第135話 体育はお好きですか? 3
「あっち~……」
「暑いなあ……」
赤石と須田は木陰に隠れながら、花壇を背にして中庭で昼食をとっていた。
「あっちぃなぁ~……」
「そうだな」
「……」
「……」
「あっちぃなぁ~」
「何回言うんだよ。語彙力貧困か」
だらだらと汗を流しながら須田は気の滅入った顔をする。
赤石は昼食を口にした。
「もう学校の中で食べても良いんじゃないか? 暑すぎるだろ」
「なんでよ! 皆に噂されたらどうすんのよ!」
「いや彼女か」
いやよ私そんなの、と言いながら須田は姿勢を崩す。
赤石と須田は並んで足を崩し、あぐらをかきながら昼食を食べていた。
「なんか今年今までにも類を見ないくらいの暑さらしいなぁ。ヤバくないか、悠?」
「毎年聞いてるわそれ」
「でも今年は去年を遥かに上回る暑さだろ~が~」
「お前のそれも毎年聞いてるわ。でも本当に今年は暑いな」
赤石は汗をぬぐう。
木陰にいるのにもかかわらずじりじりと肌が焼けるような感覚に陥る。
「でもお前冬より夏の方が好きだったよな?」
「もちもち。綺麗なお姉さんはむちむち」
「こんなに暑いのになんでだよ?」
「スルーかよ! ん~、いや、やっぱ夏って暑いけどテンション上がんじゃん? なんつーかな、一年で最もテンションが上がる季節っていうか」
「そうか」
「そういえば悠は冬派だったよな」
「もちもち。冬の餅アイスはこちこち」
「うわもう一段階レベルアップさせてモノにしてんじゃん。しかも話の展開に沿って冬派な所までアピールしてきたし」
「まあ俺は冬だなあ」
ぽかんと口をあけながら赤石は考える。
「いや、だって夏は合理的に考えてもないだろ。冬は着こめば寒さはしのげるけど夏は脱げる枚数に制限があるからなんともならないだろ」
「あ~、出た! 冬派の言い分その一! そういう問題じゃないんだよなぁ~」
「それに冬は年末年始とかクリスマスとかハロウィンとかとにかく色んな行事があるけど夏は何もないだろ。蝉がうるさい所くらいしか思い当たらない」
「いやいや赤石さん、夏だって夏祭りありますよ、本当。あ、今年の夏祭りどうする?」
「いやいや、夏祭りは年末年始の浮かれ具合には遠く及ばないだろ。面倒だから行かん」
「何を言いますか悠さん! 夏は海とか山とかあるしイベント力じゃまけてないですから! そもそもイベント力の問題じゃあないんですよ、季節の好き嫌いは! いやいや、行こうぜ一緒に。すうも誘って」
「ちょっと止めてくれ。カオフみたいな話の進め方止めてくれ。混乱する」
「じゃあ夏祭り行こうぜ!」
「まあもうすぐ夏休みだしなあ。気が向いたら行く」
「そっけないねぇ」
須田と赤石は一度話を中断し、昼食をかきこむ。相も変わらず口を開けば止まらないな、と赤石は須田を見る。
須田を見る。
「……」
「何?」
「いや……」
「かっこういいなぁ、って、そう思っただけだよ、と、赤石は思った」
須田が言う。
「勝手にモノローグを付け足すな」
と言いつつも、須田の言っていることは当たらずとも遠からずだった。
『最低限モテるために必要なのは、出会いを増やすこと』
霧島の言葉を思い出す。
本当に、そうか? 赤石は霧島に対して、ひどく懐疑的だった。
本当にそうか? もしそうなんだとしたら見る限り霧島の方が櫻井よりも何倍も多くの女と交流している。それに加えて。
須田をちらと見る。
水泳で名を轟かせている須田の方がよっぽど女との交流は多いはずだ。なのに、櫻井程はモテていない。筋骨隆々、肌は浅黒く、背が高い。多少お茶らけた性格をしているが、水泳の時には驚く程に真剣になり、生徒からの人気も高い。顔も端正で女子との交流も多いと来た。
