第140話 モテる秘訣はお好きですか? 3
赤石にはA君とCちゃんの物語が純愛と言われる理由が分からなかった。
論理的に考えて、どうしても納得できない点があまりにも多いと、赤石にはそう見えていた。
男子バレー部の主将であるA君はどうして女子バレー部のCちゃんにバレーを教えることにしたのか。まずそこから、赤石は気になっていた。男児バレー部の主将は他の男子バレー部員を教えるべきではないのか。いち女子バレー部の生徒にまで教えに行く必要があるのか。女子バレー部のことは女子バレー部員がなんとかするものじゃないのか。女子バレー部の下まで男子バレー部の主将がしゃしゃり出る必要があるのか。
赤石には分からない。
そもそもA君がBちゃんと別れるまでCちゃんのバレーの下手さに何も言及してこなかったのはおかしいんじゃないのか。Bちゃんと別れた途端Cちゃんがあまり上手くバレーを出来ていないということに気付くということは、Bちゃんと別れた途端他の女に目星をつけていたからではないのか。そこでたまたま自分の能力が最大限使える女子バレー部の部員を見つけただけではないのか。第一それならどうして分かれるまでは教えてあげなかったのか。たまたま別れてからたまたま女子バレー部の部員のバレーが下手糞なことに気付いたのか。違うだろ。理由と結論が逆だ。
赤石は八谷を見る。
自分の能力を最大限発揮できるフィールドで、それも一々自分が教える必要すらない女子バレー部に顔を出して、男子バレー部を教えることすら放っておいて、それが純愛だとどうして言い切れるのか。どうしてそんなことが言い切れるのか。
赤石には全く分からない。どうしてそんな思考回路に陥るのか、全く理解が及ばない。まるで自身の思考の範疇になかった。
それではあまりにも。
外野を軽視しすぎている。
周りの状況が見えていなさすぎる。
「……」
黙り込む赤石を、八谷は不思議に思う。
「どうしたのよ、赤石。そんな顔して。結局何が言いたかったわけ?」
八谷は赤石の顔をのぞき込み、小首をかしげた。
「い、いや、八谷でもこんな話でときめくんだな、と……そう思っただけだ」
「何よあんた! いちいち私の神経逆撫でするようなこというわね!」
「いや、冗談だ」
「はっ」
赤石は自分で何を発言したかもわからず、ただただ話を合わせた。
「ところで赤石、夏休みが近いわね?」
「あ、ああ」
八谷が話を変えた。
「夏休み、あんたどこか行く予定あるわけ?」
「いや、受験勉強」
「そう……」
歯切れが悪くなる。まさか八谷は夏休みにどこかに誘おうとしているのか、と赤石は思う。
「じゃあ……」
「……」
怖くなった。今の関係を壊すのが、怖くなった。
「じゃあ赤石、私と夏祭り――」
「ごめん」
即座に、断った。八谷からこれ以上近づかれるのも遠ざかられるのも、怖かった。
「悪い八谷、俺他のやつと行く約束してんだ」
「…………そう」
あげた手を、八谷はゆっくりと降ろす。地面を見た。
お前は櫻井が好きなんだろ。ならこれ以上俺に関わって来るなよ。これ以上俺と距離を縮めようとするなよ。俺は櫻井を好きなやつなんかと距離を縮めたくないんだよ。
止めてくれ止めてくれ止めてくれ止めてくれ止めてくれ。
俺は櫻井と仲が良い奴と仲良くすることが出来ない。
俺は八谷が怖い。憎い。羨ましい。好きだ。嫌いだ。友達だ。他人だ。凄い。あり得ない。
まるで自分のものにしてしまいたい。
だが、櫻井と仲良くする点でだけはどう考えても絶対に譲れない。
八谷と仲良くするには、八谷は櫻井のことを好きすぎる。
そんなどうしようもない感情が。どうしようもない赤石の矜持が。独占欲が。俺と仲良くするなら櫻井と縁を切れという傲慢が。傲りが。不遜で、それでいて、ただただ櫻井への悪意だけが、赤石から滲み出していた。
『お前は櫻井が好きなんだろう。なら、これ以上俺に近づくな』
八谷と関わるたび、赤石の脳裏には何度も何度も何度も何度も誰かがその言葉を囁いていた。
「なら仕方ないわね」
「悪い……」
本当に悪いと思っていた。赤石自身、自分の悪意は自分で制御できる程の大きさのものではなくなっていた。もはや自分にすら制御できない、操ることの出来ない膨大な悪意。櫻井に対する敵愾心。大敵と与する者に対する無意識な拒絶。
そんな感情に、赤石は蝕まれていた。
「もしかしてあの女の子と一緒に?」
「……え」
しまった、と八谷は思った。入り込みすぎた。赤石の領域に足を踏み入れすぎた。
「鈴奈のことか?」
「……ポニーテールで手足が長い」
「鈴奈だな、多分」
赤石は理解した。
「まあ、そういうことになってる。文化祭で見たのか?」
「まあ一応。そうなんだ……」
八谷はゆっくりと立ち上がった。
「悪かったわね、赤石。変な事言って! まあ他の人と行くなら仕方ないわよ! さ、帰りましょ赤石!」
「あ、ああ……」
二人は胸の奥にどうしてもやりきれないもやもやとしたものを抱えたまま、帰路についた。




