第142話 モテる秘訣はお好きですか? 5
他者と自分を一対一という関係性で世界を見ているが故に、櫻井のような人間がモテる。一対一という観点で見れば、櫻井は女子生徒たちにとってはとても好意的な人間だった。
困った時には助けてくれる。何かあれば手を貸してくれる。率先して自分たちのやらなければいけないことをやってくれる男。どこからどう見てもモテる要因しかなかった。
一対一の関係を無限に見ているが故に、須田は櫻井よりもモテない。クズほどモテると赤石が言ったその最も卑近な例だった。
赤石は須田とあった出来事を思い出していた。
『えぇ、須田先輩じゃん、どうしよう恰好いい!』
『須田先輩って水泳部だし体つき凄い良いよね』
『『『分かる~』』』
『須田先輩、水泳頑張ってくださーーい!』
須田が登下校中に女子生徒から話しかけられたことがあった。だが、須田は女子生徒に挨拶を返すだけで、女子生徒の下へは行かなかった。
『さすがにお前を置いて後輩たちの所に行くなんてそんな残酷なこと出来るかよ』
と、須田は言った。だが、もしモテるには後輩の下に行くという選択肢が正しかった。須田は赤石との関係性を重視するが故に、モテるはずのチャンスをふいにしていた。或いは教室でもどこでも、男との関係性を重視してしまうがゆえに、櫻井よりもモテなかった。
後輩女子から見れば、もしかするとこの時須田は呼んだのに挨拶しか返さない男だと思われていたのかもしれない。
赤石が隣で歩いているということは、その当人にとっては全く関係ないのだろう。ただ須田とその当人たちの世界が広がっているだけであり、赤石と歩いているのにも関わらずこっちにやって来た先輩、という評価にはならなかったはずだ。
前もそうだった。
木陰で昼食を食べていた時に須田の下へとやって来た女子生徒がいた。その時も須田は赤石との関係性を重視するがあまり、女子生徒の希望に添うことができなかった。それも女子生徒から見れば、付き合いの悪い男と言う烙印を押されていたのかもしれない。
須田は、同性との縁をあまりにも大事にするあまり、男がいればいるほどモテなくなる。
故に、男友達の少ない櫻井がモテる。男をないがしろにして女の下へ行くようなクズだからこそ、モテる。女にモテているという嫉妬からではない。男をないがしろにするから、いわれのない嫌悪感を男から受ける。
思い返せばあの時も、あの時もあの時もあの時もそうだった、と赤石は思う。或いは霧島はそのメカニズムの一端には触れていたのかもしれない。
『一人で女にモテると、男からはモテなくなるからね』
霧島は言った。女にモテると男からはモテなくなる。それはモテる時の状況を察していたからではなかったのか。
櫻井のように同性を捨て置き、顧みずに、異性の喜ぶことを積極的にする。そうすればモテると、そういう結論を赤石は出した。
「いやぁ、なるほどねぇ。君が出した答えはそういうことか」
霧島はうんうん、と頷いた。
「男だけに限らないだろうねぇ、それは。女の子でも同じかもしれないなあ」
のんべんだらりと霧島は言う。赤石はもう一度教室を見渡した。人影は見えない。
「男の前でだけ媚びたことしやがって、だとか男の前でだけぶりっこしやがって、だとか世間では言われてるけど、やっぱり同性の目を気にせずに動ける人間が一番モテるのかもしれないなあ」
「……そうかもな」
そう言った。そんなことでいいのか。クズになればなるほどモテる。そんな世の中で良いのか。元々女子多人数の中に男が一人いる状態も健全な状態とは言えない。それを自ら引き起こしているようならなおさらだ。
元来、櫻井が善人である道理はどこにもなかったと、そういうことだった。
「まあ、それは僕ら二人で出した答えだしね。まだ答えが正解かは分からないよね。これから少し経過観察をした方がいいかもしれない」
「そうだな」
赤石もその答えが本当に正しいか、知りたかった。自分の出した答えが正しいのか、知りたかった。
「つまり悠人君が言いたいことは、例えば女の子にだけ突然プレゼントするような男がモテると、そういうことだろう?」
「ああ」
「男にはプレゼントなんてあげないけれど、突然女の子に何の意味もなくプレゼントするような男がモテると、そういうことだろう?」
「ああ」
「それは彼女たちから見ればプレゼントをくれる優しい男の子、で僕たちから見れば女にだけプレゼントをあげる下心丸見え人間になっていた、ってわけだ」
「まあそういうことになるな」
言葉のチョイスは絶妙に失礼だけどな、と付け加える。
「彼女たちは外見しか見てないんだね」
「……」
外見しか見ていない。内心では何を考えているかなんてことは全く関係しない。そんなことは全く問題ではない。
「僕も君も、どれだけ心の奥底で格好いいことを考えてても、それは意味のないことだったんだね。彼女たちは僕たちの心の中身なんて見てくれない。ただ外に出てるものを見てるだけだって、そういうことだよね」
「…………ああ」
考えれば考えるほど、世の理不尽を感じる。
「それは彼女たちだけじゃなくて、僕たちでも同じかもしれないね……」
「そうだな……」
人の外見しか見ない人間は沢山いる。内心まで見ようとはしない。そんな上っ面の心根だけを見て、見たような気になって、惚れる。あいつらは、皆そう。そう、言外に、伝えたそうに。
心の奥底なんて、誰も見てくれない。
「ということは……」
霧島がうずうずと体を動かした。
「女の子にプレゼントを頻繁にあげる僕はとてもモテるってことじゃないかあ!」
喜び、大声を挙げた。
「いや、お前は違うだろ」
「なんでだい、僕も女の子にいつもプレゼントあげてるはずだよ。男になんてあげないけどね」
やはり、すがすがしいほどのクズ。
「開き直りクズ」
「いいあだ名じゃないか!」
パチン、と霧島は指を鳴らす。
「お前は外から見て下心が満載なんだよ。櫻井は外から見ても下心があるようには見えないけど、お前は外から見て下心しか見えないんだよ」
霧島の内心は知らない。だが、上手く下心を隠している櫻井と違い、霧島は下心を隠せていない。
「外見も大事なんだねえ」
はあ、と霧島はため息を吐いた。
そして、霧島と赤石の談義はこれを持って終了となった。翌日から、この理論がどれだけ正しいのかを試そうと、そういう結論で終わった。




