第130話 日常はお好きですか? 5
「……」
「……」
ショッピングモールの中に入った赤石たちは本屋の中を歩いていた。
赤石は受験にまつわる本が置かれている棚の前で慎重に本を吟味していた。
「ねえ赤石」
「なんだよ」
隣で暇を持て余していた八谷が赤石に声をかける。
「赤石、あんたもう受験の本なんて探してるわけ? まだ高二の夏よ?」
「そうだな」
赤石は持っていた本を八谷に渡し、違う本に手を伸ばした。
「三学期になったら受験生〇学期だぞ、って先生に言われるらしいぞ。もうそこそこ受験が近くに来てるんじゃないか」
「ええ、うそ……嫌ね」
「まあ早いうちに対策しておきたいだろ」
「まあ一理あるかもしれないわね……」
八谷はものぐさな表情でページをめくる。
「あんたどこの大学行きたいの?」
「北秀院」
「北秀院って結構近いわよね」
「まあ俺の学力からしたらあそこが丁度いいんじゃないか」
「へえ~……」
赤石の地元の大学であり、同県で最も学力の高い大学が、北秀院大学だった。八谷の学力からして北秀院は手が届くような大学ではなかった。
「あんたって賢かった?」
「普通」
「でも北秀院って結構頭いいわよね」
「そうかもな。まあ勉強するしかないな」
「大変そうね」
八谷は手に持っていた受験集を元の場所に戻し、別の受験集を手に取った。
「私たちもう受験生になるのね……」
「そうだな」
「感慨深いわね……」
「まだ何も始まってないだろ」
「いや、人生よ」
「おっさんみたいなこと言うなよ」
「誰がおっさんよ」
赤石は受験集を戻し、また歩き出した。八谷も赤石に倣い、ついて行く。
「今度はどこ行くのよ」
「最近大賞を取った小説があるから買いに行こうと思う」
「受験と関係ないわよね?」
「まあ」
多種多様な小説が陳列されている棚にたどり着く。赤石は平積みされている一冊の本を取った。
「雪原の賓客……? 何よこれ」
「最近大賞を取った本」
「へ~」
興味なさげに八谷は表紙を見る。
「面白い?」
「さあ」
「いや、その本がじゃないわよ。本を読むこと自体が」
「本を読むこと自体が?」
赤石は不思議そうな顔で八谷を見た。
「そうよ。本って面白い?」
「まあ、俺は」
「なんで?」
「なんで?」
頓狂な質問だな、と言いたげな顔で八谷を見る。
「いや、本って虚構よね」
「まあ確かに」
「虚構の物語なんて読んで一体何の意味があるわけ?」
「……」
赤石は無言で手に持った本を置いた。そのまま少し黙り込む。
「あれ……怒った?」
八谷は心配そうな顔で赤石を見るが、
「いや、別に」
赤石の表情に変化はなかった。
「じゃあなんで黙り込んだのよ」
「考えてた」
「何が面白いのよ?」
「さあ」
えぇ、と八谷は眉間に皺を寄せて赤石を見る。
「まあ別に虚構の物語を読むことに意味がないと思う奴がいても、虚構の物語に意味があると思う奴がいてもいいんじゃないか。個人の自由だろ」
「ん~……」
得心のいかない顔で八谷は赤石を見る。
「まあ虚構の物語を読むのが苦手なら読まなくていいし、何を思ってても良いんじゃないか。八谷の自由だろ」
「そう……かしら」
いまいち要領を得ない赤石の返答に、いささか納得しきれないものが、あった。
「正直私ここいてもあまり面白くないから他の所言っていいかしら?」
「勝手に行けよ」
「じゃあ服見に行ってくるわよ、私。帰る時はあとでカオフで知らせなさい」
「分かった」
「じゃあ行ってくるわ」
そう言うと、八谷は階下の洋服店へと向かった。
「聡助これどう?」
「なんか由紀っぽくないなぁ」
「これはどう?」
「んん~、まあまあだな」
「これは?」
「おお、由紀っぽくていいじゃん!」
洋服店で櫻井と新井は小規模なファッションショーを展開していた。
「じゃあ聡助が良いって言ってくれた服全部買お~っと」
「お前……ったく、相変わらず羽振りがいいなあ」
「聡助に可愛いって言われたいも~ん」
ふりふりと腰を動かし、新井は櫻井を魅惑する。
「女の子がそんなポーズするんじゃありません!」
「え~、聡助ケチ~」
あははは、と笑い、新井はまた試着室の中へと戻った。がさごそと数分の後、
「聡助これはどう~?」
露出の多い、薄い布をまとった新井が出て来た。
「おまっ……それはちょっと、あれだろ……」
「えぇ~あれって何かなぁ~」
うりうり、と前傾気味に新井は櫻井にすり寄る。
「ちょっ、近いって……」
「聡助恥ずかしがっちゃって、か~いぃ」
ちょん、と櫻井の鼻先をつついた新井はこれも買お~、と上機嫌で試着室へと戻り、
「…………あれ?」
新井が試着室に入った直後、櫻井が声を上げた。
「あれ、もしかして……」
新井に聞こえるほどの声量で櫻井はぶつぶつと呟き、
「う、嘘だろ!?」
声を上げて、新井の入っていた試着室へと入り込んだ。
「わ、悪ぃ由紀! ちょっとかくまって――」
「え、ちょ、聡助ぇ!?」
「ってええぇ!?」
櫻井の前で、下着一枚で上半身を隠す新井が、そこにいた。
「ちょ、ちょっと聡助なに突然!?」
「ち、違う、違うって! これには訳があって――!」
「ちょっと、こっち見ちゃダメだって!」
「す、すまん!」
櫻井は手で目を覆った。
「ちょっと……聡助、私抱きつくのは慣れてるけどこういうのはまだ慣れてないから……」
「ち、違うって!」
櫻井は手を握り、新井に向き直るが、
「ちょ、ちょっと聡助! だから見ちゃダメって言ったじゃん!」
「わ、悪ぃ!」
目を覆っていた手で大仰に動くため、新井のすべやかな肌が櫻井の視界に飛び込む。
「で……聡助、どうしたの?」
「あ、ああ、さっき恭子を見つけてさ……」
「え、恭子っち?」
新井はカーテンに顔を向ける。
「そ、それでなんだか見つかっちゃいけないような気がして、つい入って来ちまった……」
「も、もう! 聡助馬鹿なんだから!」
新井はぺちぺちと櫻井の頬を叩き、すまん、すまん! と櫻井は謝罪する。
「ど、どうしたらいい……今ここから出たら恭子に見つかって大変なことに……」
「ど、どうしよう……」
新井は胸を隠しながら考える。
「と、取り敢えず聡助スペースあけてよ! 私今凄い状態だから!」
新井は頬を染め、ゆっくりと自分の体を見る。下着一枚で櫻井と相対しており、櫻井の体制とその試着室の狭さもあいまって、上半身を手で隠すので精いっぱいな恰好だった。
「悪ぃ由紀! 今開けるから……!」
「ちょ、ちょっと勝手に動かれたらやば――ひゃっ!」
櫻井はもぞもぞと動き、櫻井の体が新井の体をこする。
「――――――もう、勝手に動いて馬鹿っ!」
羞恥にもだえた新井が櫻井を叩く。
「ど、どうすればいいんだよ!?」
櫻井は困惑した顔で試着室の中にいた。




