第137話 体育はお好きですか? 5
「じゃあこれで体育の授業は終わりだ。お前ら早く教室に戻って着替えろー」
「おつかれしたー!」
サッカーの授業が終わり、赤石たちはぞろぞろと帰りだした。
「おいアカ、お前ドリブルめっちゃ下手くそやったなぁ!」
「いやいや、凡人レベルだろ」
教室へと戻る赤石に三矢が話しかける。
「確かにアカ殿は普通にドリブル出来てたでござるよ。三矢殿がサッカー上手すぎるんでござるよ」
「はっはーん、まぁ? 俺ぇ? 昔結構サッカーやってたしぃ?」
「すげぇむかつく喋り方」
赤石たちはどうということもない雑談を話しながら歩いていた。
「はぁ……ったく、俺一人で体育の片づけかよ」
櫻井は一人、使用したサッカーボールの片づけを行っていた。
「お前は毎日八谷ちゃんとか水城ちゃんとかと一緒にいんだからそん位はやっとけー、とか本当ひどいよな」
他の男子生徒に言われるがまま、櫻井はサッカーボールを片付ける。
「あ~、めんどくせ~な~」
櫻井がぽーん、とサッカーボールを蹴り飛ばした先に、人の影が見えた。
「え……」
「え……」
水城が体育倉庫の中に、いた。
「あれ、櫻井君どうしてこんなところに……!?」
「え……いや、俺はサッカーボールの片づけだけど……水城はなんでこんなとこに?」
「え、えっとね、バドミントンの授業やってたんだけどちょっとシャトルが足りなかったからここにあるかなぁって……あはは」
「あははは、そうかぁ~水城も大変だなぁ」
櫻井はサッカーボールを指定の位置に置いた。
「ところで水城その恰好……」
ガラガラガラガラガラ。
「……!?」
その時、体育倉庫の扉が閉まる音がした。水城と櫻井は咄嗟に扉に駆け寄る。
「お、おーーーーい! 誰だ閉めたのーーー!?」
櫻井がどんどん、と扉を叩く。
「……」
「……」
が、誰も反応しない。
「おーーーーい、おーーーーーい!」
「……」
櫻井が何度呼んでも、扉は開かなかった。
「も、もしかして……」
櫻井は錠をがちゃがちゃと触り、
「水城、閉められてる……」
「嘘ぉ⁉」
水城は両手で口元を覆った。
「な、なんで閉められたの!? どうして!?」
「お、俺にも分からねぇ。もう誰もいないと思って閉められたのかも……」
「そ、そんなぁ」
「おーーーーい、おーーーーい!」
「おーーーーーい!」
櫻井と水城は互いに叫ぶが、音沙汰はない。
「ど、どうしよう……」
「まあ落ち着けよ水城。こういうのは待ってりゃ気付いた誰かが開けに来てくれるって。取り敢えずそこら座ろうぜ」
「う、うん……」
櫻井と水城は適当な場所に腰を落ち着けた。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が二人におりる。
「あ、あはは、なんか緊張するね」
「そ、そうだよな。あはは」
「……」
「……」
櫻井と水城は再び黙り込んだ。
「へ、変だよねこんなの。普段は普通に喋れてるのに……」
「そ、そうだよなぁ~あははは」
水城が少し、櫻井に近づいた。
「ねぇ、櫻井君」
「うん?」
「今日ってもう昼休みのあとの授業終わってるよね?」
「あ、あぁ」
「もうこのあと体育の授業ないよね?」
「あ、あぁ」
「もしかしてこのまま私たち今日一日中閉じ込められたままなんじゃ……」
「…………え」
櫻井は顔を真っ青にした。
「もしこのまま一日中ここに閉じ込められてたらどうしよう……」
「い、いやさすがに誰か気付くんじゃねぇか~」
「そうだといいんだけど……」
水城は自分の肩を抱きしめた。ぷるぷると小刻みに震えながら両の腕をさする。
「ど、どうしたんだ水城」
「い、いやちょっと寒いなぁって……」
「え、そう……か?」
櫻井は水城の首元を見た。うっすらと汗で湿っていた。
「あ、そういえば汗かいたまま放ったらかしにしてると体を冷やすっていうよな」
「だ、だからかも。なんだかちょっと寒気が……」
ぷるぷると水城は震える。
「……」
櫻井は物陰に隠れごそごそと物音を立てた後、戻って来た。
「水城、着ろよ」
「え……櫻井君?」
「ん」
櫻井は水城に自身の服を差し出した。
「いや、女の子が寒がってんのに何もしないのは違うだろ?」
「ご、ごめんね、ありがとう」
水城は櫻井の服を受け取り、羽織った。櫻井は上半身下着一枚になった。
「なんだか夏なのにここ妙に寒いね?」
「日が当たってねぇから……なのかもなぁ」
櫻井は水城を見ることなく、どこ吹く風でストレッチをする。
「ねぇ櫻井君」
「ん」
「ちょっとここ座ってくれない?」
水城は自身から少し離れた所をぽんぽんと叩いた。
「え、まあいいけど」
櫻井は水城の隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ、水城。何か体調でも……」
「え、えっとね、恥ずかしいんだけど私ちょっと怖くて……」
「怖い?」
櫻井は辺りを見渡した。体育倉庫の中は薄暗く、日の入る場所がなかった。
「なんか暗いし閉じ込められてるしちょっと怖くて……」
「そ、そうか」
櫻井は少し水城に近寄る。
「……」
「……」
「水城」
「何?」
水城は櫻井を見上げた。
「何か怖くなったら俺を頼ってくれよ? ほ、ほら、俺こう見えても男だしさ!」
にか、と櫻井は水城に笑いかけた。
「うん、櫻井君、やっぱり優しいね」
「そんなことねぇよ」
二人はまた距離を近づけた。
「……」
「……」
そ、と水城は櫻井の肩に頭を乗せた。櫻井はびく、と少し体を揺らす。
「ちょっとだけ、こうしててもいいかな?」
「お、おう」
二人は互いに密着し、息遣いすら聞こえるほどの距離で座っていた。
「あ」
「え?」
突如、櫻井が声を上げた。
「危ねぇ!」
「きゃっ!」
櫻井は咄嗟に水城に覆いかぶさった。衝撃と共に櫻井に体育倉庫の小道具が落ちてくる。
「大丈夫か?」
「あ、う、うん……」
櫻井と水城はわずか数センチの距離で互いを見つめ合った。
「……」
「……」
二人は頬を赤く染め、互いの瞳に吸い寄せられるかのように、まるで時間が止まったかのように動きを止めた。
「櫻井君……」
「水城……」
二人はささやき、途端――
ガラガラガラガラガラガラ。
「きゃっ!」
「おわぁっ!?」
体育倉庫の扉が開いた。
「え……」
体育倉庫の入り口に、八谷が立っていた。八谷の視界には上半身が下着一枚の櫻井と、櫻井に乗りかかられている水城の姿。
「…………」
八谷は無言で扉を閉めた。
「うおおおおぉぉぉ、違う、違うんだ恭子――――――――! 誤解だ、誤解なんだぁーーーー!」
櫻井は八谷に駆け寄った。
水城は櫻井の服を持ったままそっと顔を近づけ、頬を赤く染めた。




