのか、知りたくなった。
赤石は学生鞄を背負うと、暮石に近づいた。
「暮石」
「あ、赤石君おはよ~。どうしたのこんなところで?」
「いや、教室に戻ろうかと思った」
「そうなんだ、おつかれ~」
暮石は赤石に手を振る。
「いや、いい。手伝う」
「え、本当に!? いいの!?」
と言いながら、暮石は掃除道具とゴミ袋を渡した。
「いや~助かるよ赤石君~。ちょっと手いっぱいで疲れてたんだ~」
「そう見えたから手伝った」
違う。そうじゃない。
「で、これはどこに入れればいいんだ?」
「あ、あそこだよあそこ~」
暮石の指さす方に歩き、掃除道具を入れた。
「ありがと~赤石君~。じゃあ次はゴミ捨てに行こっ!」
「わかった」
暮石と赤石は靴を履き替え、外に出た。
「いや~。ゴミ捨ての所だけ遠いのなんか嫌だよね~」
「そうだな」
「暑いよね最近~、ここ数十年で一番暑いとかなんとかだって」
「そう聞くな」
悪いことをしている実感ばかりこもっているので、まともな返事を返せない。
「あれ……ごめん赤石君、悪い事させちゃった?」
「え?」
暮石が赤石をのぞき込んだ。
「いや、なんだか気分悪そうだな~と思って、何か私まずいことしちゃったかな、って思ったり思わなかったりですね、あの~」
「あ、ああごめん。全然そんなことはない。ただ雑巾がけあるからそれが始まるまでに間に合うかな、と思っただけだ」
「え~、じゃあこのゴミ袋私が持つから赤石君はもう先に行って行って!」
「いや、ここまで来たし持つよ」
「そうなの、ごめんねなんか」
暮石は申し訳なさそうな顔をする。
「赤石君って、優しいんだね」
「……」
その言葉を聞いたとき、赤石はどうしようもないほどに自分が嫌になった。
違う。違う。こんな奴は決して優しい訳じゃない。ただ下心に基づいて行動しているだけだ。自分の仕事を抜け出して女の仕事を手伝っているような奴が優しい訳がない。全くもってどこも優しくない。
赤石は暮石を見る。
「ど、どうしたの赤石君。そんな顔をして」
「いや……」
なんでなんだ。おかしいだろ。
「暮石、俺は優しいか?」
「え、当たり前だよ! 赤石君自己評価が低いな~」
「……そうか」
その言葉を聞くと、赤石は萎れた。
「そういえばもうすぐ夏休みだね、赤石君」
「そうだな」
「赤石君は何か遊ぶ予定あるの?」
「夏祭りくらい」
「へぇ~、そうなんだ~。私も夏祭りいくんだ~」
「楽しんで来いよ」
「いや、赤石君もじゃん!」
そんな他愛もない言葉を交わしながらも、赤石の心は憂鬱そのものだった。
「じゃあ赤石君ありがと~」
「おう」
暮石のゴミ捨てを手伝った赤石は次に、自身の掃除場所へと向かった。
「あ、あんた遅かったじゃない。もう始まってるわよ!」
赤石の担当する掃除場所では既に八谷が雑巾がけを始めていた。
「悪い。暮石手伝ってたら遅くなった」
「……」
事実をそのまま、言った。
「そう、偉いじゃない」
「……どこがだよ」
ぼそ、と八谷に聞こえない程の声量で言った。赤石は自身の推論をおよそ真実だと確信していた。
雑巾がけも終えた赤石はようやく帰りだした。廊下を歩く。
「お~い須田、頑張ってくれよ~」
「うっす! 俺頑張るっす!」
職員室の前で、須田がロッカーを持っていた。
「あ」
「お」
赤石は須田と目が合った。
「お~、どうした悠?」
「そっちこそどうした」
「いや、夏休みも近いから先生が生徒を扱き使える最後の機会だ、っつって扱き使わされてんだよ」
「おいおい勘弁しろよ須田~」
神奈が須田の近くで見守っていた。
「こんにちは」
「おう、赤石」
神奈は赤石に片手をあげる。
「先生も手伝った方が良いですよ」
「わ~ってるわ~ってる、須田、ちょっと変われ」
「うす!」
須田はロッカーを置いた。
神奈は袖をまくると、ロッカーに手をついた。
「よいしょ!」
「……」
「……」
ロッカーは一ミリも動かなかった。
「統、駄目だ。お前がやれ。神奈先生に期待した俺たちが馬鹿だった。俺も手伝う」
「おぉ、マジで! 助かるぅ~」
「おいおい待てお前ら、私の力はこれからだ」
神奈は二人を制した。
「ふっ!」
力を入れるが、ロッカーは動かない。
「ふっ!」
かすかにほんの一ミリほど、動いたような音がした。
「ふぅ……」
ロッカーに片手をつき、汗をぬぐう。
「やれぇ! 赤石!」
「こんな大人にはなりたくないな」
赤石と須田は二人でロッカーを持ち上げた。
「でも統、こんな時間まで掃除あるのか? 結構長いな」
ロッカーを持ち運びながら赤石が言う。
「あ~、実は他の子にも任せてたんだけど忘れてたのか、帰っちゃってな。そこで須田が俺がやるっすよ! って言って今にいたるわけ」
「なるほど」
いかにも統らしいな、と赤石は思う。でも、自分がこれをやったんだ、とは言わないんだろうな、と思う。そこが、須田がモテない理由。勿論、全ての人間がそうではないため、須田の優しさに心ひかれた人間も数多くいるだろう。ただ、それが櫻井を慕う人間よりも少なかっただけだった。
「統」
「何さ」
少し逡巡し、口をつぐんだ。
「……やっぱなんでもない」
「そっか」
あはは、と須田は笑った。
赤石はより一層、自分の推測を確固たるものにしていた。




