第15話 家宅訪問はお好きですか? 1
八谷と別れ、帰宅した赤石はすぐさまベッドに寝転がり、今日あったことを反芻した。
「赤石、明日私の家に来なさい」
どうして八谷が自分にそんなことを言ったのか、全く理解の及ばないところにある何かに思いを馳せるが、答えは出ない。
八谷と櫻井とを二人にし、自分は次の駅に降りたことが八谷のコンプレックスを刺激するような何かだったのだろうか、と考えるが、八谷のことを詳しく知っている訳でもないので、考えることは止めた。
赤石はベッドの上で輾転とし、鞄からスマホを取り出し、電源をつけた。
「どうしようかしら…………」
八谷は自室でスマホを眺めながら、一人呻いていた。
赤石に、自分の家に来い、と言ってしまった手前もう後戻りは出来ないと、そう感じていた。
ここで自分がやっぱりなんでもなかった、とでも赤石に連絡すれば赤石へ好意があるかのように取られかねない。勇気を振り絞って家へと誘ったけれど、後になった恥ずかしくなった、とすら捉えられるかもしれない。
飽くまで元からそうする予定であったかのように、予定調和であったかのように振舞わなければ、赤石に誤解を与えかねないと、八谷は考える。
八谷は必死で、赤石を自宅へ呼ぶ理由を考えた。
脳内で様々な議論が開始され、どういった理由が最適かを考える。
「んん~~~~~~~~~~~…………」
赤石を自宅へと呼ばなければいけない理由が、見つからなかった。
連絡先を交換してしまった手前、実際に会って話す必要がある訳でもなく、かといって会う理由を取り付けるには何か櫻井との恋が進展することを理由付けなければいけない、と二つの条件を突破しなければいけないため、議論は難航する。
「どうしよう…………」
考えても答えが出ないため、八谷は内心情けない気分になりながら、独り言ちる。
早く連絡しなければ、理由もないのに赤石を呼んだと思われかねないと、ぐるぐるぐるぐると答えの出ない議論に迷い続ける。
「ああああああーーーーーー、どうしたらいいのよーーーーーー!」
八谷は床の上で右に左に体を揺らし、目をつぶり頭を抱える。
焦りからくる自分の動きを止め、八谷は一度、深呼吸をすることにした。
「すーーはーーすーーーはーー」
深く深呼吸した八谷は、目の前にある物を見つけた。
「これ…………」
半年ほど前に買った弁当箱を、視認した。
その時、八谷の頭に一条の稲妻が走った。
「これよ!」
八谷は勢いよく立ち上がり、すぐさまスマホの電源を付けた。
「私、聡助にお弁当を作ってあげたいんだけど、私は料理があまり上手じゃないのよ。明日あんたに料理を教わってあげるから、私の家に来なさい、っと!」
八谷はSNSコミュニケーションツール『カオフ』で赤石に連絡し、スマホを置いた。
「ふ~~~~~~~~~」
これで連絡が遅すぎるということはなくなったんじゃないか、と安心して八谷はベッドの上に寝転がる。
ピローン。
「わっ!」
連絡してすぐさま返信が来たことに驚き、八谷はスマホを見た。
『別に俺じゃなくてもいいだろ。母親とか父親とかに教えて貰え』
帰って来た返信には予想通り、来ない、という旨が書いてあった。
打っても打っても全く響かない赤石に、八谷は顔に渋面を張り付ける。
「何よあいつ、本当全然私の可愛さに食いつかないじゃない、ムカツク!」
八谷はむきになってスマホを勢いよくフリックし、再度連絡を送った。
『私のお父さんは料理が出来ないし、お母さんは忙しくてそんな時間ないのよ』
八谷はスマホを睨み、返信が返って来るのを待った。
『ならネットを参考にするといいぞ。最近はネットになんでも載ってるからな』
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」
見当違いの返信に、八谷はイライラを募らせる。
「そんなこと訊きたいんじゃないわよ! そんなこと訊きたいわけじゃないに決まってるでしょ!」
ムキになって返信を打つ。
『あんた、スポーツが上手くなりたいから教えて、って言われて「ネット見ろ」とか言う訳⁉ ネットでなんでも出来るなら監督なんていないに決まってるでしょ!』
半ば話がずれている気がしなくもなかったが、そのまま返信する。
ピローン。
『一理あるな』
「ほら見なさいよ!」
理論主義の赤石を言い負かしたことに、鼻が高くなる。
続けて、返信が送られた。
『まぁ、話がずれてるけどな。俺も料理上手い訳じゃないから友達に教えて貰ってくれ。それに俺とお前は男と女だし』
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」
気軽に自分の家に呼べる女友達がいないことを赤石は知っているので、自分のコンプレックスを再度抉ってきた赤石に、八谷はとうとう激昂した。
そして、男と女だから、と性差を理由に自分と関わることを避けているかのような赤石にも心底腹が立った。
八谷は、分からなかった。どうして赤石がそこまで自分を避けているのか、理解することが出来なかった。
不愉快な気持ちになった。心底、不愉快だった。
自分が櫻井に好意を寄せていることが原因で、赤石が男と女という性差を持ち出すようなことがどれほど屈辱的か、思い知らせてやろうと思った。
八谷は自らの怒りにまかせ、心に渦巻いていたいくつもの怨磋の感情を吐き出すようにして、返信を打ち出した。
『私は女友達がいないって言ってるじゃない! 本当なんなのよあんた! 美少女が家に来なさい、って言ってるんだから喜んで来なさいよ!
