第131話 日常はお好きですか? 6
「やっぱり服を見てると落ち着くわね」
水城へのプレゼントを購入した八谷は華美なデザインのワンピースを手に取り、うっとりと眺めていた。
「でもちょっと高いわね」
値札を見た八谷は、げ、と眉根を寄せ、ワンピースを戻した。ふんふふ、と上機嫌に鼻歌を歌いながら八谷は服屋を見回る。
ぶぶ、と八谷のスマホが振動した。
「赤石かしら」
スマホを手に取った八谷は『カオフ』を開いた。
『そろそろ帰る。お前は』
簡素な用件だけが『カオフ』に書かれていた。
「あいつ本当に可愛げない文章書くわね。ちょっとは顔文字とかスタンプとか使いなさいよ」
ぶつくさと文句を言いながらもすいすいと打ち込み、じゃあ私も帰るわ、来なさいと返信した。
「送信~」
八谷は手に持ったスマホを高くあげ、電波を飛ばすポーズを取った。
すぐさま、赤石から返信が来る。
『どこ』
「二文字ね」
省エネね、と言いながら八谷は服屋の名前を返信した。
「じゃあもうちょっと見て回るかしら」
八谷はまた上機嫌に鼻歌を歌いながらくるくると服屋の中を回り出した。
「ヤバい! ヤバいって由紀!」
「ちょっ、ちょっと止めるし! ヤバいのは私だし!」
更衣室のカーテンを少し開け、櫻井は外を見ていた。櫻井の視線の真っ先には八谷がおり、新井は手に持った服で必死に身を隠す。
「ど、どうすればいい由紀!? こ、こんな所恭子に見られたらどう誤解されるか……」
「どうすればもこうすればもないし! 聡助が入って来たからこんななっちゃったんじゃん!」
ぎゃあぎゃあとわめきながら、櫻井と新井は口論する。
「ま、まあでも私は別に誤解されても全然いいけど……」
服で口を隠しながら、ぼそ、と新井は呟く。
「ん、なんか言ったか由紀?」
「見んなし!」
反応した櫻井が新井を見下ろし、新井は服を持った手で櫻井の頬を押す。
「ちょ、由紀、これ下着じゃ……」
「え、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咄嗟に櫻井を押しとどめたその手に自身の下着があることに、遅ればせながら新井は気付く。
「聡助の馬鹿ぁっ!」
「なんで俺ぇ!?」
新井は力強く櫻井を平手打ちし、その勢いで櫻井は更衣室の外へと投げ出され――
「…………………………え?」
「あ…………あはは」
「や…………やっほ~……」
櫻井と新井は八谷と、目が合った。
「え、ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」
「ち、ちが! 違うんだ恭子! 誤解だ!」
櫻井が言い募るすきに新井はすぐさまカーテンを閉めた。
「え、えええぇぇぇ!? あ、新井さん!? い、今服着てなかったわよね⁉」
「ち、ちが! み、見間違いだ!」
櫻井と八谷は更衣室に顔を向け、しゃ、とカーテンが開けられた。
「やっほ~恭子っち」
「あ、可愛い……」
「ゆ、由紀……か、可愛いな」
更衣室からセーラー服を思わせる真白を基調とした服を着た新井が登場した。
「じゃ、じゃなくて! 何してたのよ聡助!」
「い、いや、その……」
「ひ、ひどいし聡助! あんなことまでしたのに……」
「お、お前! 誤解与えるような言い方するなよ!」
よよよ、と泣くフリをする新井に櫻井はあわあわと慌てふためく。
「ちょっと聡助、もうちょっとちゃんと説明してくれないと納得できないわよ、私」
ボキボキと指の骨を鳴らしながら、八谷は櫻井に迫っていく。
「ゆ、由紀! お前からも何とか説明してくれ!」
八谷から逃げるようにして後退した櫻井は新井の肩を掴んだ。
「更衣室でえっちなことしてました!」
「なーーーーーーーー!?」
きゃぴっ、と効果音が付きそうなほどに元気に、新井は言い放った。
「聡助、あんたこんな公衆の面前で新井さんとそんなこと」
「ち、違う! ちがーーーーーーーう!」
「問答無用よ! 覚悟しなさい!」
「あーーーーーーーー!?」
八谷は櫻井に飛びかかり、新井はけたけたと笑いながら二人を見ていた。
そして、そんな三人を赤石は遠巻きに見ていた。
「……!?」
櫻井をしめながら、八谷は赤石に気付いた。
「……」
赤石は八谷に軽く手を上げ、帰ると言い、踵を返した。赤石が何を言ったかは八谷には届かなかったが、口の動きで察する。
「あ、赤石待ちなさいって――」
「ん、赤石?」
赤石に手を伸ばし、櫻井へのあたりが弱くなったところで、櫻井が八谷の視線の先を見た。
櫻井の視線の遠く先に、帰途へつく赤石の姿が、あった。
「恭子、あれ……」
「え、あ、赤石よ。今日たまたま一緒になったから来てたのよ。でも……」
と、そこで一度どもる。赤石は櫻井と仲が悪い。櫻井と仲良くしている所を見せてしまった、という申し訳なさに思い至る。
「え、恭子赤石と一緒に来てたのか!? じゃあなんで赤石は先に帰ったんだよ?」
「…………わからないわ」
あなたが嫌いだからよ、とも言えるはずもなく。加えて、今から赤石を追いかけに行けば、それは明らかに櫻井に対する背信行為にもなる。
ただただ櫻井の赤石の後姿を見送ることしか、八谷には出来なかった。
「赤石、あいつ恭子のこと置いて勝手に帰ったのか?」
「ま、まあそうなるわね……」
櫻井は先程までいた赤石の方向に視線を送りながら、剣呑な目で眉をひそめた。
聡助は。
聡助は赤石のことをどう思っているんだろう。
赤石と櫻井のペアをあまり見ないことから、突然に、八谷は思った。
櫻井からの厚意をただただ不意にしているのか、或いは両者が嫌いっているのか。
聡助はどう思っているんだろう。
櫻井の顔を見る。
「あいつ恭子のことちゃんと送ってやれよ。恭子も女の子なんだし、一人で帰るのは危ないよな?」
にかっ、と櫻井は八谷に笑いかける。
「う、うん。そうね…………」
あはは、と笑いながらも、赤石に一人で帰らせてしまった、という自責の念に苛まれ、八谷は上手く笑うことが出来ない。
「ちょっと恭子っちいつまで聡助とくっついてるし! 私の聡助に触らないでっ!」
「え、あ、ごめんなさい……」
八谷の手をほどき、新井は櫻井の首に抱きついた。
「だから止めろって由紀~。はあ、仕方ねえし今日は三人で帰るか、恭子。いいだろ、由紀?」
「ちぇー、仕方ないし。折角のデートだったのにぃ~~~!」
ぶんぶんと手を振りながら新井は悔しげな顔をする。
「デートじゃねぇだろ!」
あははは、と笑う櫻井と新井たちが、服屋の更衣室の前にいた。
更衣室を利用しようと待っている人たちを周りに取り残して。




