第129話 日常はお好きですか? 4
「じゃあ」
無言のまま駅に着いた八谷は赤石に声をかけた。赤石も無言で首を縦に振る。
八谷は赤石に軽く手を振り、近くのショッピングモールへと歩きだした。
『お前らは高梨がいなくなっても高梨に何もしないんだな』
赤石に言われた言葉が脳裏を過る。輪をかき乱そうとする高梨を引き留める必要はない。自分勝手に意見して場を悪くする高梨が指弾され、輪から弾かれることも道理にかなっている。
それは当然の出来事であり、八谷の周りだけで起きているようなことでもない。
八谷に、高梨を引き留める義理もなければ、義務もない。そんなごくごく当然な離合集散を批判する赤石は何を考えているのか。何を批判したかったのか。
「…………」
ふと、八谷は振り返った。
「わ!」
八谷の後方に、赤石がいた。
「あんた何してるのよ! 帰りなさいよ! 帰り道こっちじゃないでしょ!」
「いや、買い物に」
大声をあげる八谷の横を通る。
「そういうお前も買い物か?」
八谷を後ろに残した赤石は言った。八谷も赤石も本来の帰途とはずれている。
八谷も赤石の後を追う。
「そうよ。ちょっと志緒の誕生日プレゼントを買いに――」
そこで、八谷は口を噤んだ。
近々、水城の誕生日パーティーが開かれることを赤石は知っているんだろうか。
これは言わない方がいいんじゃないだろうか。もし赤石が誘われていないのなら、誕生日パーティーに誘われていないという事実を突きつけることになってしまうのではないか。そんな逡巡も束の間、
「続き」
赤石は続く言葉を要求した。
「あ~……志緒の誕生日プレゼント買いに行こうと思ってるのよ」
「へえ」
興味なさげに、赤石は呟いた。
どうしようか。誘うべきなのだろうか。
八谷は少々困った顔をした後、
「あ、赤石、あんたも来る!? 別に私が呼んであげてもいいわよ!」
そう言った。
「…………」
赤石は無言で八谷を見る。
「お前が企画したわけじゃないんだろ」
「え、まあそうだけど……」
「行かないしそれならそもそも行けない」
「……どういう意味よ」
意味ありげな返答に少し青筋を立てながら、八谷は赤石を睨む。
そこに、水城と実質仲が良い訳ではないだろ、という言外の意味が含まれているように感じるのは気のせいか。
「櫻井が企画した水城の誕生日パーティーだろ?」
「そうよ」
櫻井と同じ場にはいたくないということなのか。
「じゃあお前が勝手に俺を誘って俺が行ったらお前以外の奴らが嫌な顔するだろ」
「……はぁ?」
卑屈というにはネガティブすぎる赤石の言葉に、取り繕うことのない呆れた声が出た。
「あんたね、何言ってんのよ。そんなことで別に嫌がる訳ないでしょ。ばっかじゃないの」
「馬鹿はお前だよ」
「何よ」
主張を曲げない赤石に段々苛立ちを覚えてくる。
「俺はお前のそういう、皆良い人仲がいい、この世に悪い人なんていないのよ、みたいなスタンス見てると腹立つんだよ」
「何よその言い方!?」
八谷は赤石の肩をぶつ。
「あんた性格ねじ曲がってるわよ。文化祭のあの映画の時も思ったけどね、本当人生悲観的になりすぎよ。別に全員が全員良い人だなんて思ってないわよ、私だって。でも誕生日パーティーに来たくらいで嫌な顔されるわけないに決まってるでしょ!」
「いや、されるね。間違いない」
赤石はあくまで自分の意見を押し通そうとする。
「櫻井が集めたメンバーなんだからそのメンバーでやれよ。お前が勝手に他の奴呼ぶと櫻井が来てほしくなかった奴が来ることになるだろ」
「聡助はそんなに心狭くないわよ!」
苛立ちが募っていることもあいまって、櫻井を侮辱されたことに腹が立った。八谷は駅構内で声を荒げた。
赤石はそれでも疑念のこもった目で八谷を見る。
「じゃあ櫻井が呼んだ奴以外が来たことあるのかよ」
「あるわよ、霧島ね」
「それはお前らの輪の中の人間だろ」
「……」
赤石は言葉を続ける。
「何を怒ってるのか分からんが、別に俺は怒ってるわけじゃないし馬鹿にしてるわけでもないぞ。誕生日パーティーなんて内輪な行事は内輪でやるべきだし、俺が誘われないことに悲しみも断じて感じてないし腹も全く立ってない」
「…………悪かったわ」
赤石の言葉に得心がいかないが、さらなる対立は生まないよう自分から謝った。
八谷はすこぶる不機嫌な表情で話を聞く。ともすれば誘われなかったことへの嫉妬心が転じてこんな風に嫌な言い方をしているんじゃないか、とすら思える。
「それに、一回誕生日に出席したらその誕生日に出席してる人間の数だけ同じように誕生日会に行かなきゃいけなくなるだろ。お前らなら櫻井、霧島、葉月、新井、お前、水城、高梨――はいないから水城の分を差し引いても五回は行かなきゃいけない算段だろ」
「どうして人数分の誕生日会が開かれる前提なのよ」
水城の誕生日会だけを想定しているわけではない赤石の言葉に疑問符が浮かぶ。
「いや、水城の誕生日会だけだったら不公平だろ。水城だけ誕生日会してもらって、主役で楽しんで、他のやつらは祝うだけ祝えっていうのはおかしいだろ」
「そう……」
言われてみれば、そうだ。きょとんとした赤石を見る。
正論というよりかは当然の思考。水城だけが誕生日会を開かれるのはおかしいじゃん、というあまりにも稚拙で子供じみた発想ではあったが、そこに何の不整合もなかった。
去年はどうだったんだろう。メンバー全員分の誕生日会は開かれていたのだろうか。
思い出せない。
「一人の為に周りの人間が搾取されるだけの会って、誕生日会っていうより徴収になるだろ。まあ、水城を尊敬する人たちが日ごろの感謝をこめてって意味でならまた違った話になるんだろうけど、お前らは友達なんだろ」
「……そうね」
水城の誕生日の後には、新井の誕生日が控えている。
そういえば霧島の誕生日はいつだっけ。
思い出せない。
「だから、櫻井が企画した誕生日会である点。そして誕生日会に行けばそのメンバー分誕生日会に行かなければいかないといけない点。この二点から、俺は別に誕生日会に行こうなんて思わないし悲しくもない」
「そう……ね。仕事みたいな言い方ね」
「ちょっと意識したな」
「あはは……」
八谷はどっと疲労したような面持ちで、にへら、と曖昧な笑みを赤石に投げかけた。
赤石といると、楽しいけど、なんだかとても疲れる気がする。
八谷はどこか浮かない顔で、どこか沈んだ心持ちになった。
誕生日会、去年はどうだったんだろう。霧島の誕生日会はあっただろうか。
そんな曖昧な記憶を探るのが怖くて、知りたくなくて、知ることを避けて、八谷は自身の記憶に蓋をし、赤石について行った。