あんた本当可愛くないわよ! なんなの一体! 自分が何してるか分かってるの! 一々のらりくらりと適当な返信ばっかり返してきて本当あんたイライラするのよ!
私が今何考えてるか、とか何もわかってない訳⁉ あんたそんなだから友達いないのよ! 女の子だから優しくしてあげようとか思わない訳⁉
私が魅力ない、って言外にそう言いたい、ってそう言う事⁉ 本当イライラするんだけど! あんたは何も考えずに来る、って言ったらいいのよ! 馬鹿なの⁉
何!? なんなの? 私が聡助が好きなのがそんなに嫌なわけ!? だからあんたこんな嫌がらせみたいな返信ばっかり送ってくるわけ!?
人の気持ちとか全然理解できないの⁉ 頭どうかしてるわよあんた! そうやってなんでもかんでも効率主義で、なんでもかんでも利己的に考えてるからあんたの人生なんて上手くいかないのよ! 今まであんたの人生上手くいったことあったの⁉ なんでもかんでも、この世はあんたみたいに利己的に考えて上手くいくわけじゃないからね!
現に、今だってあんた私の不興を買ってるじゃない! だからあんたはいつまで経っても友達いないのよ! 学校でもお昼ご飯の時にあんた一人でどっか行ってるわよね⁉ どうせ、トイレで一人さみしくご飯でも食べてるんでしょ⁉ だからあんたは駄目なのよ。
人の気持ちを考えない機械みたいな生き方してるあんたなんて、一生上手くいかないわよ、馬鹿!!!!!!』
八谷は自分の心情を全て吐露し、付け加えて赤石に対する嫌がらせや悪口も加え、返信した。
「はぁ………………」
自分の気持ちを全て赤石に伝えられたことで、気持ちが発散されたかのような心情に陥った。
自分の打ち出した文を見てみると、何度かスクロールしなければいけないほどの量になっていた。
自らの感情がここまで長くなってしまったことに、八谷は自分でも驚いた。
『カオフ』を見てみると、既に自分の返信を見たマークがついていた。
そのうち返信が返って来るだろう、と八谷はスマホを置き、一息ついた。
五分が経過した。
「遅いわね……ちょっと書きすぎたかしら」
赤石からの返信はまだ帰ってこなかった。
十分が経過した。
「ちょっと書きすぎたのかな」
三十分が経過した。
「さすがにちょっと遅すぎない⁉ 本当どんだけあいつ読むの遅いのよ!」
一時間が経過した。
「きっとあいつも長い返信を返してるからこんなに時間がかかってるのよ! 私も時間いっぱいかかったし、まぁ当然よね! 当然だわ!」
独り言ちながら、八谷は自分の思考と言葉が乖離していることを、自覚していた。
赤石がそんな長文を送ってくるわけがないと、自覚していた。
合理主義の赤石がそんなことをしないということは十全に理解していた。
時刻は七時を回り、一度八谷はご飯を食べることにした。
『CAOF』
Communication Association Of Friend
の略ということで『カオフ』です。