その須田が櫻井よりもモテていないのは、霧島の理論で言うならば、どう考えてもおかしいはずだ。
赤石はおとがいに手を当てる。
「お~~~~~~い」
遠くから、声が聞こえた。赤石がふ、と視線をやると、知らない女数人がそこで手を振っていた。
「お~」
相手に聞こえるか聞こえないか分からない程の声量で、須田は片手を上げた。
統の友達か、と赤石は無遠慮に見る。
女たちは須田の下に駆け寄った。
「何してんの須田ちこんなところで? こんなあっちぃのによく外でご飯食べようと思うね~?」
「まあなぁ~」
「須田パイセン今日もいかしてるっすね! 筋肉触っていいすか!?」
「いいよ~」
「ところで須田ち、この人誰……?」
後ろで一つにまとめた髪を揺らしながら、女は聞いた。
「彼は赤石悠人、大探偵さ」
「今は事件を追って張り込んでいる」
須田に呼応して、赤石が言った。
「え~~。マジぃ!? 超ウケるんだけど」
女は大声で笑い、手を叩く。
「あ、赤石パイセンって須田パイセンの友達だったんすね。なんか意外っす」
「え、らなぽん知ってんの、赤石? のこと」
「知ってるも何もないっすよ! 結構有名じゃないっすか!」
あまり良い意味じゃないすけど、とぼそ、と付け加えたのを、赤石は聞き逃さなかった。
「へぇ~、私知んないわ赤石のこと。ま、須田っちと友達なら悪い人じゃないっしょ? よろしく」
女は赤石に言った。
「じゃあ私も今度からここで食べようかな~」
「いやいや、ここは俺と悠のパーソナルスペース」
「何言ってんの須田ち、超ウケる」
女は再度爆笑する。
「俺と悠、クラス違うから今くらいしかまともに話す機会ねぇんだよな~」
「そうだなあ」
赤石は出来るだけ須田と女との会話を邪魔しないよう、相槌を打つ。
「へぇ~。見たところあんまり須田ちと合いそうな感じじゃないけどね~」
どういう意味だよ、と言いそうになったところで赤石は口を閉じた。須田の前で余計な問題は起こすべきじゃないな、と自制する。
「いや、合うよ」
「あ、うん」
女を見ずに放った須田の一言に、女は少し焦りながら返答した。
「へぇ~、でもあんた赤石か~、よろしくねこれから」
「よろしく……」
赤石は女が差し出した手を軽く握った。
「あ、もう早くしないとヤバいすよレモンパイセン! 怒られるっすよ、コーチに!」
「あ、あぁ~、そだね。じゃあば~い、須田ち。あと赤石も」
「おぉ~、じゃあまたな~」
「アディオスす!」
須田は女たちに手を振った。
女たちが視界から消えると手を止め、須田は赤石を見た。
「いや~、ごめんな悠。放ったらかしにしちゃって」
「いや、別に全然いいけど」
赤石は須田が女と話している時もずっと考えていた。
考えても考えても、櫻井が統よりモテる理由しか見つからない。先のことからも女と交流が多いことは見て取れる。或いは櫻井よりも須田の方が校内で名が広まっているとすらいえる。いや、確実にそうだ。理由が全く見当たらない。
「悠さん、悠さんや~?」
「あ、ああ悪……冷たっ!」
意識を取り戻した赤石は途端、頬の冷たさに気付いた。
「保冷剤」
「見たら分かるわ」
「保冷剤つけるおじさんになっちゃったよ」
「何それ」
「弁当に入ってたしなんか真剣そうな顔してたからつい」
「つい、じゃねぇよ」
赤石は立ち上がった。
「次の授業は体育か」
「俺は生物だぁ~」
赤石と須田はのびをする。
「じゃあまた夏休み、夏を全身で感じようか」
「夏祭りのことか? お洒落に言うな」
赤石と須田は昼食を終え、それぞれ教室に向かった。




